第八十七話 新生魔王軍の猛攻
禍々しい空の彼方から、黄金の災厄がやってくる。
災厄の名は、アウルム。万魔殿の簒奪者アウルム。
アウルムは第三番目のネフィリム、今は「強欲」と呼ばれる世界を滅ぼした魔物、ドラゴンだ。その故事は、創世の女神ネフィリアの自著、創世記に記されている。
しかしながら、現在のネフィリムに於いてアウルムの名を知る者は存外に少ない。私も、デストランドの王族でなければ目にする機会はなかっただろう。
世界を滅ぼす魔物、ドラゴン。その存在を知ったとき、一寸涙目になった。しかし、直ぐに「関係無いな」と胸を撫で下ろしている。
そもそも、アウルムを含めたドラゴンは、現在のネフィリムにいない。全て過去の話である。そう思っていた。しかし、そうではなかった。
今現在、私の視界には黄金に輝く巨大な飛行物体が映っている。
間違いなくドラゴンだ。アウルムだ。分かり切っている。それでも、確認せずにはいられない。
私はレンズ付きの円筒、魔力式遠眼鏡を使って観察した。
黄金の飛行物体には、巨大な蝙蝠の翼が生えている。その全幅は百メートルほど。だからと言って、巨大な蝙蝠ではない。翼の生え際には、巨大な蜥蜴の体が有った。それら全ての特徴を確認したところで、私はそっと遠眼鏡を下ろした。
「アウルムだな」
ドラゴンなんぞ一生遭いたくない最悪の災厄だろう。しかし、どうやら魔王軍《私達》には縁が有るようだ。
アトゥルムに続いて、二匹目のドラゴンとはな。
ドラゴンとの対戦は、これで二度目。快く迎え入れる気は毛頭無い。しかし、避けようとも思わない。私達は、ここでアウルムを迎え討つ。
私も、魔王軍の精鋭達も、やる気満々だ。その先陣を切る役目を、私は真銀人形達に与えた。
「松竹梅、初夢。アレを――落とせ」
私の命令に、六名の真銀人形達が即応した。それぞれ、アウルムに向かって突っ込んでいく。
人形達は、魔力伝導率百パーセントの特性を如何なく発揮して、黒く煤けた地面の上を亜音速で駆けていく。
程無くして、人形達はアウルムの直下付近に迫った。その様子は遠眼鏡越しに確認している。
その瞬間、私は声を上げた。
「行けっ、我が子ども達っ」
私の声は、当然ながら人形達には届いていない。それでも、人形達は反応した。
人形達は、腰に差した打刀を引き抜いて、地面を蹴って次々跳躍――飛翔した。その様子は、宛ら真銀の弾丸だ。
六発の弾丸が、上空のアウルムに向かって突っ込んだ。それぞれが、巨大な翼膜と接触して、そのまま突き抜けていく。その様子もまた、遠眼鏡越しに確認できた。
巨大な蝙蝠の翼、その翼膜が大きく割けている。その影響で、アウルムの巨躯が大きく揺らいだ。立て直そうとしたものの、叶わず。
黄金の巨躯は、地面に向かって落下した。その様子は、遠眼鏡を使わずとも確認できた。
「来寿、蹄鉄」
私は傍に控えている二名の部下達に声を掛けた。すると、二人は同時にこちらを向いた。それぞれの視線を横目で確認して、私は最終攻撃に打って出た。
「行くぞ」
私は声を上げるや否や、アウルムに向かって走った。他の二人も、私と一緒に駆け出している。
スタートを切ったのは、私が最初。しかし、途中で蹄鉄に追い抜かれた。それも当然だろう。私が造った真銀人形の速力に比肩できる人間などいない。
蹄鉄は、亜音速で焼け焦げた地面を駆け抜けていく。余りに速い。その為、アウルムが起き上がるより先に、その巨躯の許に辿り着いた。
我が作品ながら、恐るべし。真銀人形の能力を目の当たりにする度、口がポカンと開いてしまう。しかし、真銀人形の真骨頂は、ここからだ。
蹄鉄は、直ぐ様アウルムの背後に回り込んだ。
蹄鉄の前に、長大な尻尾が横たわっている。その巨大鞭に殴打されたならば、蹄鉄とて吹き飛ばされる。
しかし、先んずれば人を制す。蹄鉄は躊躇うことなく両手を伸ばし、尻尾の先端部分を掴んだ。そのまま全身を回転させて、尻尾を振り回そうとする。
アウルムの巨躯は、蹄鉄の凡そ二十倍。無茶である。しかし、その無茶を可能にする膂力が、真銀人形達に備わっている。
蹄鉄を中心に、アウルムの巨躯が回転し始めた。
黒く煤けた地面の上にアウルムの巨躯が大円を描く。しかし、落書きできた時間は存外短い。
回転回数が増すごとに、アウルムの巨躯が空中に浮き上がっていく。その様子は、私の肉眼にも映っていた。
まるで、魔力洗濯装置の中の洗濯物だ。
アウルムという名の洗濯物は、そのまま空高く放り投げられた。その落下地点には、着流し姿の美少女魔王と、同じく着流し姿の痩身の侍がいる。
アウルムの巨影が、私達の体を覆い隠す。その事実を目の当たりにした瞬間、私は高速二重詠唱で女神の大魔法を発動した。
「「風の支配者の竜巻っ!!」」
私達の左右の空間から、合計二本の巨大竜巻が発生した。それぞれが天に向かって伸び上がっていく。その先に、落下してきたアウルムの巨躯が有った。
二本の竜巻は、黄金の巨大洗濯物を見事にキャッチした。アウルムは、再び超速回転する羽目になった。しかし、今度は回転するだけでは済まない。
私は続け様に女神の大魔法を発動した。
「「絶対零度の吹雪っ!!」」
先に放った竜巻が、絶対零度の冷気を帯びていく。それに伴って、黄金の巨大洗濯物に霜が広がっていく。アウルムの動きが遅くなり、やがて――止まった。その瞬間、私は傍にいる来寿様に向かって声を上げた。
「来寿っ、魔王の超電磁砲だっ!」
「応っ!」
来寿様は腰に差した打刀、妖刀村正を抜いた。続け様に、私にピタリとくっ付いてくる。
私の左腕が、来寿様の腰を抱く。来寿様の右腕が、私の腰を抱く。
来寿様の左手に握られた村正が、頭上に掲げられる。その柄を、私の右手が掴んだ。
私達は、互いの腰を抱き合いながら、来寿様の妖刀村正を構えていた。村正の切っ先は、頭上に浮かぶ黄金の巨大洗濯物に向けられている。
超電磁砲発射準備完了。その事実を直感した瞬間、私は最後の呪文を唱えた。
「「天帝の雷霆っ!!」」
絶対零度の竜巻の中に、巨大な稲光が奔った。それに伴って、竜巻の間に強力な磁場が発生する。その磁場の磁力に因って、私達の体が――弾き飛ばされた。
私達は上へ、空へ、そこに有る黄金の巨大洗濯物へと吸い込まれていく。二人の行く手を阻むものは何も無い。
村正の切っ先はアウルムの巨躯、その首元に突き立った。
人生二度目のドラゴン入刀。その刹那、私の想いが爆発した。
私と来寿様の邪魔をするなっ、この不届き者がああああああああああああああああああああああっ!!!
村正の切っ先から、無限大の想いと、無限大の魔力が迸った。その衝撃でアウルムの巨躯に巨大な風穴が開いた。その光景は、私の視界にバッチリ映っている。
がははっ、勝ったな。
私は高笑いをした。笑いながら、来寿様と一緒に地上に向かって――落下した。




