第九十二話 地獄の引率者
禍々しい色を吐く大渦群。その不気味な空の下、広大な荒野に三つの山が現れた。
只の山ではない。それぞれ動いている。
移動する山。そんなものも、世の中にはあるかもしれない。しかし、複数の砲塔や二本の巨腕が生えているとなると、山とは言い難い。
この怪しい山は、巨大建造物だ。その名を「移動魔王城」という。私、魔王ウィルミア・デストランドの新たな居城である。
私達は今、封印世界の果てを目指して北上している。
世界の果て。詩的な言葉だ。ここが元の世界であったなら「そんなものは無い」と断言できる。だって、ネフィリムは丸いんだもん。そのように、創世記に記されている。しかしながら、この世界には有る。有るはずだ。
ここは「封印の壺」という女神の神器の中。
壺ならば内側の壁、器壁が存在する。していなければおかしい。尤も、現況が十分おかしい訳だが。
兎に角、真っ直ぐ進んでいれば何れ果てに辿り着く。進めば良い。簡単だ。しかも、私達は移動する城の中にいる。誰かに運転を任せておけば寛いでいられる。魔王であれば、寛いでいても許される。
私は二番目に大きい城、二号機の中で優雅に茶を楽しんでいた。
二号機は、元の城でいうところの居住区を内包している。私は中央広間の円卓で、一人ぼっちで茶をゴクゴク飲んでいる。走行中の為、それなりに揺れている。しかし、茶が零れるほどではない。
安全運転。二号機の運転手には、それを第一にと厳命した。
因みに、二号機の運転手は真銀人形の蹄鉄である。基本的に運転は真銀人形の担当だ。
一号機は松太郎。三号機は茄子華。尤も、運転手を固定している訳ではない。他の者にも操縦訓練を受けさせている。人間も同様だ。
私の王子様(願望)、愛洲来寿様は今、蹄鉄の傍にいる。蹄鉄から操縦方法を学んでいるところだ。
来寿様と蹄鉄は、魔王城の前部に設けた操縦室に二人きり。その事実を思うと、少しだけ覗きに行きたくなる。だからと言って、軽々に動き回ることには躊躇いを覚える。
魔王たるもの、いつ、いかなる時でも堂々と構えているべきだろう。私は自分で淹れた茶を飲んで、その味に舌鼓を打った。
美味い、もう一杯。あ、急須が空。自分で淹れよう。
とても平和であった。このまま何事も無く、世界の果てまで辿り着いて欲しいものだ。
私は鼻歌を吟じながら、新たな茶葉を取り出して急須に入れて湯を注いだ。
本当に平和である。女神の失敗作が跋扈する修羅界とは思えない。少なくとも、二号機内いる私にとって、現況は信じ難いほど平穏であった。
しかし、それ以外の魔王城、一号機と三号機は、どうやら地獄であったようだ。
尤も、魔王軍は地獄の極卒(加害者)。憂き目に遭った亡者(被害者)は、居合わせた女神の失敗作達の方である。
私が自分で淹れた茶を飲んでいると、外から砲撃の音が何度も聞こえた。その際、魔物の絶叫やら、咆哮やら、断末魔やらが耳に入っている。
一体、外で何が起こっているのか? 気になる。
私は今し方淹れた茶を飲み干して、外の様子が分かる場所、屋上へと向かった。
天井から伸びる梯子を上り切り、天盤を開けて外に出た。すると、私の視界に巨大鉄板が映り込んだ。
鉄板は、三号機を乗せる格納庫だ。駐車場というべきか。私はその中心に立ち、辺りを見回そうとした。その矢先、突然轟音が耳を劈いた。
「何事か?」
音がした方を見ると、魔物と思しき物体が有った。しかし、どんな魔物だったのかは、一寸分からん。何故ならば、見るも無残に四散していたからだ。
その惨状を目にした瞬間、先程飲んだ茶が喉下まで込み上げた。
見るんじゃなかった。
目を背けたい。しかし、この魔王軍の指揮官は私。
私は、我が配下の所業を確認すべく、シッカリ目を開いて現状を確認した。
二号機の前、四百メートルほど離れたところに一号機の巨影が確認できた。それからさらに五百メートルほど離れたところで、三号機が走り回っている。
一号機は時速七十キロほど出ているだろうか。三号機に至っては、百キロを超えている。暴走していると言って良い。
因みに、二号機は時速五十キロである。創世記に出てくる法定速度厳守である。
二号機はおかしくない。おかしいのは、他の移動魔王城だ。
一号機も、三号機も、どうしてしまったのか? 速度違反をしてまで、何をどうするつもりなのか? 不思議に思って見ていると、それぞれの進行方向の先に魔物と思しき影が見えた。
「あれは――」
私は魔物の種類を確認しようと目を凝らした。その瞬間、一号機、三号機が速度を増して――魔物を跳ね飛ばした。
「!?」
城が魔物を跳ね飛ばす。その光景を目の当たりにして、私の口がアングリと開いた。人知を超えた危険運転である。
しかし、跳ね飛ばした相手は魔物だ。
私は心中で「良し」と念じながら、右手の親指を立ててサムズアップした。これで良いのだと頷いた。
しかし、私は甘かった。この程度で済ませるほど、魔王軍の精鋭達はお淑やかではなかった。
一号機は、跳ね飛ばした魔物に近付いて、右側の巨腕を伸ばした。
魔物の方はと言うと、跳ねられた衝撃で動けない様子。アッサリ一号機の手の中に握られてしまう。その状態のまま、一号機の側面に突き出た砲塔、真銀弾射出装置の前に引き出されて――砲撃を受けた。
轟音と共に、魔物の絶叫、断末魔が響き渡る。
拘束された状態からのゼロ距離砲撃。躱せる訳が無い。魔物は木っ端微塵に爆散していた。
魔物であったものは、地面にこびり付く肉片と化した。その状態から原形を想像することは難しい。だからと言って、肉片を見詰める趣味は、私には無い。
私は魔物の死亡を確認した後、直ぐ様目を逸らした。すると、私の視界に三号機が入り込んだ。
三号機は、移動魔王城の中では最小である。その為、最速である。その速度を如何なく発揮して、徘徊する魔物を跳ね飛ばし回っている。
行ったり来たり、忙しい。しかしながら、単に跳ねるだけでは済まさない。
魔物が宙を舞う度、三号機の屋上に有る砲塔、三連奏真銀弾射出が火を噴いた。偶に魔物を跳ね飛ばしながら、別の魔物を砲撃している。
三号機の暴挙を目の当たりにして、私はサムズアップしていた親指を下ろした。その直後、私の口から現況に関する感想が漏れた。
「酷い」
一体、どういう教育を受けてきたのか? あいつらの保護者は何を考えているのだ? 私は親の顔を想像した。すると、私の脳内に自分の顔が閃いた。
真銀人形の制作者は、私、ウィルミア・デストランドである。責任は、私に有る。そう思わなくもない。
しかし、一号機と三号機の搭乗者は、真銀人形達だけではない。
それぞれの魔王城には、人間に擬態したドラゴンが乗っている。奴らが主導している可能性は否定できない。むしろ、その可能性が一番高い。
それぞれの魔王城が暴虐の限りを尽くしている最中、屋上からドラゴンの巨顔が現れた。
黒いドラゴンと、黄金のドラゴン。奈落の破壊者アトゥルムと、万魔殿の簒奪者アウルム。
ドラゴン達は顔だけ巨大化して、黒い炎やら、黄金の炎やらを吐き出している。その光景を目の当たりにして、私の開いた口から下顎が離れていく。
今の移動魔王城は、移動する地獄である。私は世界が滅びる可能性すら想像した。しかし、それは杞憂に終わった。
暴虐の限りを尽くしていく内に、私達は世界の果てに辿り着いていた。その事実は僥倖だ。
しかし、ここで予想外の事態に見舞われた。
現在地は壺の器壁ではなかった。端っこですらなかった。
屋上にいる私の目に映った光景は、果てしなく広がる荒野だった。しかも、北側が真っ黒に炭化していたり、黄金色に染まっていたりしている。その光景を目の当たりにして、 私の首は四十度ほど傾いだ。
「何で?」
本当に、何がどうなって、こうなった?
私は直ぐ様進軍を中止。魔王軍を二号機に集めて作戦会議を行った。




