第九話 悪質な契約
「私の王子様にならないか?」
魔王ウィルミア、一世一代の提案。それは、来寿様王子様計画に於ける最終目標であった。その攻略難度たるや、世界中の軍勢を相手にするよりも高いと思われる。
事実として、私は今まで幾度となく他国の軍隊を壊滅した。その気になれば世界征服も容易い。
しかし、如何に無敵の魔王と言えど、今回の挑戦は無謀だった。
私が提案した直後、来寿様のご尊顔に鳩が豆鉄砲を食ったような表情が浮かんだ。続け様に、来寿様の薄い口から、表情通りに言葉が飛び出した。
「は?」
来寿様の冷めた視線が、私の両眼を穿った。その瞬間、目から涙が溢れた。この一瞬の攻防で、魔王ウィルミアの心は砕けた。普通の魔王であれば、断末魔を上げながら灰になっているところだ。
しかし、私は違う。並みの魔王ではない。私は砕けた心を拾い集めた。
魔王ウィルミア、再起動。そんな馬鹿なっ、そんな魔王がいるのかっ!? いるさ、ここに一人な。
私は脳内作劇で自分の心を必死に鼓舞した。何とか持ち直したところで、次の策を考えた。
要した時間は――凡そ五分。それが閃いた瞬間、私は心中で「これならいける」と確信した。それを告げることに、何ら躊躇いは無い。だが、その前に――
「ごほん」
私はあえて咳払いをして間を取った。この行為に因って、先程の失態は無かったことになった(都合の良い錯覚)。良し。後は次善の策を告げるだけだ。
私は大きく深呼吸した。肺に空気が満ちるほどに、胸がギシギシ痛みだす。先ほど受けたダメージが回復し切っていない。
恐らく、次の策が通じなかった場合、私は死ぬだろう。そのときは、腹いせに全人類を道連れにする他ない。
来寿様。世界の命運は貴方様の返事に掛かっています。
私は心中で必勝を念じながら、次善の提案を告げた。
「来寿。私の騎士となるが良い」
騎士。私は王族なのだから、来寿様は私専属近衛騎士になるだろう。私と世界にとって、これが精一杯の譲歩である。これ以下は無い。
来寿様っ、どうか世界を私の魔の手から守って下さいっ!
私は心中で祈りながら、ジッと来寿様を見詰めた。目付きが鋭くなっていくのを自覚する。そのまま来寿様の顔に穴を開けるかと直感した。それが具現化する前に、来寿様が声を上げた。
「そうだな」
完全勝利。交渉は成立した。私は思わず手を叩いた。しかし、その反応は早計であった。来寿様の言葉には続きが有った。
「騎士ってのは兎も角――」
「!?」
来寿様は私の提案を拒否した? 今直ぐ世界を滅ぼそう。そう決めた。しかし、それもまた早計であった。
「協力する必要は、有るだろうな」
協力。つまり、交渉成立。
かくして、来寿様は私の騎士となった。一時はどうなることかと思ったが、意外に来寿様もチョロかった。簡単に篭絡することができた。流石、魔王ウィルミアである。
尤も、来寿様の言葉には、より以上に深刻な意味が含まれていた。
「ここから抜け出すには――致し方無しだ」
ここ。その言葉が耳に入った瞬間、私の眉根が大いに歪んだ。それと同時に、首が四十五度ほど傾いだ。その反応の意味が、口を衝いて出た。
「一体、ここは何なのだ? どこなのだ?」
私の疑問に、来寿様は即答した。
「多分、ケルベロスの棲み処だろう」
現在地は、黒い渓谷に穿たれた横穴であった。蘇生した来寿様は、私をここまで運んでくれたようだ。
因みに、ケルベロスの遺骸は現場に放置したままである。後で有用な部位を採りにいかねばな。まあ、それはそれとして。
来寿様の回答は、私が望むものではなかった。故に、私は口を「へ」の字に曲げながら、私の質問の真意を告げた。
「私が聞いているのは、この世界のことだ」
私の言葉を聞いて、来寿様は「ああ」と声を上げ、続け様に右拳で左掌をポンと叩いた。
「それは――」
来寿様は、この世界の正体を知っていた。それを、私に告げた。
「『壺の中』だろうな」




