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第十三話 魔法の加工創造

 私と来寿(ライス)様は近くにあるであろう樹木群の探索に出る。互いにそのつもりである。

 現況――煤けた黒い渓谷には、我々の生活の足しになるような素材(もの)は殆ど無い。故に、近くにある樹木群(予想)探索は必須である。来寿様も「今直ぐ出るぞ」と息巻いている。しかし、


「待て」


 私は敢えて来寿様を引き留めた。すると、来寿様は私をジロリと睨んだ。


 痛い。


 来寿様の咎めるような視線が、私の顔と心にグサリと刺さった。心が折れそうだ。

 しかし、今は引き止めなければならない。その理由が、私の口から飛び出した。


「その前に、水分補給をしておこう」


 昨日、私達はケルベロスの肉を食んだ。しかし、それだけなのだ。

 そもそも、この世界(壺の中)に放り込まれて以降、私も、恐らく来寿様も、十分な水分を補給していない。

 探索先で賄えれば良いとは思う。しかし、その保証は無い。だからこそ、今、この場での水分補給するのである。来寿様も「否」とは言うまい。そう思った。

 ところが、来寿様は首を傾げた。


「湧き水でも有ったか?」


 湧き水。有れば良かった。しかし、そんなものは無い。少なくとも、私は見ていない。その代わり、水分を含んだ物体が目の前に有った。


()()だ」


 私は右手の人差し指を掲げて、目の前に積まれた葉っぱの山を指差した

 殆どの葉は、未だに緑色を維持し続けている。それなりに水分が残っているのだろう。その可能性に、私は賭けた。


「先ずは――入れ物からだな」


 私は地面にしゃがみ込んだ。続け様に右掌を地面に翳した。その様子は、来寿様の視界にもバッチリ映っていた。


「何をしている?」


 来寿様は、(しき)りに首を捻っている。その様子を見ると、説明したい気持ちも沸く。しかし、敢えて無視する。


 百聞は一見に如かず。実際に見て貰った方が、話は早い。


 私は地面に意識を集中して――呪文を唱えた。


魔法の加工創造マジカル・プロセス・クリエイション


 魔法の加工創造。失われた女神の大魔法の一つである。その名称が示す通り、既にある物質を素材として、新たな物体を創造する。

 加工創造は、大魔法の中では比較的扱い易い。より上級の魔法には、無から創造するものもある。しかし、それを使う魔力は、今の私には無い。

 私は、足元に存在している土(粘土)を使って、二個のカップを完成した。


「良し」


 出来上がったカップは、土の色と感触が残る粗野なものだ。しかし、今は機能優先である。

 私は両手にカップを持ち、それを来寿様の方へと突き出した。


「持っていろ」


 私は、魔王らしく居丈高に命令した。すると、来寿様は即応でカップを受け取ってくれた。その際、少しだけ互いの手が触れた。


 トゥンク。


 私はトキメいた。顔も熱い。頬が緩んで仕方がない。しかし――耐えた。歯を食い縛って耐えた。


 私は、デストラ樹海の魔王ウィルミア・デストランドである。我が騎士の前で醜態を晒す訳にはいかない。


 私は必死に平静を装いながら、次の作業に取り掛かった。


 次の標的(素材)は、葉っぱの山。

 私は葉っぱの山の前に立ち、両手を広げて、それを山の方へと突き出した。


「魔法の加工創造」


 私が呪文を唱えると、葉っぱの山が浮き上がった。そのままユックリと回り出す。

 回って、回って――球状に変化した。それでも尚回り続けている。

 回転速度は徐々に上がっていく。それに伴って、球体が縮小していく。その最中、緑の弾から液体がポタポタ漏れ出した。その様子を直感した瞬間、私は開いていた右手をギュッと握り込んだ。


 私の右手の動きに合わせるように、飛び出した液体が一点に吸い寄せられていく。暫くすると、液体の玉は直径ニ十センチメートルほどまで膨れ上がった。


 用が有るのは、こいつだけだ。


 私は左手を下ろした。すると、巨大緑球(元、葉っぱの山)が地面に墜落した。

 緑球は、ベシャリと音を立てながら、再び山を形成した。その様子は、私の視界の端に映っている。

 しかし、私は全力で無視。意識は、全て液玉に向けていた。


 人体に有害な不純物を除去、ろ過、蒸留、最構成。


 私が念じるほどに、液玉の色が澄んでいく。それが満足いく純度になった瞬間、首を捻って来巣様の方を向いた。


「来寿っ」

「応っ」


 私が声を掛けると、来寿様は即応した。

 来寿様は、両手に持ったカップを液玉に突っ込んだ。空のカップは「あっ」という間に満杯になった。その様子を確認したところで、私は術を解いた。


 液玉は、地面に落ちてベシャリと音を立てた。その様子を見た瞬間、私の口が山形に歪んだ。


 勿体ない。


 私は濡れた地面を睨んだ。その最中、視界の中に水を満たしたカップが飛び込んできた。それを直感した瞬間、私の耳に、掠れた低音の声が飛び込んだ。


「どうぞ」


 来寿様が、私に水入りのカップを差し出していた。

 来寿様の相貌には、優しげな笑みが浮かんでいた。それを見た瞬間、私の心臓が激しく跳ねた。来寿様に抱き付きたい衝動にも駆られた。

 しかし、だが、しかし、耐えた。耐えるしかない。だって、魔王だもの。


「ふん」


 私は鼻を鳴らしながら、来寿様からカップを受け取った。その際、来寿様の顔に苦笑が浮かんだ。それもまた、素敵であった。私にとっては最高のご褒美である。

 しかし、見惚れる訳にはいかない。魔王だもの。


 私は態と視線を逸らした。来寿様のご尊顔を視界に入れないよう、カップに視線を落とした。

 カップの中には澄んだ水がなみなみ入っている。見ているだけで喉が鳴った。その直後、私のカップに別のカップが触れた。

 その瞬間、「チン」と乾いた音が鳴った。その直後、私の耳に掠れた声が飛び込んできた。


「お疲れ様。乾杯」

「ふん」


 私は鼻を鳴らしながら、カップの水を飲んだ。その際、来寿様も一緒に飲んでいた。ゴクゴクと喉を鳴らして、とても美味しそうに。

 しかし、実のところ私が創った水は苦い。普段の私であれば「こんなもの飲めるか」と、地面にぶちまけていたところだ。

 しかし、今は撒ける訳にはいかない。貴重な水分だもの。


 私は仏頂面を張り付けながら、喉を鳴らして水を飲んだ。その最中、来寿様の声が耳に飛び込んできた。


「美味いな」


 来寿様が、私の水を誉めてくれた。その事実を直感した瞬間、カップの水が極上の甘露に変化した。


 王子様と飲む水は、とても美味しい。


 魔王の辞書に、新たな金言が追加された。

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