第十一話 騒々しい起床
私、ウィルミア・デストランドは夢を見ていた。
陽光の下、異国の王子様にお姫抱っこをされている。私の視線は、王子様の顔に釘付けである。
私の視界に映った王子様の相貌は――のっぺりとしている。凹凸が少ない。
髪は暗色。目は糸のように細い。鼻は一般男性より低めで、口は裂け目のように薄い。
どう見ても、異国の王子様である。
王子様は、その細い目で、私の顔をジッと見詰めていた。とても熱い視線である。強い意志が窺える。しかし、目が細く、口が薄い為、微笑んでいるような印象を覚える。その度に、私の胸が高鳴っていく。
ああ、王子様。貴方は私をどう思っているの?
王子様の心情を想像するほどに、確認したい気持ちが沸く。その想いを念じていると、見詰める先の薄い口が僅かに開いた。
その直後、私の耳に王子様の声が飛び込んだ。
「おい、起きろ」
「!?」
優しげな表情に見合わない、苛立ち混じりの声。それを直感した瞬間、思わず息を飲んだ。その感覚が私の脳を刺激した。
私は夢から覚めた。
目を開けると、私は光る洞窟の中いた。地面に直接身を横たえている。奇異な寝床だ。しかし、奇異なのは寝床だけではない。
私の直ぐ傍に別の人間がいた。
そいつは男であった。襤褸をまとっていた。不審者以外の何者でもない。しかも、魔王の寝所に忍び込んでいる。不届き千万である。即極刑案件である。
しかし、この魔王ウィルミアは寛大であった。私は男を赦した。尤も、他の者であったならば、絶対に赦しはしない。
男は、私の王子様だった。
「あれ? 来寿様?」
来寿様は、上半身を起こして私を見ている。その糸のように細い眼が、私に優しく微笑み掛けている――ように見える。その事実を直感した瞬間、私は体を起こして、
「来寿様ぁ」
来寿様の胸に縋り付いた。その直後、頭上から声が振ってきた。
「おいっ!」
咎めるような厳しい声であった。その言葉の圧力が、私の脳天にグサリと突き刺さる。それなりに、痛い。その痛みが、私の意識を完全に覚醒させた。
「はっ!?」
微睡みの中に有った意識が現実を向いた。私は現況を完全に理解した。
来寿様が私の至近にいる。その事実を直感した瞬間、私は声を上げていた。
「来寿っ。其方どういうつもりだっ!?」
私は来寿様に行為の意図を質した。ところが、意外な言葉が返ってきた。
「それは、こっちの台詞だ」
「何だと?」
何と、来寿様は私に文句を言い返した。何と太々しい。創世記に書かれた「盗人猛々しい」という諺は、このことか。
私の脳内に、来寿様の態度に対する文句の言葉が幾つも閃いた。余りに数が多いので、何から言えば良いのか分からないくらいに。
どれを選ぶべきか――と、迷っていると、来寿様が先に声を上げた。
「何で俺に抱き付いていたんだ?」
「!?」
何と無体な物言いか。来寿様は私に冤罪を掛けるおつもりか? しかし、この魔王ウィルミアは泣き寝入りなどしない。私は直ぐ様反論した。
「抱き付いてなど――はっ!」
私は抱き付いていない。そう言いたかった。しかし、言葉の途中で「昨日の出来事」が閃いた。
私が眠る少し前のこと。
私は、侵入者に対する警鐘システムを構築した後、再び来寿様の許を訪れていた。
来寿様は、私の方に背を向けて眠っている様子。その逞しい背中が目に入った瞬間、私の心に魔が差した。
来寿様のお傍で休みたい。
気が付くと、私は来寿様の隣で横になっていた。
ここまでくると、もう抗えない。私は来寿様の背中に縋り付いて、「五分――いや、三分だけ」と制限時間を念じながら一寸だけ寝た。
一寸だけのつもりだった。ところが、一寸ですまなかった。
私は、かなりの時間眠っていたようだ。その事実を想像した瞬間、私の額に汗が滲んだ。私を見詰める来寿様の視線が、とても痛い。如何にして逃れるべきか?
「その、何だ。その、うん」
考えたところで、上手い言い訳など軽々に思い付くものではない。だからと言って、無言で通せば来寿様の心象を悪くするだけだ。何か言うしかない。
私は思考回路をフル回転させた。その果てに、素晴らし言い訳を発見した。
「其方の寝首を掻こうとしていたのだ」
「ほう?」
「だが、踏み止まった」
「何故?」
「其方が、私の騎士になったことを想い出したからだ」
上手い。中々に上手い言い訳だ。
事実、私もかなり疲労していた。うっかり互いの関係性を忘れていたとしても、仕方がない。うっかりで済む。許される範囲内。
この言い訳に対しては、誰もが頷く。疑念を挟む余地など無い。そのはずだ。
ところが、来寿様の首は斜めに傾いだ。その反応の意味が、当人の薄い口から零れ出た。
「俺、お前さんの騎士になったっけ?」
今更である。もしかして、来寿様も記憶喪失になっておいでか?
しかし、如何なる理由が有ろうとも、魔王との契約を反故にはできぬ。
「なった。其方は私の騎士だ」
私は力強く頷いた。すると、来寿様の首は一層傾いだ。その反応は、とても不本意である。私の眉が吊り上がっていくのを自覚した。
私の表情は、当然来寿様の視界に入っている。
「はぁ」
来寿様は溜息を吐いた。その態度は不遜である。文句の一つも言いたくなる。しかし、言わずとも良かった。
「まあ、いいか」
来寿様は、私の騎士であることを認めた。完全勝利である。私は仏頂面を維持し続けながら、心中で勝利の雄叫びを上げた。
その最中、再び来寿様の声が耳に飛び込んできた。
「さて、外の様子を見てくるか」
来寿様は、左手に例の奇妙な曲剣(打刀)を握った。それを持ったまま、洞窟の入口の方へと歩いていく。その際、私の視界に来寿様の後ろ姿が映った。
ああ、お労しい。
襤褸をまとった後ろ姿には、拭いきれない哀愁が漂っている。それを見詰める私の胸がキリリと痛んだ。真面な衣装を用意したい。しかし、残念ながら予備の衣装など無い。
《《ここ》》では現地調達する他無い。尤も、当てなど有るはずもない。どうしたものか――と、私は首を捻った。
その直後、洞窟の出入り口付近から大声が上がった。
「何じゃこりゃあああああああああああっ!?」




