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第十四話 石化の森

 魔王ウィルミアの特製水。初めて作ったが、存外に甘露であった。そのお陰で頭が冴えた。ヤル気も出た。その勢いのまま、私は声を上げた。


「では、出発するか」


 目的地は、私の土人形が探し当てた森林地帯。その位置は、現況――ケルベロスの巣穴の入口から左手側、黒の渓谷の奥だ。

 位置情報は、土人形の記憶から得たもの。間違いはない。


 先ずは、生活基盤の確保。


 私は意気揚々と右足を踏み出した。その直後、私の至近で掠れた声が上がった。


「待て」


 唐突な停止命令。魔王である私に意見するとは。その行為、不遜である。私は口を「へ」の字に曲げながら、声を上げた相手を見た。

 すると、私の視界に襤褸をまとった長身痩躯(ちょうしんそうく)の男が映った。


 我が騎士にして王子様(仮)、愛洲来寿(アイス・ライス)様であらせられる。


 来寿様の尊顔を拝した瞬間、私の頬が緩んだ。しかし、私には魔王としての威厳が有る。口を「へ」の字に曲げながら、敢えて不機嫌を装った。


「何だ?」


 私はぶっきらぼうな返事をした。すると、来寿様は苦笑した。

 素敵な表情である。その笑み、一国分の価値は有るだろう。思わず見惚れそうになる。

 しかし、私は魔王である。軽々にデレてしまっては、魔王の価値が下がる。


 ここはあれだ。創世記に書いてあったことわざ臥薪嘗胆(がしんしょうたん)


 私は脳内で熊の肝を舐める我が身を想像しながら耐えた。その上で、(わざ)と来寿様をジト目で睨んだ。

 すると、来寿様は苦笑したまま声を上げた。


「出掛ける前に、方角を決めておかないか?」


 方角。この世界(壺の中)には太陽が無い。故に、方角の基準となるものは無い。私は首を捻った。

 その直後、再び来寿様の掠れた声が耳に飛び込んできた。


「洞窟の奥が北、入口の方が南。どうだ?」


 来寿様は紛うこと無き天才であった。流石は私の王子様である。当然、私に異論はない。むしろ、偉いぞと褒めてやりたい。褒美に私を幸せにする権利を与えよう。まあ、私は貴方様の傍にいるだけで幸せなのですけれども。

 この想い、来寿様に全力で想いを伝えたい。しかし、彼我の立場を鑑みれば、軽々に想いは伝えられない。


「良いだろう」


 私は敢えて居丈高に答えた。すると、来寿様は満足げに頷いた。

 これにて、来寿様の用件は済んだ。後は出発するだけ。そう思った。ところが、


「それから――」


 来寿様の用件は、一つではなかった。


「あの土人形」


 来寿様は、洞窟の入口にいる三体の土人形を指差した。その言動の意味は何なのか? それを考える必要は無かった。来巣様が直ぐ様教えてくれた。


「俺達が出ている間、ケルベロスの解体を頼むことは可能か?」


 そこに気が付くとは。来寿様は本物の天才である。流石は私の王子様。世界の支配者に相応しい人物だ。その隣にいる伴侶は、当然私だ。


 私は心中で「来寿様万歳」と諸手を上げた。しかし、表面上は全く平静を装った。


「まあ、できるな。やっておくか」


 私は、おざなりな返事をして、来寿様の提案に応じた。すると、来寿様はニッコリ微笑んだ。

 来寿様の笑顔は、ネフィリム百個分の価値が有る。見惚れたい。見惚れていたい。しかし、見惚れられない。魔王だから。


「他に用件が無いなら――行くぞ」


 私は態と素っ気ない物言いをして、東に向かって足を踏み出した。すると、来寿様が私の右隣に並んだ。

 彼我の関係性を鑑みれば不遜な位置である。しかし、私としては大満足である。叶うならば、互いの手を繋ぎたいくらいだ。思わず右手が伸びそうになった。

 しかし、堪えた。「私は魔王」と念じながら、来寿様と並んで東に向かって突き進んだ。


 暫く歩いていくと、唐突に絶壁が途切れた。その先に、緑生い茂る樹木群が有った。


「ここか」


 私の視界一杯に、様々な樹木が映っている。その光景は、我が故郷の森、デストラ樹海を彷彿とする。そのような感想を覚えた者は、私だけではなかったようだ。


「ミアの国みたいだな」


 来寿様もまた、同じ感想を抱いていた。その言葉が私の耳に入った瞬間、私の胸がトゥンクと弾んだ。思わず抱き締めたい衝動に駆られた。

 しかし、魔王だから耐えた。耐えるしかないのだ。


「行くぞ」


 私は敢えて来寿様の言葉を無視した。自分の想いを振り切るように、樹木群の奥へと足を踏み出した。すると、来寿様も直ぐに付いてきた。


 私達、謎の樹海探検隊は、更に奥へと突き進んだ。

 その道中に生えた植物群は、どれも天然自然のものであった。正に「生活必需品の宝庫」と言ったところ。その事実は、私に希望を抱かせた。


 ここに住むしかない。


 私達の定住の地(愛の巣)が決定した。

 私の脳内に、様々な薔薇色の生活風景が止めどなく閃いていく。それを実行することに躊躇いは無い。

 しかし、具現化を他易く許すほど、この世界(壺の中)は甘くなかった。


 私達の前に、奇妙な物体が現れた。それを直感した瞬間、先に来寿様が声を上げた。


「石像か?」


 石の樹木である。それが群れを成して広範囲に並んでいる。樹木だけでなく、雑草の石像まで有った。

 石像群の外観は、先程まで見ていた自然の樹木群と大差無い。しかし、その個体の構成物質は全く違う。


 何故、石なのか?


 私と来寿様は、石像群の前で首を捻っていた。その最中、奥からけたたましい騒音が上がった。


「コケエエエエエエエエエエエエエエエッ!」


 何かの絶叫。鶏の声に似ている。鶏だろうか? 私の脳内に鶏料理が閃いた。その瞬間、お腹が「ぐぅ」と鳴った。

 私は反射的に来寿様を見た。すると、来寿様はコクリと頷いた。


「行ってみるか」


 来寿様の提案に、私は即応で首肯した。

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