第九十五話 ドラゴンの気遣い
空を埋め尽くす、毒々しい色を吐く大渦群。その下に広がるひび割れた大地、荒野。そのど真ん中に、三つの山が有った。
三つの山とは、三基の移動魔王城である。
私達魔王軍は、これより壺の底に向かう。そこに至る手段は「壺の中心で魔法、超瞬間移動を発動する」である。その為の準備として、三基の魔王城は合体する。
合体。心ときめく言葉である。それを実行することに躊躇いは無い。例え大声で「合体の合図」を叫ぶことになろうとも。
合体を命じる三基の城の主、私、ウィルミア・デストランドは、只今二号機の操縦室の中にいる。同室内には、私の他に二人の男性がいる。
私の王子様(仮)、愛洲来寿様と、私達の息子(妄想)、真銀人形の蹄鉄だ。
来寿様と蹄鉄は、それぞれ室内最前面の操縦席に着いている。私はというと、室内中央に設えた背もたれ付きの豪奢な椅子、通称「魔王席」で踏ん反り返っていた。
魔王城が移動中であったなら、私の出番は魔力供給以外に無い。しかし、合体となれば相応の役目が有る。それを、今から実行する。
私は軽やかに腰を上げて、仁王立ちしながら大声で叫んだ。
「合体するぞっ!」
傍から見れば大きな独り言。しかし、私の声に応える者がいた。
二号機の操縦室内に、年若い男女の声が響き渡った。
「「分かった」」
「「了解だ」」
前者の声主は、一号機にいるドラゴン、奈落の破壊者アトゥルム。
後者の声主は、三号機にいるドラゴン、万魔殿の簒奪者アウルム。
移動魔王城の操縦室には、他の魔王城に声を伝える「遠距離通話装置」という魔法道具(機構)が備わっている。
一号機と三号機からの返事を受けて、私は大きく息を吸い込んだ。体内に入り込んだ空気が、肺を押し広げて行く。
肺が限界一杯まで広がった直後、私は一息に全ての空気を吐き出した。
「レッツ、魔王城、合体っ!!」
私が叫んだ直後、城内に格好良い音楽(全員で合唱した音声付き)が響き渡った。その音は、城内だけでなく、城外にも響き渡っている。
移動魔王城に搭載した魔法道具「魔力音楽演奏機」の効果である。
合体の合図や格好良い音楽(音声付き)は、アウルムが「絶対に必要」と主張するので設定した。念の為に消音機能も付けてある。
今回は、試験的に鳴らしてみた。当然ながら、他の移動魔王城内にも響き渡っている。
格好良い音楽に紛れて、操縦室内にアウルムの音声が響き渡った。
「「これだっ、こうでなくてはっ」」
アウルムの声は弾んでいる。大層お気に入りの様子。彼女の奇声が耳に入った直後、今度はアトゥルムの声が鳴り響いた。
「「まあ、やっていることは地味だがな」」
地味。その言葉の意味は、何となく想像が付く。移動魔王城の合体は派手ではない。何しろ、それぞれの城を積み上げるだけなのだ。
移動要塞には、本体の大きさに見合った二本の巨大な腕が生えている。それを使って、上の城を持ち上げて乗せる。
先ず、三号機が二号機の上に乗る。二号機が三号機を掴み、それを持ち上げて――合体。その際、三号機は移動用クローラーを要塞下部に収納している。
次に、合体した二号機と三号機を、一号機が持ち上げて――合体。その際、それぞれの城のクローラーは、それぞれの要塞下部に収納している。
かくして、三基の移動魔王城は一基の不動魔王城となった。
合体してしまえば、それはもう只の城だ。尤も、腕や砲塔は機能する。その様子がどんなものか、城外から確認したい。それよりなにより、合体した魔王城の威容を心行くまで眺めたい。今直ぐ城外に飛び出したい衝動に駆られて止まない。
しかし、私は腰を上げない。全く動かなかった。
今の私は不動魔王。そもそも、今は作戦遂行中だ。どこかのドラゴンと違って、私は私情を挟まない。
私が大人しく畏まっていると、操縦室内にドラゴン達の声が、アトゥルム、アウルムの順番で響き渡った。
「「アウルム、そちらで確認できるか?」」
「「ああ、見えている。今から城の腕で――掴んだ」」
「「呪文を頼んで良いか?」」
「「ああ、良いぞ」」
ドラゴン達は、何やら勝手に話を進めている。一体、何の話だ? 気になる。
私の心情は兎も角、何も理解しないまま事を起こされて、私達に迷惑が掛かるのは御免被る。被害が出たら悔やみ切れない。
「一寸待て」
私はドラゴン達の会話に割って入った。すると、ドラゴン達は「「何だ?」」と声を上げた。その返事を受けて、私は大きな声で質問した。
「今、何をしているのか説明してくれ」
私の言葉に対して、真っ先に反応したのはアウルムだった。
「「何って――」」
アウルムは何事か言い掛けた。しかし、途中でアトゥルムが割って入った。
「「ちゃんと説明する」」
アトゥルムは現況の意味を解説し始めた。
先の約束通り(第九十四話)、私達に理解できるよう気を遣っている。殊勝な心掛けである。しかし、アトゥルムの気遣いは解説だけに止まらなかった。
話の途中、私は何度か質問した。すると、アトゥルムは全ての質問に返答した。お陰で現況の意味を理解した。要約すると――
「壺の底に移動する為には、単に呪文を唱えるだけでは駄目。壺の底に通じる鍵、『黒球』を捕らえた状態で呪文を唱える必要が有る」
私が自分の理解を披露すると、アトゥルムとアウルムが「「そうだ」」と肯定した。それを聞いて、私は「ほっ」と息を吐いた。
因みに、鍵である黒球は、直径一メートルの黒い金属球らしい。それが、現況の空中、三号機の手の届くところに浮かんでいた。頭上を見上げていなければ、見落としていただろう。しかし、ドラゴン達のお陰で確保できた。
後は呪文を唱えるだけ。
アトゥルムは、詠唱の役目をアウルムに託した。「私に無断で勝手なことを」と思わないこともない。しかし、餅は餅屋(創世記由来の諺)である。
「アウルム、よろしく頼む」
私もアウルムに託した。すると、操縦室内に女神の大魔法、超瞬間移動の呪文が響き渡った。
「「天之御中主様、お助け頂き有難うございます。この世全てを司る偉大な力をお貸しくださいませ。此方より彼方へ。次元の門を開き、我らを誘い給え――超瞬間移動っ」」
アウルムの詠唱が終わった瞬間、私達の視界が真っ暗になった。正確には「外の景色が真っ暗になった」というべきか。
一体、何が起こったのか? 私は反射的に周囲を見渡した。操縦室内の様子は――確認できた。
そもそも、この世界には「照らす光」という可視化の魔法が掛けられている。灯りは無くとも周囲の色や像を確認できる。そのはずである。
ところが、操縦席の窓の向こう側、外は真っ暗闇だ。幾ら目を凝らしてみても、何も見えない。闇しかない。一体、ここはどこなのだ?
私は首を傾げた。操縦席に座った来寿様達も、一様に首を傾げている。
皆で頭上に「?」を浮かべていると、操縦室内にアウルムの声が響き渡った。
「「着いたぞ」」
どうやら、この真っ暗闇の場所が壺の底のようだ。その事実を目の当たりにして、私と来寿様は、
「「ええ~っ」」
揃って情けない声を上げていた。




