第八十九話 魔王軍の新入り
嘗て、黒く煤けた渓谷の奥に広大な森林地帯が有った。
その名を「化石の森」、或いは「魔王の森」という。しかし、それも今は昔の話。
嘗ての肥沃な森林地帯は、焼け野原と化している。最早魔物も寄り付かない。だからと言って、何もない訳ではなかった。
煤けた地面に、大きな白銀の布が敷かれている。そこには、座って茶を興じている十一名の男女の姿が有った。
その内、九名は白銀の小袖姿(着流し)である。それ以外の二名は、黒いローブをまとった少年と、黄金のローブをまとった少女である。
前者、小袖姿の男女の内、額に文字が入っている七名の男女、少年少女は人間ではない。真銀人形である。しかし、それ以外の二人の男女は人間である。
私、デストラ樹海の魔王ウィルミア・デストランドと、私の騎士(事実)、王子様(願望)、伴侶(暴走)の愛洲来寿様である。
小袖姿の九名は魔王軍である。しかし、ローブをまとった少年少女は違う。人間ですらない。
二人とも、人間に擬態したドラゴンだ。
黒衣の少年は、奈落の破壊者アトゥルム。
金衣の少女は、万魔殿の簒奪者アウルム。
いずれも魔王軍にとっては敵だ。実際、一度対戦している。どちらも殺す気で戦った。それぞれの急所に大穴を開けている。それで殺した。そう思っていた。
ところが、奴らは生きていた。それどころか、人間に擬態して、私達と一緒に茶を興じている。
一体、何がどうしてこうなった?
現況が視界に入る度、私の首は斜めに傾ぐ。
ドラゴン達は、魔王軍の人形達が淹れた茶を飲んで、
「まあまあだな」
「悪くない」
それぞれ偉そうな感想を述べながら、何杯もお代わりしている。一体、こいつらは何様なのか?
ドラゴン達の傍若無人な振舞いは、私と、私の右隣で正座している来寿様の視界にバッチリ映っている。
来寿様の顔に、殺意を帯びた険しい表情が浮かんでいる。それも仕方のないことだ。きっと、私も似たような表情になっている。いや、来寿様より剣呑だろう。
私の蟀谷には、ミミズのような太い血管が浮き上がっている。今にも血を吹き出しそうだ。そうなる前に、私の口から言葉が飛び出した。
「其方ら、茶ばかり飲んでいないで話をしろ」
私が文句を言うと、ドラゴン達は、それぞれカップを呷って茶を飲み干した。その反応を見て、私は直ぐ様会話が始まるのだと思った。ところが、そうではなかった。
「「もう一杯」」
「いい加減にしろ」
私は人形達にお茶を出すのを控えさせた。すると、ドラゴン達は渋々カップを置いて、私の顔を見た。
二対の視線が、私の目に突き刺さる。
最強の魔物の視線である。それなりに強い力が籠っている。私は全身が石化したように錯覚した。
しかし、二度のドラゴン戦を経た私には、それなりに耐性が付いていた。
私はドラゴンの魔眼に晒されながら、ズバリと本題を切り出した。
「其方らは、『私達に女神様を起こして欲しい』と、言うのだな?」
女神様。この世界を創った造物主、創世の女神ネフィリアである。
私の言葉に対して、ドラゴン達は静かに頷いた。一応、私の言葉を聞く気は有るようだ。その反応を確認して、私は更に言葉を重ねた。
「女神様を起こせば、この世界からの脱出は叶う。そうだな?」
私の言葉に、ドラゴン達は首を縦に振った。いや、降り掛けた。途中で斜めに傾げている。その反応を見て、私の眉間に深い皺が刻まれていく。
私の表情の意味が、私の口を衝いて出た。
「何だ? 違うのか?」
私はドラゴン達の反応の意味を問い質した。すると、黒衣の少年、アトゥルムが声を上げた。
「まあ、出られるかどうかは――ネフィリア様次第だな」
どうやら、女神起こした後に交渉する必要が有るようだ。その事実を知らされて、私はアトゥルムを睨み付けた。その際、私の喉下まで「最初に聞いた話と違う」という文句の言葉が込み上げた。
しかし、アトゥルムの話が嘘であったという訳ではない。そもそも、女神を起こさないことには、交渉も何もできないのだ。
私は「はぁ」と溜息を吐いた。続け様に、魔王軍全員に声を掛けた。
「一寸、彼方で話をするぞ」
魔王軍は白銀の敷布から離れた場所に移動した。そこで円陣を組んで、ドラゴン達に聞かれないよう、小声であれやこれやと意見を述べ合った。
尤も、声を上げていたのは、私と来寿様だけ。人形達は、表情とジェスチャーで意思表示をしている。
魔王軍の軍議には、それなりに時間が掛かっている。それなりの大事なのだから、仕方がない。ところが、ドラゴン達は私達の都合など露ほども考えていない。
「まだか」
「早くしろ」
軍議中、ドラゴン達の文句の言葉が幾つも飛んできた。その度に、私も、来寿様も、人形達も、腰に差した打刀を抜き掛けている。それを堪えながら、何とか結論を出した。
「これで、良いな?」
「ああ、構わんよ」
私と来寿様で内容を確認した後、私達は、再び白銀の敷布の上に座った。そこで一呼吸置いた後、私が皆を代表して声を上げた。
「其方らの望み、受けてやろう」
「「おおっ」」
私達は、女神の起床を請け負うことにした。すると、ドラゴン達は破顔した。見た目が少年少女なので、あどけなさを覚える。しかし、そのまま笑わせておく気は毛頭無い。
私の言葉には続きが有るのだ。
「但し、条件が有る。これを飲めねば、この話は無しだ」
条件。その言葉に、ドラゴン達は首を傾げた。しかし、顔は笑ったままだ。その笑顔を、今から凍り付かせてやる。
私は口許にシニカルな笑みを浮かべながら、条件を告げた。
「其方ら、私の部下に成れ」
私の部下。即ち、ドラゴン達の魔王軍入りである。
新入りだ。当然一番の下っ端である。思う存分、顎でコキ使ってやろう。その境遇を、ドラゴン達は受け入れるか否か?
私は口元に邪悪な笑みを湛えながら、ドラゴン達の反応を待った。すると――
「「良いだろう」」
ドラゴン達は、私の条件を受け入れた。その反応を見て、私は「がははっ」と下品な高笑いをした。
これで、私は最強の戦力を手に入れた。序に、移動魔王城の魔力も確保した。こんなに愉快なことは無い。そう思った。
実際、戦力と魔力に関しては、私の目論見通りであった。しかし、愉快かどうかと考えると、私の首端斜めに――いや、全力で真横に振る羽目になった。そうなるとも知らず、
「がはははははははっ!」
私は一人で哄笑し続けていた。




