第九十六話 女神の寝床
闇に包まれた世界。見渡す限り闇しかない。しかし、何も無い訳ではない。目に見えるものも有る。
暗闇の中に、全高六十メートル超の四角錐が浮かび上がっている。
私、ウィルミア・デストランドの城、移動魔王城である。尤も、今は不動魔王城と言うべきか。
三基に分かれていた城が、合体して一基になった。それぞれの搭乗者は、全員魔王城の二階(二号機)の中央広間に集まっている。
樹木網に囲まれた広間の円卓前に、十一名の男女が立ち並んだ。
それぞれ臨戦態勢、戦闘装束に身を包んでいる。
魔王軍の戦闘装束とは、ドラゴン鱗の鱗鎧(男性は黒、女性は金)に、アラクネ糸の鎧直垂。
武器は、それぞれの腰に差した打刀である。
全員、戦闘準備は万全だ。後は、司令官である私の命令を待つだけだ。私は一人前に出て、皆の方を向いた。
私以外の者は、全員横一列に並んでいる。
私の正面に痩身の侍、愛洲来寿様。
来寿様の右側に真銀人形の少年達、松太郎、竹次郎、梅三郎、蹄鉄。
来寿様の左側に真銀人形の少女達、富士子、鷹乃、茄子華。
茄子華の左側に黒髪褐色肌の少年アトゥルム。
アトゥルムの左隣に金髪雪肌の少女アウルム。
皆、私の方を向いて、私の言葉を今か今かと待ち構えている。それぞれの視線が私の顔に集中している。その刺激を意識するほどに、脳内に「さっさと外に出させろ」という幻聴が響き渡る。
その想い、遂げさせてやろう。
「これより『女神の寝床破壊作戦』を開始する」
女神の寝床破壊作戦。造物主を起こす為、その寝床を破壊する。それも、本人に無断で。正に女神をも恐れぬ所業だ。罰が当たっても仕方がない。
それでも、この世界から脱出する為には成し遂げねばならぬ。既に全員の意志は確認済みである。
私が声を上げると、全員コクリと頷いた。その反応を見て、私も「うむ」と頷き返した。続け様に、視線を横列の最左端、ドラゴン達に向けた。
私の視界に、浅黒い少年の顔と、雪肌の少女の顔が映っている。それぞれ美形である。しかし、絶対に人間ではない。
二人の瞳孔は、爬虫類然とした縦長だ。その奇妙な黒眼と黄金眼には、二人に勝る美貌(ミア基準)が映っている。
その美貌の主の可憐な口が、ユックリと開いた。
「案内、頼めるか?」
案内。私達の目的地は、女神が眠る寝床である。その所在を知っている者は、現況に於いては爬虫類の眼をした少女と少年、アトゥルムとアウルムしかいない。故に、案内役を託した。すると、
「「無論」」
ドラゴン達は即応で首肯した。その返事を聞いたところで、私は視線を正面に戻した。続け様に、
「これより城から打って出る」
全員に向かって出撃命令を下した。
魔王城の正門から外に出ると、そこは――やはり真っ暗闇だ。何の像も見えない。色は黒しかない。それなのに、私達は互いの姿を確認することができる。その理由に付いては、城内にいたときから直感している。
封印世界全域に、「照らす光」という魔法が掛けられている。その効果は、この暗闇の中でも機能している。後ろを振り返れば、魔王城が見える。しかし、外は真っ暗闇のままだ。
何故、壺の底は暗いのか? その理由は、ここに来る前、壺の中心で行われた会議の中で聞いていた。
来寿様がドラゴン達を叱った(第九十四話)後、私はドラゴン達に幾つか質問していた。その中に、現在地《壺の底》に関するものも含まれていた。
「どういう場所なのだ?」
私の質問に、アトゥルムが回答した。
「真っ暗だ。ネフィリア様の寝所は真っ暗闇に創られている」
真っ暗闇の寝所。何故、そのような仕様にしたのか? その理由を尋ねたところ、今度はアウルムが声を上げた。
「ネフィリア様は、真っ暗でないと眠れないのだ」
造物主にも苦手なことが有ったとは。その話を聞いて、私は革新的なアイデアを閃いた。それが、口を衝いて出た。
「起こすならば、思い切り明るくしてやれば良いではないか」
明るくすれば、女神は目を覚ます。そう思った。ところが、ドラゴン達は揃って首を横に振った。
「無駄だ」
「あそこは光を反射しない」
壺の底には徹底的に光を避ける機能が備わっている。それが造物主の仕業となれば、被造物である私達に対抗手段は無いのだろう。ドラゴン達も、奴らなりに様々な方法を試している。
しかし、全て駄目だった。その上で、「やはり、あれしかないな」と捻り出した策が、「女神の寝床破壊作戦」である。それが、現況に於ける封印世界から脱出する唯一の手段だろう。
もしかしたら、他に手段が有るのかもしれない。しかし、それを得る為の情報は、私にも、来寿様にも、ドラゴン達にも無かった。だからこそ、私達はドラゴン達の策を採用している。
女神の寝床を破壊する為に、私達は真っ暗闇の中を突き進む。その際、案内役のドラゴン達を先頭に、男女に分かれて二列縦隊を編成していた。
右の列、アトゥルムの後ろには、来寿様、松竹梅、蹄鉄。
左の列、アウルムの後ろには、私、初夢トリオ。
それぞれの間隔は二メートルほど。何が起こっても対応できるよう、全員(ドラゴンを除く)警戒しながらユックリ足を運んでいた。しかし、それは無用の気遣いだったようだ。
凡そ三百メートルほど歩いたところで、先頭を行くドラゴン達が足を止めて声を上げた。
「ここで」
「止まれ」
先頭が止まった為、後ろに続いた私達も止まった。続け様に、私はアウルム越しに前を見た。すると――真っ暗だ。何も無い。
もしかして、私の目が悪いのか?
私は振り返って後ろを見た。すると、巨大な三角錐、魔王城が確認できた。
私の視覚は正常に機能している。その事実を直感して、私は首を傾げた。その直後、私の右斜め前から声が上がった。
「分かり辛いと思うが、二百メートル先に『繭』が有る」
繭。アトゥルムはそう言った。それを聞いて、私の脳内に蚕の繭が閃いた。しかし、その想像はハズレである。
ドラゴン達の間では、女神の寝床を「繭」と呼称する。
繭が如何なるものなのか? それもまた、ドラゴン達から聞いている。その知識を想起しながら、私は目を凝らして二百メートル先を見詰めた。
集中して見詰めていると、薄っすらと球面が現れ出した。それを辿って、私は繭の全体像を把握した。
直径百メートルの巨大な黒い半球。その中に、私達の造物主、創世の女神ネフィリアが眠っている。
黒い巨球(半球)の寝床など、今まで見たことも聞いたことも無い。このような造形を選んだ理由を尋ねてみたい。そもそも、封印の壺の底で眠っていること自体、奇妙なのだが。
寝床の形状の理由に付いては、ドラゴン達も知らないようだ。それを知る者は、あの黒い球体――繭の中にいる。
「では、早速――」
私は作戦開始を宣言しようとした。ところが、
「「一寸待て」」
ドラゴン達が、揃って私の宣言を阻んだ。その無作法を目の当たりにして、私はジト目で二人を睨んだ。すると、それぞれの口から、私の邪魔をした理由が飛び出した。
「その前に、実際に見て貰おう」
「繭の厄介な特性を見て貰おう」
ドラゴン達は、それぞれの顔を巨大化させて――顔だけドラゴンとなっていた。




