第八十八話 ドラゴン会談
焼け焦げた樹木群残骸の中に、巨大な黄金の蜥蜴が横たわっている。
万魔殿の簒奪者アウルム。その大仰な二つ名も、現状に於いては滑稽に思える。
アウルムは白目を剥きながら、だらしなく口を開いていた。百年の恋も冷めそうな間抜け面だ。
その巨顔の周囲には、白銀の小袖をまとった九名の男女と、黒いローブをまとった少年が立っている。
私、ウィルミア・デストランドと、我が配下の魔王軍。それから、招かれざる客、奈落の破壊者アトゥルム。
今はアトゥルムが前に出て、私達は一歩下がって様子を見守っているところ。
私の視界には、黒衣の少年の無防備な背中が映っている。思わずバッサリいきたい衝動に駆られる。しかし、それは一先ず我慢だ。
ほんの少し前、私達は「この場はアトゥルムに任せる」と約束している。
餅は餅屋。創世記に出てくる諺に因んで、ドラゴン同士の交渉を認めた訳だ。
尤も、全く信用している訳ではない。いつでも斬る準備は整っている。
全魔王軍の殺気と視線が集中する中、黒衣の少年は黄金の巨顔に向かって声を上げた。
「傷は治してやった。いい加減起きろ」
アトゥルムは右手を掲げて、アウルムの鼻先をバシンと力強く叩いた。その行為の後、三十秒したところでアウルムが反応した。
白目の中に黄金の瞳孔が入った。開いていた口も閉じた。精悍な顔付きになったところで、長い首が持ち上がった。その先に付いた巨顔が、こちらを向いている。
黄金の瞳が、私達をジロリと睨んだ。
巨大な瞳の中に、黒衣の少年の姿が映り込んでいる。その後ろを囲む私達も、瞳の端っこに映っていた。
それぞれの姿を視認した瞬間、アトゥルムの声が上がった。
「アウルム」
アトゥルムは、続け様に右手を掲げて、アウルムの巨躯を指差した。
「その格好では話し難い。人間形態に成れ」
人間形態。どうやら、全てのドラゴンは人間に擬態できるようだ。その事実を知って、私の口が「へ」の字に歪んだ。
最初から、その姿で来ていれば良かったものを。
私の脳内に、アトゥルムと初遭遇した出来事が閃いた。
黒いドラゴンに森を焼き尽くされ、人形達もボロボロに壊された。その光景は、今も瞼の裏に焼き付いている。それを想起すると、うっかり打刀を抜きそうになる。「いっそ、このまま二匹とも始末してしまおうか」とも思う。
しかし、堪えた。他の魔王軍の精鋭達も、必死に自制している。
私達の殺意が高まる中、私の脳内に中性的な女性の声が響き渡った。
(私に指図するな)
初めて聞く声だ。しかし、声の主は直感できた。
私を含めた魔王軍の精鋭達は、アウルムの巨顔を睨みながら身構えている。それぞれの右手は、腰に差した打刀の柄を掴んでいる。しかし、抜刀する必要は無かった。
(だが、今回は従ってやろう)
アウルムの声(念話)が聞こえた直後、黄金の巨躯が輝き出した。
一体、何の光なのか? 警戒しながら見詰めている内、光はアウルムの全身を覆い隠してしまった。
アウルムは、巨大な光の繭になった。その光景を目の当たりにした瞬間、繭が縮小し出した。小さく、小さく、人間大の大きさまで縮んだ。そこまで縮んだところで、光が消え去った。
そこには、黄金もローブをまとった、金髪の――美少女が立っていた。
私ほどではない(思い上がり)。しかし、それなりに見目麗しい。その姿を視認するや否や、私は横目で隣にいる来寿様の表情を盗み見た。
私の知る限り、来寿様は過去に二回ほど相手の姿に惑わされている。
一度目は、私。二度目は、アラクネ。さて、今回はどうだろう?
私の視界に映った来寿様は、剣呑な顔付きでアウルムを睨んでいた。敵意剥き出しである。どうやら、惑わされていない様子。
来寿様の様子を確認して、私は小さく息を吐いた。
その直後、私の耳に中性的な女性の声が飛び込んできた。
「そいつらは、お前の手下か?」
そいつら。誰のことを指しているのかは、尋ねずとも直感できた。その瞬間、私は脊髄反射的に声を上げた。
「違う」
私は即応で否定した。すると、今度は少年の声が耳に飛び込んできた。
「こいつらは、俺の協力者だ」
こいつら。不敬な物言いだ。私は声を上げた少年、アトゥルムを睨んだ。その際、「それも違う」という言葉が喉下まで込み上げていた。しかし、飲み込んだ。
この場は、こいつに任せるのだったか。
私は視線でアトゥルムを非難しながら、事の成り行きを守った。
私の視界には、暗色の髪をした浅黒い肌の少年と、金髪の白い肌の少女の姿が映り込んでいる。
暗色髪の少年、アトゥルムは、真っ直ぐ少女を見ている。
金髪の少女、アウルムは、アトゥルムを見ながら首を傾げていた。その反応の意味が、可憐な口を衝いて出た。
「協力者? 何の為の?」
アウルムの質問に、アトゥルムは即答した。
「ネフィリア様を起こすのだ」
ネフィリア様。世界を創った造物主だ。今は就寝中らしい。それを起こすだけのこと。私にしてみれば、赤子の捻る程度の単純作業としか思えない。
ところが、アトゥルムの言葉を聞いたアウルムは、渋柿百個食べたような渋面を浮かべている。その表情の意味が、彼女の口を衝いて出た。
「それは無理だと――」
無理。女神の起床は叶わない。それが、ドラゴンの共通認識のようだ。
一匹で世界を滅ぼす魔物ですら音を上げるとは。一体、どれほど深い眠りなのか? 私はドラゴン達を睨みながら、どんなものかと想像した。いや、しようとした。
ところが、考えこもうとした私の顔に、誰かの視線が突き刺さった。
「?」
私は反射的に視線の方を見た。すると、アウルムと目が合った。その直後、視界に映った少女の口が開いた。
「こいつらなら、或いは――」
こいつら。本当に不敬な奴らだ。もう一回、アウルムの胸に大穴を開けてやりたい衝動に駆られる。私は思わず打刀を抜き掛けた。
その矢先、アトゥルムが声を上げた。
「こいつらなら、できる」
「なるほどな」
こいつら。ドラゴン共は、とことん不敬な生き物のようだ。私はジト目でアトゥルムとアウルムを交互に睨んだ。しかし、奴らの面の皮は存外に厚い。
私の鋭い視線を浴びながら、ドラゴン達は――
「「ふっふっふっふ」」
不敵に笑っていた。何がおかしいのだ? ちくせう。




