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第八話 王子様の初恋

 現在、私――ウィルミア・デストランドは、光る岩肌に囲まれた洞窟の中にいる。私はゲンベゾン姿で硬い岩の上に腰を下ろしている。私の前には炎を灯した二本の尻尾が有る。その向かい側に、痩身の男が座っていた。


 愛洲来寿(アイス・ライス)。フォリス大陸極東の海に浮かぶ島国の剣士。


 只の剣士ではない。凄腕だ。来寿様の剣技は鋼をも断つ。魔王である私を殺せるほどの実力を持っている。その事実は、身を以て思い知っている。そう、私達は敵同士だった。

 来寿様は、私を殺す為に送り込まれたシグムント王国の刺客だ。その関係性は、今も変わっていない。だからこそ、不可解なことが有った。


「何故、私を助けた?」


 この地に送り込まれた際、私は意識を失った。その間、ケルベロスが近づいていたようだ。来寿様は、私を餌にしてケルベロスから逃げることができただろう。

 しかし、来寿様は命を賭して戦った。私を守る為に。


「何故だ?」


 来寿様が心変わりした理由は、私には分からない。だからこそ、聞きたい。是が非でも聞き出したい。それを望んで止まない理由が、私の脳内に閃いていた。


 来寿様は、私の王子様かもしれない。


 私の人生に於いて、私を人間扱いした者はいない。私を守ろうとした者も、それを望む者もいない。それどころか、私を忌避して、命を狙うやつばかり。

 私は悪意しか向けられていなかった。そんな私に、初めて善意が与えられた。その理由が気にならないはずも無い。


 私は、来寿様が私の救世主(王子様)である可能性を期待した。すると、来寿様の凹凸の無いのっぺりとした顔に、照れ臭そうなハニカミの笑みが浮かんだ。


「あ――うん、その――」


 来寿様は、暫く意味不明な言葉ばかりを漏ら続けた。その果てに、漸く私が欲する回答を告げた。

 ところが、それもまた意味不明な言葉であった。


「似ていたから」


 来寿様の回答を聞いて、私の頸が斜めに傾いだ。その反応は、来寿様の視界にも映っている。

 来寿様は、暫く右手で頭を掻いた後、再び声を上げた。


「『女神』様に」


 女神。そう呼ばれる存在は、世界(ネフィリム)には一人しかいない。我らの造物主、創世の女神ネフィリア様だ。世界中の誰もが想起するだろう。当然、私も彼女と直感した。造物主(ネフィリア)の危機とあれば、助けたくもなるだろう。来寿様が私を守った理由には合点がいった。

 しかし、私の頸は傾いだままだ。


「私が――ネフィリア様に似ている?」


 これまで「似ている」と言われた(ためし)はない。そのように思ったことも無い。そもそも、私はネフィリア様の顔を知らないのだ。

 デストランドには、女神の肖像画も無ければ、銅像も無かった。その存在を知ることができる物証は、女神の自著である創世記のみであった。

 私が知っている人間の中に、女神様のご尊顔を拝した者はいなかった。故に、世界中の誰も目にしていないと思い込んでいた。

 ところが、アシハラには女神を見た者がいたようだ。


「アシハラの有名な神社――神殿には女神様の絵が有ってな? それを見たことが有るのだ」


 来寿様は視線を虚空に向けた。その表情は、どこか陶然としている様子。恐らく、当時の出来事を想起しているのだろう。そこまで想像したところで、私の眉が歪に吊り上がった。


 胸が痛い。何故だ?


 体の変調は、時間が経つほどに激しさを増す。それに耐え切れず、口から声が飛び出した。


「その絵――好きなのか?」

「は?」


 自分でも、何を言っているのか分からない。尋ねられた来寿様も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 来寿様の表情を見れば、質問の意図が分かっていないと想像する。説明したい気持ちも沸く。しかし、何と言えば良いのやら? そもそも、私自身が意図不明なのだ。故に、


「その絵のことが好きなのか? どうなのか?」


 私は二択を迫った。すると、来寿様は「うむむ」と唸り声を上げて考え込んだ。暫く後、苦笑しながら声を上げた。


「まあ、そうなんだろうな。多分、あれが――」


 直後に続いた言葉が、私の脳を激しく揺さぶった。


「俺の『初恋』なんだろうな」

「っ!」


 初恋。私は裏切られた気がした。その言葉を向けられるべき存在は、私であって欲しかった。来寿様の頬を引っ叩きたい衝動に駆られた。私の右手が勝手に振り上がった。

 しかし、振り下ろさなかった。右手を掲げたタイミングで、私の脳内に女神の天啓が下りていた。


 来寿様の初恋の人は、この私、ウィルミア・デストランドに似ている。

 しかも、来寿様が言うには「瓜二つ」らしい(言ってない)。

 つまり、来寿様の初恋の人と、私は、殆ど同一人物である(曲解)。

 結論。来寿様の初恋の人は私である(なんでやねん)。


 私は来寿様の言葉の真意に至った。その事実を確信(錯覚)した瞬間、口の端が勝手に吊り上がった。その表情の意味が、そのまま口から飛び出した。


「来寿。其方(そなた)に一つ提案が有る」

「何だ?」

「其方、私の――」


 続け様に出た言葉は、私の夢、そのものであった。


「王子様にならないか?」


 思わず漏らした本音の提案。それを告げた瞬間、来寿様のご尊顔に鳩が豆鉄砲を食ったような表情が浮かんだ。

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