第九十話 ドラゴンの防具
嘗て、ネフィリムという世界にドラゴンという最強の魔物がいた。その事実は、創世の女神ネフィリアの自著、創世記に記されている。
創世記に登場するドラゴンは七頭。それぞれが、過去に創られた世界を滅ぼしている。今のネフィリムは八番目の世界だ。
過去の例を鑑みるならば、私達の世界もドラゴンに滅ぼされるかもしれない。尤も、そのような不安を覚える者は、現在を生きる人々の中には殆どいないだろう。
今のネフィリムにはドラゴンはいない。何処かに消え去った。そのはずだ。そのはずなのだ。
それなのに、今、私の前には人間に擬態したドラゴンが二匹(二人)いる。
暗色の髪と目を持つ、浅黒い肌をした黒衣の少年。奈落の破壊者アトゥルム。
黄金の髪と目を持つ、白磁のような肌をした金衣の少女。万魔殿の簒奪者アウルム。
二人とも、人間の美的感覚では「見目麗しい美貌」と言える。体形も整っているようだ。尤も、それはローブの上から見た感想だ。
中身がどのようなものなのかは、ローブを剥ぎ取らないと分からない。まあ、やらんが。
そもそも、人間に擬態したドラゴンの外観など、私にとってはどうでも良いことだ。
この私、ウィルミア・デストランドにとっての大事とは、ドラゴン達が私の手下であるという事実。
過去に於いて、ドラゴン達には、それなりに手を焼いた。その恨み辛みを込めて、顎でコキ使う気満々だ。
尤も、事前に確認しておきたいことが幾つか有った。その内の一つを告げる為に、私は態々場所を移動した。
私は二人を連れだって、黒く煤けた大地に聳え立つ三つの山の前にやってきた。
新生魔王城、その名も「移動魔王城」である。
私は二番目に大きい二号機の前に立ち、二人に向かって居丈高に声を上げた。
「其方ら、魔法は使えるか?」
魔法。より高度な魔法が使えるならば、それなりに役に立つ。まあ、初歩魔法が使えるだけでも、合格にしてやろう。それができる者が、今の魔王軍、主に私には必要なのだ。
現在、魔王軍では魔法道具製作助手を絶賛募集中である。
魔法道具製作の際、私はいつも一人で作業している。残念ながら、魔王軍の精鋭達は全員近接格闘専門。魔法の知識を持つ者は皆無だ。
しかし、最強の魔物であるドラゴンならば、魔法を使えても不思議は無い。その可能性に期待して、私は質問した。すると、黒衣の少年、アトゥルムが声を上げた。
「魔法か? 何でも使えるぞ」
「何?」
何でも。その言葉を聞いた瞬間、私は思わず聞き返してしまった。すると、今度は金衣の少女、アウルムが声を上げた。
「私は、ネフィリア様から直接魔法の指導を受けている」
「何っ!?」
女神直伝。この世界の造物主から学んでいるとは驚きだ。しかし、それはアウルムに限った話ではなかった。
「俺もだ」
「!?」
ドラゴン達は、恐らく全員、造物主から魔法を授かっている。その事実を知らされて、私は言葉を無くした。思わずアングリ口を開けた。その間抜け面は、ドラゴン達の視界にバッチリ映っていた。
「「ぷっ」」
ドラゴン達は、私の顔を見て、有ろうことか失笑した。その行為を見て、私の蟀谷に太い血管が浮き出した。それと同時に、右手が腰に差した打刀に伸びていく。
しかし、抜かない。耐えた。こんなことで抜く訳にはいかない。
私はドラゴン達を従える最強の魔王、ウィルミア・デストランド。感情に振り回されるような愚者ではない。
私は気持ちを落ち着かせるべく、深呼吸をした。一回、二回、三回目に息を吐いた後、全く普段通り、顔をキリリと引き締めた。続け様に、全く平静な声で質問を重ねた。
「女神の大魔法はどうだ? 例えば――魔法の加工創造はできるか?」
「「造作も無い」」
私の質問に、二人のドラゴンは鼻で笑いながら首肯した。その上から目線の自信満々な態度は鼻に付く。しかし、期待以上に役に立ってくれそうだ。
「ならば、早速――」
私は腕試しを兼ねて、二人に仕事を依頼した。
「それぞれの鱗から、私達の鎧を作って欲しい。できるか?」
私の命令に、二人は即答した。
「「造作も無い」」
かくして、ドラゴンの、ドラゴンに因る、ドラゴン(鱗)製の防具の制作が始まった。
防具は三種類。
胴防具の鱗鎧。腕防具の鱗手袋。脚防具の鱗靴。
防具の制作に関しては、基本的にドラゴン達にお任せだ。しかし、グローブとブーツに関しては「来寿(様)御用達仕様で頼む」と注文を付けた。
因みに、来寿(様)御用達仕様とは以下の通り。
グローブは、柄を素手で触れられるよう、指先と掌部分を剥き出しにする。
ブーツは、木登りができるよう、底下に鮫の歯のような鋸刃の列を付ける。
ドラゴン達は、それぞれ「「造作もない」」と鼻で笑いながら、私の期待以上の防具を完成させた。
制作の際に使った鱗は、防具一セットに付き一枚。
しかしながら、それぞれの防具の外観は、小さな鱗を重ねたものになっている。これは、ドラゴンなりの拘りのようだ。まあ、見た目が格好良いので良し。
尤も、奴らの拘りは形だけではない。より顕著な要素が有る。それは――色だ。
防具の色が、それぞれの体色と同じく黒、或いは黄金になっていた。私に言わせれば、それは呪いの類であった。しかし、それは誤った認識であった。
防具の色を見た際、私は思わずポロリと自分の認識を零した。
「色はそのままか。解呪はせんのだな」
私の言葉は、純粋な疑問だ。私自身、それぞれの色を付けたまま防具に使用している。咎める気など全く無い。しかし、ドラゴン達の癇に障ったようだ。
アトゥルムも、アウルムも、一様に眉根を歪めて――
「「馬鹿なことを言うな」」
異口同音に、私を叱責、罵倒した。続け様に、それぞれ早口で体色の意味を説明し出した。
「俺の色は、異界からの攻撃に対する耐性が有るのだ。それを取り除く? 馬鹿かお前は」
「我の色は、状態異常攻撃の耐性を高めるのだぞ? それを取り除くなど、馬鹿なのかお前は」
まさか、色に特殊効果が有ったとは。いや、知っていたよ。うん。私もそのまま利用しているし。うん。
それはそれとして、ドラゴン達の口調や言葉が大変ムカつく。手打ちにしたい。したかった。しかし、私は耐えた。
わ、私は、こ、こいつらを従える、い、偉大な魔王なのだ。うん、偉大、偉大。
私は昂る気持ちを抑えるべく、全力で連続深呼吸をした。八十九回を数えたところで、漸く落ち着いた。続け様に、普段通りの引き締まった表情で、清水のような平静な声を上げた。
「まあ、良かろう」
有用となれば、採用しない訳にはいかない。これも皆を守る為。その大事に比べれば、一時の恥辱など些事。些事なのだ。うん、些事、些事。ちくせう。
かくして、ドラゴン達が造った防具は、魔王軍の正式な戦闘服に採用された。その際、例によって性別で色分けしている。
男性はアトゥルムの黒い防具、女性はアウルムの黄金防具である。
髪色も同色であるが故、親和性が高い。見栄えも良い。白銀の鎧直垂とも相性が良い。防具の制作者は気に入らないが、防具自体は気に入った。
ドラゴンの防具が実装されたことで、魔王軍の防御力は格段に向上した。例え女神の失敗作が相手でも、誰も傷一つ負わないだろう。その可能性を想像すると、口が緩んで仕方がない。
「がはははっ!」
私は黄金の鱗鎧をまといながら、毒々しい色を吐く空に向かって高笑いした。
この素敵な笑顔がいつまで続くのか? 私は最後まで笑っていられるのか否か? そんな先のことなど、今の私に知る由も無い。




