第十二話 魔王の土人形
「何じゃこりゃあああああああああああっ!?」
洞窟の入口の方から絶叫が上がった。それを聞いた瞬間、私は弾かれるように走った。
来寿様の身に、何か起こったの?
身体能力を魔力で底上げしての全力疾走。「あっ」という間も無く目的に到着した。その直後、私の視界に、煤けた断崖絶壁が映った。
ケルベロスの縄張り、黒の渓谷。
煤けた絶壁の間に、襤褸をまとった痩身の男性が立っている。
異国の剣士、愛洲来寿
来寿様は、その右手に抜き身の曲剣(打刀)を握っている。その鍛え抜かれた背中には、湯気のように濃密な闘気が吹き上がっていた。
一触即発。戦闘の予感がした。来寿様の体を中心に、剣呑な空気が漂っている。
来寿様の前には、彼が警戒する原因と思しき物体が立ちはだかっていた。
それは、山だった。それも、葉っぱの山だ。
山の高さは五メートルほども有るだろうか。それが目に入った瞬間、私の口が勝手に開いた。
「何これえええええええええええええっ!?」
私は絶叫してしまった。その直後、葉っぱの山の裏から小さな影が飛び出した。それと同時に、来寿様が身構えた。私も釣られて身構える。
私達の視界には、子どもと錯覚するほど小さい人型の何かが映っていた。
そいつの顔には、一応目と鼻と口が有った。しかし、人間と呼ぶには余りに稚拙な造形をしている。ハッキリ言えば「子どもの粘土細工」である。そのお粗末な外観は、実は私の記憶の中に有った。
私は直ぐ様戦闘態勢を解除した。その際、私の口から相手の正体が零れ出た。
「何だ。『土人形』ではないか」
土人形。土(粘土)でできた魔法生命体である。私がその名を告げると、来寿様が声を上げた。
「知っているのか? ミア」
「!」
ミア。何と甘美な響き。その呼称を聞いた瞬間、私の心臓が高鳴った。思わず右手で胸を抑えた。もう一度言って欲しい気持ちも沸く。
しかし、耐えた。耐えるしかないのだ。
私は魔王ウィルミア。我が騎士の前で無様は晒せない。
私は両手を腰に当て、胸を大きく逸らした。その格好を維持したまま、来寿様に向かって説明を開始した。
「これは、私が創ったものだ」
「何と!?」
「見張りも無しに眠ってしまうのは問題が有るだろう? 門番として――そら、入口の所にも同じものが立っているだろう?」
来寿様は、直ぐ様同くちの出入り口を確認した。
そこには、二体の土人形が立っていた。今やスッカリ石像と化している。それを見た来寿様は悔しげに呻いた。
「不覚」
どうやら、来寿様は気付いていなかった様子。その事実は、私の鼻を一層高くした。エッヘンである。
しかし、私が良い気になっていられた時間は、存外に短かった。
来寿様は、門番を見た後、葉っぱの山に視線を向けた。
「それで、これは何だ?」
来寿様は、私に葉っぱの山の正体を尋ねた。私としても大威張りで回答したいところだ。しかし、私は直ぐには答えられなかった。
本当に、何なのだ? これは。
私は首を傾げた。その際、葉っぱの山の傍に立つ土人形を見た。
土人形は、両手を腰に当てて胸を張っていた。その態度を見ると、「ご期待に添いました」という幻聴が聞こえてくる。しかし、それは断じて否だ。
其方、私の命令をどのように解釈したのだ?
私の首は一層傾いだ。
因みに、この土人形に与えた命令は「服の代わりになる素材を集めろ」である。
私は来寿様の格好を何とかしたい一心で、無理を押して三体目を創ったのだ。しかしながら、その甲斐は無かったようだ。
土人形としては、服の代わりになりそうなものを集めたつもり――なのだろう。
それが、まさか――「葉っぱ」とは。
葉っぱの服。人間が身に着けるものではないだろう。人型の魔物でも敬遠する。当然ながら、来寿様が身に着けて良いはずもない。当然ながら、来寿様が気に入る訳がない。
大失敗ではないか。
私は頭を抱えた。その最中、想いもよらぬ言葉が耳に飛び込んできた。
「これは――凄い」
「え?」
「お手柄だ」
「??」
来寿様は、葉っぱの山を賞賛した。何故なのか? まさか、葉っぱの衣服を所望なのか?
私の脳内で、葉っぱをまとった来寿様の姿が閃いた。
意外とイケています。
私の王子様なのだから、何を着ても似合うのだ。
私は脳内で「葉っぱで服を造る計画」を練った。その最中、興奮気味の声が耳に飛び込んできた。
「お前さん、これをどこから集めた?」
私は反射的に来寿様を見た。すると、来寿様は土人形に話し掛けていた。その様子を見て、私の首が傾いだ。
来寿様は、これでも足りないと?
土人形が集めた葉っぱは大量である。服を作るには申し分ない。それなのに、来寿様は土人形を詰問している。
私は脳内で「葉っぱの服増産計画」を練った。
想像の中で、新開発した魔法道具が増産を続けている。終に九十九着目の葉っぱの服が完成した。その直後、掠れた声が耳に飛び込んできた。
「ミア」
「!」
来寿様が私を呼んだ。その呼称を聞く度、私の心臓が跳ねる。痛い。来寿様に抱き付きたい。様々な欲望が、私の脳内と胸中で渦巻いた。それらを満たしたい衝動に駆られて止まない。しかし、耐えた。
私は魔王ウィルミア・デストランドである。我が騎士の前で醜態を晒す訳にはいかないのだ。
私は全力で平静を装った。緩む口を「へ」の字に曲げたまま、来寿様に向かって声を上げた。
「何だ」
素っ気ない返事であった。これに対して、興奮気味の声が返ってきた。
「これだけの量の葉が取れたということは、近くに――『森』とかが有るんじゃないのか?」
「!」
森。その可能性に気付くとは。流石は私の王子様である。褒美に私を娶る権利を与えよう。
「そうかもしれんな」
私は平静に返事をした。その間、脳内で婚姻届けにサインをした。それを来寿様にお渡しする様子を想像しながら――声を上げた。
「確認してみるか」
私と来寿様の新婚生活(妄想)に、新たな目的が加わった。




