第十話 泥のように就寝
岩肌が照り輝く洞窟。その深奥に、ゲンベゾソン姿の美少女と、襤褸をまとった異国の剣士がいる。それそれ座りながら、炎をまとった尻尾を挟んで対峙していた。
その最中、剣士――来寿様の口から、現在地の正体が飛び出した。
「壺の中――だろうな」
壺の中。その言葉を聞いた美少女――私、ウィルミア・デストランドの眉が歪んだ。その表情の意味が、私の口を衝いて出た。
「壺? どういう意味だ?」
私の脳内には様々な壺が閃いている。それらの中に現在地を内包できるほどの巨大なものは無い。そもそも、そんなものがこの世界に存在しているとは思えない。私にとって、来寿様の言葉は意味不明だった。
私は首を傾げた。すると、来寿様は口を「へ」の字に曲げて「うむむ」と唸った。暫く唸った後、再び口を開いた。
「まあ、魔法の壺だ」
魔法の壺。来寿様としては、私が理解できるよう心を砕いたのだろう。しかし、
「もっと、詳しく言ってくれ」
私の記憶には「それ」と思い当たるものは何も無い。来寿様の説明では不十分なのだ。その為、私は再度説明を要求した。すると、来寿様は「まあ、いいか」と頷いて、掠れた声を上げた。
「シグムント王家に代々伝わる秘宝でな? その名も『封印の壺』という」
封印の壺。それが、現況を内包する世界の正体――らしい。俄かに信じ難い話である。しかし、来寿様の表情は真剣で、嘘を言っているようにも思えない。信じたい。しかし、ここで残念なお知らせが一つ。
「封印の壺とは――何なのだ?」
私の記憶に該当するものは無かった。故に、私は更なる解説を強請った。すると、
「うむむ」
来寿様は唸り声を上げた。答えに窮している様子。しかし、考える時間は存外に短かった。
「女神様が使った道具だ。『神器』というらしい」
神器。その言葉もまた、私の記憶には無い。魔王と呼ばれる博識な私にも、知らないことが有ったとは。
しかし、女神様の道具という説明には思い当たる節が有った。
我が家に伝わる女神の秘技、「失われた女神の大魔法」。
我が国がそうであったように、他の王家にも女神の秘宝が有る。その可能性を、私は失念していた。
その事実を直感した瞬間、私の眉間に皺が寄った。口が山の形に歪んだ。
この汚名、如何にして雪ぐべきか。
同じ轍は踏むまい。当然、報復もする。その為には、より詳細な情報が必要だ。弱点とか、対策が有ったら知りたい。その想いが、私の口から飛び出した。
「それは、どんな効果が有るのだ? 対策は有るのか?」
私は矢継ぎ早に質問を告げた、それら全てに答えて貰えると期待した。ところが、来寿様は唐突に「ふあぁ」と大欠伸をした。
その太々しい態度は何なのだ?
私は、反射的に来寿様を睨み付けた。すると、来寿の薄い口から掠れた声が漏れた。
「それは――まあ、おいおい説明する。一寸――」
来寿様は、右腕を枕にして、その場に横たわった。続け様に両眼を閉じた。その行為の意味が、来寿様の口から零れ出た。
「休ませてくれ」
来寿様は就寝するつもりのようだ。その事実を直感した瞬間、私は来寿様の現状を想像した。
そうか、先程まで死んでいたから。
来寿様は、蘇生し立てであった。少し前まで、来寿様の体力や精神力、及び生命力は尽きていた。
徐々に回復しているとは思う。しかし、未だ動いて良い状態ではないだろう。
今の来寿様は、動いていることが不思議なくらいの疲労困憊状態である。それなのに、無理を押して私を洞窟に運んでくれた。しかも、料理まで振舞ってくれたのだ。その事実を思うと、私の胸が熱くなる。「ありがとう」という言葉が喉の奥まで込み上げている。
しかし、私の口から出た言葉は、全く別のものであった。
「不用心だな」
私は来寿様の行為を咎めた。
魔王の前で横になる人間など、どこの世界にもいないだろう。その可能性を思うほどに、私の口から意地悪な言葉が飛び出していく。
「私が寝首を掻くかもしれんぞ?」
当然ながら、殺す気など無い。しかし、言わずにはいられない。その意地悪な質問に対して、寝言のような静かな声が答えてくれた。
「好きにしろ。どのみち――」
来寿様はアッサリ許可した。続け様に、命を無碍にする理由を告げた。
「お前さんに救われた命だ」
「!」
「そうなのだろう?」
来寿様の言葉に、私は反射的に頷いた。
「そうだ」
私が声を上げると、来寿様は寝ながら微笑んだ。その笑みが目に入った瞬間、私の胸がキュンと音を立てて弾んだ。その瞬間、来寿様を抱き締めたい衝動に駆られた。
しかし、私の体は動かなかった。
あれだけ意地悪なことを言っておいて、今更だな。
自分の口の悪さを恨みに思う。しかしながら、この魔王ウィルミア・デストランドの辞書に「諦める」という文字は無い。
私は、行動できない代わりに、言葉で想いを告げた。
「だから、其方は私のものだ」
来寿様を手に入れる。それが、この私、ウィルミア・デストランド最大の野望である。それは、世界を手に入れることより遥かに難しいだろう。この魔王の力をもってしても、成就するか否か。五分五分か、それ以下か。不安である。しかし、期待せずにはいられない。
私は来寿様に熱い視線を向けて、その反応を待った。すると―――
「すぅ……すぅ……」
来寿様の鼻から寝息が上がっていた。ああ、これは駄目だ。今回も駄目だった。是非も無し。
私の声は、来寿様の耳には届いていない。これ以上何を言っても無駄である。そんなこと、言われずとも分かっている。それでも、私の想いは止まらない。
「私も、来寿――様に命を救われた。だから、私は来寿様のもの」
私が漏らした小声は、来寿様の寝息によって掻き消された。その反応は、とてもは腹立たしく思う。
しかし、来寿様の眠りを妨げる気にはなれない。それを実行する気力も、今の私には無い。
「私も、少し休もう。けど、その前に――」
来寿様同様、私も疲労し切っている。私も、少し前まで瀕死であった。休む必要が有る。良く分かっている。しかし、まだ眠る訳にはいかない。
現況は安全ではなかった。敵が来る可能性も有った。故に、私は現況で可能な最善策を開始した。




