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第三話「最初の火」

 農地と工場の契約を済ませた翌日、橋本から連絡が来た。


「技術者を紹介する。今夜、会えるか」


 指定されたのは、難波から少し外れた焼き鳥屋だった。


 吉岡は先に来ていた。痩せた男で、焼き鳥には手をつけず、ビールだけ飲んでいる。


「吉岡です」


「大島です」


 橋本が串を持ったまま笑った。


「ほな、後は二人で話してくれ」


 大島は早速切り込んだ。


「吉岡さんはどんな仕事されてきたんですか?」


「食品会社の製造部門に十二年。製薬会社の品質管理に三年。有機化学は一通り分かります」


「なぜ橋本さん経由で?」


 吉岡は少し黙った。


「前の職場で揉めましてね。上が妙なことを始めて、それに巻き込まれました」


「作れますか?」


「物によります」


 大島は声を落とした。


「メタンフェタミンです」


 吉岡の顔色は変わらなかった。


「設備は?」


「廃工場を確保しています。元は製餡工場です。蒸気釜が二基ある」


「現場を見せてください」


「明日、来てもらえますか」


「ええ」


     ◆


 翌日、吉岡は工場を四十分ほど見て回った。


 配管。換気。蒸気釜。排水。


 一通り確認すると、軍手を外した。


「いけます」


「問題は?」


「配管を一部交換した方がいい。あと換気が足りません。エタノール使うなら危ない」


「費用は」


「材料で三十万くらい。工賃は手間賃に含めます」


「いくら欲しいですか」


「月五十万以上いけますか」


「条件があります」


 吉岡が目を細めた。


「純度八十以上。それ以下なら半額です」


「いけます」


 即答だった。


     ◆


 準備に三週間かかった。


 配管の交換。換気ラインの増設。マオウの植え付け。薬品の分散購入。


 大島は倉庫と農地と工場を行き来し続けた。


 問題が起きたのは、植え付けから二週間後だった。


 田辺から電話が入る。


「農地に知らん男が来ました。写真撮って、すぐ帰りました」


「車は?」


「ナンバー控えてます」


 番号を聞き、橋本へ流した。


 一時間後、折り返しが来た。


「竹内組や」


「またですか」


「しつこい連中やな。山田の兄さんには話しとく。ただ、まだ様子見やろ」


「監視されてますね」


「そういうことや」


「予定は変えません」


 橋本が笑った。


「強気やな」



     ◆


 最初の製造はテストだった。


 市販の漢方薬から抽出する小規模試験。工程確認が目的だと吉岡は言った。


 深夜の工場、換気扇が唸り、窓は全開だった。


 吉岡がエタノールを量り、蒸気釜の温度を上げ原料を投入する。


 無駄のない動き。


 一時間後、濾過をする。


 さらに濃縮。


 水酸化ナトリウムを加えると、空気が変わった。


 有機溶剤の臭いが広がる。


 撹拌槽の液体がゆっくり色を変えていく。


 二時間後、計量台の上に、白い結晶が残った。


「純度は」


「八十七」


 吉岡が結晶を指先で崩した。


「本番なら九十は超えます」


 大島は黙って結晶を見た。


 白い。


 これを積み重ねれば、さくらに会える。


「本格稼働は」


「来月には」


「わかりました」


     ◆




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