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魔王と侍の封印生活 The Survivors  作者: 霜月立冬


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第九十四話 侍の本懐

 樹木網の壁に囲まれた広間に、十代前半と思しき少年、少女の声が響き渡った。


「その前に」「城を合体させろ」


 城の合体。即ち「三基に分かれた移動要塞(移動魔王城)を、一個の王城として完成させろ」という意味だろう。それは分かる。

 しかし、私、ウィルミア・デストランド、及び他の魔王軍の精鋭達は首を傾げている。序に、私の眉は不機嫌に歪んでいる。現況が気に入らないのだ。


 魔王城(我が城)の合体。それを居丈高に命じた二人は、魔王軍(我が軍)の中では新入りだ。新兵である。しかも、コネも何も無い途中入隊だ。常識的に考えれば一番下っ端のはず。それなのに、我が物顔で全軍に命令している。

 私が「この生意気な新兵どもにお灸を据えたい」と思ったとしても、誰も咎めまい。実際にお灸を据えても、誰も「やり過ぎ」とは言うまい。

 しかし、私は敢えて不問に付す。その代わり、魔王軍全員(新兵を除く)の想いを告げた。


「どういうことだ?」


 私の言葉に黒髪の少年新兵、奈落の破壊者アバドン・デストロイヤーアトゥルムが反応した。


「三つに分かれた城を、一つにしておけと言っている」


 アトゥルムは、言葉の意味を解説した。しかし、私が聞いているのはそこではない。


「今から移動するのだろう?」


 移動魔王城は、三基に分かれて移動する。合体してしまえば、移動することはできない。その事実を告げたところ、今度は金髪の少女新兵、万魔殿の簒奪者パンデモニウム・ユザーパーアウルムが声を上げた。


「ああ、今から『壺の底』に行く」


 壺の底。そこが私達の最終目的地だ。しかし、現在地は壺の底ではない。壺の中心だ。故に、移動する。

 移動する為には三基に分かれておく必要が有る。それなのに「合体しろ」とはこれ如何に?


「城を合体すると、移動できなくなるぞ?」


 アトゥルムとアウルム、人間に擬態したドラゴン達の言葉は矛盾(創世記由来の言葉)している。だからこそ、当人達以外、全員首を傾げている。

 私は矛盾点を敢えて口にした。すると、ドラゴン達は互いの顔を見合わせた。見詰め合いながら、固まった。

 

 ドラゴン達以外の視線が、ドラゴン達に集中している。皆、無言でドラゴン達の様子を窺っている。

 静寂の時間が、凡そ三十秒ほど続いた。そこまで待って、漸くドラゴン達が反応した。


「ああ」「そういうことか」


 ドラゴン達は、それぞれ右拳で左掌を「ぽん」と敲いた。続け様に、二人揃って私の方を向いた。

 黒眼と金眼に、私の顔が映り込んでいる。我ながら、不機嫌そうな表情だ。その事実を直感した瞬間、ドラゴン達が揃って口を開いた。


「「超瞬間移動グレート・テレポーテーションを使う」」


 超瞬間移動。一瞬で移動完了する女神の大魔法だ。尤も、「どこでも」という訳ではない。「魔法儀礼を施した特定の場所」という制約が付く。

 因みに、魔法の名前に「超」と付いている理由は、集団、大規模な移動が可能だからだ。

 その魔法名を聞いたところで、私は漸くドラゴン達の言葉の意味を理解した。


「『魔法を使うから、効果が及ぶ対象の数を減らしておけ』。と、言うことだな?」


 私は自分の理解を披露しながら、脳内で魔法の基礎基本を想起していた。


「魔法の威力は、魔力と集中力で変化する」


 魔法の対象が少ない方が、より集中し易い。その事実を鑑みると、魔王城の合体は理に適っているだろう。その基礎基本の知識は魔王軍内で共有できている。

 私の視界に映った魔王軍の精鋭(ドラゴンを除く)達は、それぞれ首を正位置に戻しながら、右拳で左掌を「ぽん」と敲いている。その反応を見て、私は「よしよし」と頷いた。

 その直後、対面にいるドラゴン達が声を上げた。


「何だ? そんなことも分かっていなかったのか?」

「不勉強な奴らだ」


 ドラゴン達は、私を愚弄した。その言葉を聞いた瞬間、私の蟀谷(こめかみ)にミミズの如き太い血管が浮き上がった。


 最高指揮官を愚弄するとは、許すまじ。


 私の奥歯がギリリと鳴る。私の右手が腰に差した打刀の柄に伸びた。その刹那、私の右隣りから突風が吹いた。


「!?」


 私は思わず息を飲んだ。その直後、私の視界に映ったドラゴン達の首に、打刀と思しき刃物が一振りずつ現れた。


 アトゥルムの頸動脈に、禍々しい色をした打刀が押し当てられている。

 アウルムの頸動脈には虹色の光彩を放つ打刀が押し当てられている。

 二振りの打刀の柄は、ドラゴン達の背後に立つ痩身男性の右手と左手に握られていた。


 痩身男性が打刀を引けば、ドラゴン達の首が飛ぶ。その可能性を想像して、私は息を飲んだ。その直後、私の口から痩身男性の名前が零れ出た。


来寿(ライス)――」


 痩身男性は、先程まで私の右隣りに座っていた私の王子様、愛洲(アイス)来寿様だった。

 来寿様の凶行。それを目の当たりにして、人形達も、ドラゴン達でさえも、息を飲みながら固まっている。


 一体、来寿様はどうしてしまわれたのか?


 私はジッと来寿様の顔を見た。すると、そこには意外な表情が浮かんでいた。


 来寿様は――笑っていた。


 我が子を慈しむような優しい笑顔。

 来寿様は、女神の如き笑みを浮かべながら、身を屈めてドラゴン達の耳元で囁いた。


「お前さん方、一寸(ちょっと)調子に乗り過ぎだ」


 来寿様の声は、春の陽射しのように柔らかで優しい。しかし、それが耳に入った瞬間、私の背筋が凍り付いた。その変調が、私に来寿様の精神状態を直感させた。


 来寿様は怒っている。それも、物凄く。


 何故、来寿様は怒っているのか? その理由を考えると、私の胸が熱くなった。


 もしかして、私の為に?


 私がドラゴン達に馬鹿にされて、我慢ならなかったのだろう。

 来寿様は、それほどまでに私のことを大事に思っているのか。 私は、来寿様に、これ程までに愛されていたとは。

 最早結婚秒読みでは? いや、「既に入籍を済ませている」と言っても過言ではない。


 私は脳内で婚姻届けを想像した。続け様に、記名欄に自分と来寿様の名前を記入した。それを持って、想像上の役所に向かった。ルンルンだった。

 しかし、呑気に妄想している場合ではなかった。来寿様の言葉に反応していた者は、私だけではなかった。


 私が役所に婚姻届けを出した(妄想)瞬間、円卓に着席していた真銀人形ミスリル・ゴーレム達が一斉に立ち上がった。

 人形達は、直ぐ様来寿様の傍に集まって、続け様に抜刀。それぞれ打刀の切っ先をドラゴン達に向けた。


 来寿様も、人形達も、ドラゴン達を殺す気だ。その殺意を察知した瞬間、私は立ち上がって声を上げていた。


「待て。落ち着け」


 私は来寿様達を(いさ)めた。しかし、誰も反応しない。その様子を目の当たりにして、私は戦闘に入る覚悟を決めた。しかし、その必要は無かった。


 私が声を上げてから、凡そ三十秒ほど経った。そこで漸く来寿様が反応した。

 来寿様は溜息を吐いた後、苦笑しながら声を上げた。


「ミアは優しいなあ」


 来寿様は、私を誉めて下さった。続け様に、両手に握った打刀を下ろしてた。その言動を見て、私は「ほっ」と息を吐いた。その際、私は右手で自分の胸を抑えた。


 私の右掌に、私の心臓の鼓動が伝わっている。それは、早鐘のように激しく脈打っていた。その変調の理由が、私の脳内に閃いていた。


 ああ、来寿様。お褒めに預かり光栄です。きっと、来寿様にとって、私、ウィルミア・デストランドは優しい淑女、お姫様なのですね。


 来寿様の中にいる「私」を想像すると、私の顔が勝手に緩んでいく。このまま放置していたならば、スライムのように(とろ)けていただろう。

 しかし、私は皆を率いる魔王だ。だらしない顔は見せられん。私は無理矢理顔を引き締めた。その精悍な顔付きは、来寿様達の視界にも映っていたようだ。


 来寿様と人形達は、私の意を汲んで、一斉に打刀を鞘に納めた。


 一先ず戦闘の危機は去った。しかし、緊張状態は尚も継続中だ。来寿様も、人形達も、ドラゴンの背後から動かない。皆、ドラゴン達に向かって全力で圧力を掛けている。

 円卓の周囲に殺気が充満した。対面にいる私までもが、来寿様達の殺気で押し潰されそうだ。


 これは、もう一波乱有るのでは?


 私の脳内で、最悪の可能性が閃いた。その瞬間、アトゥルムの声が耳に飛び込んできた。


「謝罪はせん」


 アトゥルムは強硬な態度を崩さない。その言葉を聞いて、嫌な予感がした。それを具現化しようと、来寿様達の右手が打刀の柄に伸びている。しかし、それは勇み足だ。

 アトゥルムの言葉には続きが有った。


「だが、今後は気を付けよう」


 アトゥルムは聞き分けてくれたようだ。アウルムも、アトゥルムの隣でコクリと頷いている。ドラゴンにしては殊勝である。


 ドラゴン達の言動を目の当たりにして、来寿様達の右手が打刀の柄から離れた。一件落着である。


 尤も、ドラゴン達の言動を額面通り受け取って良いものかどうか? これが賭け事であったなら、私は全財産を「こいつらは、絶対分かっていない」という可能性に賭ける。

 しかし、今は信じよう。信じた振りをしよう。


 私は心中で「ドラゴン達が来寿様達の地雷を踏まぬように」と念じながら、全員に向かって声を上げた。


「準備完了次第、壺の底に向かう。良いな?」


 私の言葉に、ドラゴン達を含めた魔王軍全員が首肯した。

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