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第十五話 怪鳥の宴

 私と来寿様の前に、樹木の形をした灰褐色の石像群が立ちはだかっている。その奥から、(にわとり)の声らしき騒音が響き渡った。

 鶏。現況を鑑みれば、真面な鶏ではないだろう。それでも、私と来寿様は現場へと向かっている。


 鶏料理(とりりょうり)が食べられる。


 私達は食欲に導かれるまま、奥へ、奥へと突き進んだ。

 進んでいくほどに、石像群の数が増えていく。その事実を直感しながらも、私達は更に奥へ。それに伴って、鶏の鳴き声が大きさを増す。

 騒音で耳が痛い。私にとっては煩わしいことこの上ない。

 しかし、来寿様の耳は丈夫にして優秀のようだ。鶏の声の中に、別の鳥の鳴き声を聞き分けていた。


(わし)もいるみたいだな」


 鶏と鷲。奇異な組み合わせだ。しかし、今の私には「料理の材料が増えた」としか思えない。私の脳内には、鳥を使った様々な料理が次々閃いている。


 ああ、早く食べたい。


 私のお腹が鳴った。来寿様のお腹も鳴っている。二人の食欲を満たす素材が、たった今視界に飛び込んできた。


 そこは、少し開けた場所だった。いや、開けた場所に()()()というべきか。今までは得ていたであろう樹木群が、軒並み薙ぎ倒されている。一体、誰の仕業なのか? 考える必要は無かった。


 今、私達の視界に二羽の鳥が映っている。予想通り鶏と鷲のようだ。しかし、普通のものではない。体がとても大きい。全高だけで二メートルを超えている。


 二羽の巨鳥が、空と地面で激しく動き回っていた。どうやら戦闘中のようだ。

 

 鷲は空を駆けながら、地上の鶏へと攻撃を加えている。

 鶏は地べたを駆け回りながら、必死の抵抗をしている。

 それぞれの様子を見れば、彼我の関係性を直感できた。

 前者が狩人、後者が獲物。尤も、それは飽くまで二羽が既知の動物であった場合の話だ。


 鶏も、鷲も、今まで見たことのない生物であった。それぞれの巨躯には、別種の動物が配合されていた。


 鷲は、胴体が獅子であった。

 鶏は、尻から大蛇が生えていた。

 このような生物、ネフィリムには存在していない。その事実を直感した瞬間、来寿様が声を上げた。


「何だ――あれは?」


 来寿様の首が斜めに傾いだ。その反応は、元の世界(ネフィリム)の人間としては当然の反応だろう。

 しかし、私――魔王ウィルミア・デストランドには思い当たる節が有った。それが、私の口を衝いて出た。


「『グリフォン』と『コカトリス』だな」


 鷲獅子がグリフォン。鶏蛇がコカトリス。

 どちらも創世記に記された「失敗作」だ。人間には手に負えない魔物であるが故に、造物主によって処分された。そのように、創世期には記されている。ところが、


「まさか、奴らも壺に封じられていたとはな」


 二羽とも生きていた。しかも、私達の目の前で元気に暴れ回っている。その事実を直感した瞬間、私の口が「へ」の字に歪んだ。その表情の意味が、口を衝いて出た。


「厄介なところに放り込まれたものだ」


 現況に対する悪態。それは、来寿様の耳に入っていた。


「すまんな。こちらの都合に巻き込んで」


 来寿様は、苦笑しながら謝罪した。それに対して、私は渋面を浮かべたまま「全くだ」と応じた。

 私の心底では、今も私を封じた連中(シグムント王国)に対する恨みの憎悪が渦巻いている。元の世界に戻れたならば、かかわった者全員に復讐するつもりだ。その中には、実行犯である来寿様も含まれている。


 来寿様には一生を懸けて償って貰う。来寿様には、私の王子様として、一生私を幸せにする刑を申し渡す。


 私は左手を伸ばして、来寿様の右手をギュッと掴んだ。その上で、左手の薬指を使って、来寿様の掌に「すき」と書いた。

 我ながら、大胆にして巧妙な愛情表現である。尤も、それが伝わっているかと言えば――


「それで? どうする」


 まあ、伝わりませんよね。来寿様は、二羽の怪鳥どもを見詰めながら、今後の予定を尋ねてきた。それに対して私は「ふん」と鼻を鳴らした。続け様に、来寿様のご尊顔をジト目で睨みながら返事をした。


「先ずは様子見だ」

「分かった」


 私達は、手前にあった石像の影に身を潜めた。


 怪鳥どもは、尚も激しい死闘を繰り広げている。しかし、それも間も無く決着するだろう。そもそも、現況は鷲に有利なのだ。


 グリフォンには「空」という逃げ場が有る。しかし、コカトリスには逃げ場が無い。一方的に攻撃を受け続けている。

 次第に、コカトリスの足下が覚束なくなった。フラフラと傾いて、前のめりに倒れ込もうとした。その変調を、グリフォンは見逃さなかった。


 グリフォンは一層高く舞い上がった。その高みから、一気に急降下した。

 グリフォンの巨躯が、一本の巨大な槍と成って、コカトリスに向かって突っ込んでいく。その穂先()が刺さったならば、コカトリスの絶命は必至。

 躱さなければやられる。その可能性は、コカトリスも直感していただろう。しかし、奴は逃げなかった。その場に立ち尽くしている。その様子は、来寿様の視界にバッチリ映っていた。


「諦めたのか?」


 来寿様はコカトリスの最期を予想したようだ。それに対して、私は静かに首を振った。


「そうとも限らん」


 私の脳内には、コカトリスに備わった一発逆転の秘策が閃いていた。それが、今正に目の前で発動した。


 コカトリスの嘴が大きく開いた。その奥から、濃灰色の煙が飛び出した。その様子は、来寿様の視界にも映っていた。


「煙幕か?」


 来寿様には、あの煙が「目晦まし」と思えたようだ。しかし、そのような生易しいものではない。その効果のほどは、グリフォンが文字通り身を以て教えてくれた。


 コカトリスが吐いた煙は、グリフォンがいる空中に広がっていく。その濃灰色の雲の中に、グリフォンが突っ込んだ。

 その直後、グリフォンの体が凍った。いや、凍ったと錯覚するほど、微動だにしなくなった。それと同時に、急激に体重が増したようだ。地面に引っ張られるように降下して――コカトリスの手前で墜落した。


 グリフォンが地面に激突した。その瞬間、落雷のような轟音が起こった。それに伴って、地面が大いに揺れた。それらの衝撃は、私達のところまで届いていた。

 私も、来寿様も、地面に伏せて耐えた。衝撃が収まったところで、再び中腰の体勢に戻った。続け様に、轟音の発生源を見た。


 そこには、バラバラに砕け散ったグリフォン姿が有った。


 グリフォンの足も、首も、羽ももげている。普通であれば出血しているところだ。しかし、血は全く出ていない。その光景もまた、来寿様の視界にバッチリ映っていた。


「どういうことだ?」


 来寿様は首を傾げた。その疑問に対する答えは、私の知識の中に有った。


「あれが――これまで見てきた石像の原因だろう」

「さっきの煙か?」

「ああ。あれは『石化ブレス』という」


 石化ブレス。ケルベロスの炎と同じブレス攻撃の一種。その効果のほどは見ての通り。あの煙に巻かれた生物は石像と化す。正しく一撃必殺である。それを浴びたところを想像するだけで、顔が強張っていく。


「厄介な」


 (魔王)でも、真面に戦おうという気にはなれない。だからと言って、生活必需品が詰まった森を諦める訳にはいかない。絶対に手に入れる。その為に、私は今まで考えたことも無かった決断をした。


「退くぞ。対策を練る」


 初めての戦略的撤退。元の世界(ネフィリム)では全く必要が無かった。

 しかし、この世界(壺の中)では頻繁に選ぶことになるだろう。それほどまでに厄介な場所である。本当に、もう、おぅまい、がでぃす。

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