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第七話 魔王の呼称

 ケルベロスの肉を初めて食した。感想は――


「硬い」


 筋肉繊維の塊である。靴底と錯覚するほど硬い。それでも、我が魔王の()をもってすれば噛み切れない訳ではない。しかし、それなりに力が要る。面倒だ。

 これで美味ければ、努力の甲斐があるのだが。ハッキリ言って、不味い。旨味を司る脂身が全く無いのだ。凡そ人間が食べるものではない。物凄く不満である。


 ライス様との初めての食事なのに。


 今日の食事は、私にとって生涯忘れ得ぬ思い出になる。もっと良いものを食べたいではないか。これを作った料理人は何を考えているのか? 私は目の前に座った料理人をジト目で睨み付けた。

 すると、襤褸をまとった痩身長躯の男が口を「へ」の字に曲げながら声を上げた。


「他に無い。我慢しろ」


 無情な現実である。今の私達には、ケルベロスの肉以外の選択肢は無かった。その事実を指摘され、私は渋々肉を食んだ。


 ああ、最悪だ。


 私達は洞窟の中という色気の無い場所で、ケルベロスの焼き肉という最悪の料理を食べている。何でこんなことになったのか?

 今更ながら、現況の原因に付いて根掘り葉掘り聞きたいところだ。尤も、今は後回しにするしかない。


 私達は黙々とケルベロスの焼き肉を食べ続けた。肉が硬い為、それなりに時間が掛かった。お陰で、僅かばかり飢え癒えた。もう少し食べたい気持ちも有る。しかし、顎の疲労が限界に達していた。


 ここまでか。


 私は食事の継続を諦めた。その直後、反射的に対面を見た。すると、ライス様は既に食事を終えていた。


「ご馳走様」


 ライス様は、両手を合わせて食後の挨拶をした。その行為の後、私の方をジト目で見た。その視線を覚えた瞬間、ライス様の薄い口が僅かに開いた。


「一つ、良いかな?」


 ライス様の顔は不満げに歪んでいる。その表情の意味と思しき言葉が、続け様に飛び出した。


「俺は『名乗った』のだが?」


 名乗った。そう、私はライス様の名前を聞いた。故に「ライス様」と心中で呼称している。その事実は否みようも無い。

 しかし、だから何なのだ? ライス様の意図は、私には分からない。


「それが?」


 私は首を傾げた。すると、ライス様は「はあ」と溜息を吐いた後、先の台詞の続きを告げた。


「そちらも名乗るのが筋だろう?」


 そういうものなのか? 良く分からない。そもそも、私は他人と真面な会話をした経験が余り無いのだ。これは私のせいではない。そう思う。だからと言って、このままで良いとも思えない。


 まあ、これから学んでいけば良い。私は賢いからな。


 私は「ごほん」と態とらしい咳払いをした。続け様に立ち上がり、「最初から知っていましたよ? ええ、分かっていますとも」と言わんばかりの堂々とした(太々しい)態度で名乗りを上げた。


「我こそはデストランドの第一王女、ウィルミア・デストランド。人呼んでデストラ樹海の魔王であるぞ」


 私は「がはは」と高笑いをした。実に魔王らしい名乗りである。きっと、ライス様のお気に召したこに違いない。

 ところが、 ライス様の反応は淡白であった。


「あ、はい」


 ライス様は、私を憐れむような眼で見ながら、左手の人差し指で地面を指差した。

 それは「座れ」のハンドサインであった。

 私は座った。すると、ライス様は右手に握った串を掲げた。


「ここまでする必要はないと思うが――」


 ライス様は、串で地面に「愛洲来寿」と四つの文字を書いた。それぞれ複雑な、見たことのない文字である。


「俺の名前は、アシハラの言葉でこのように書く」


 アシハラ言葉。尤も、その文字自体は「マナ」という他国の言葉とのこと。

 上の二つがライス様ファミリーネームで、下の二つがファーストネームである。デストランドの表記に従えば「来寿・愛寿」になるのだろう。それならば、ライス様の呼称は――


「来寿」


 私はアシハラの言葉を想起しながら、来寿様のファーストネームを告げた。魔王という立場上、呼び捨てにするしかない。

 しかしながら、心中では秘かに「様」と敬称を付けて呼んでいる。それも当然だろう。何故ならば、来寿様は私の王子様(予定)なのだから。


 ああ、早く「予定」の文言を取り外したい。


 我ながら、何と崇高な野望だと思う。世界征服に匹敵する。それ故に、一朝一夕には成就できないだろう。

 成就する為には、越えねばならない障害が数多く存在している。それぞれ大軍を相手にする以上の難問だ。

 しかし、私の辞書に諦めるという文字は存在しない。全て踏み倒す。

 私は野望達成の第一歩を力強く踏み出した。


其方(そなた)のことは『来寿』と呼ぼう」

「ああ、好きに呼んでくれ」


 私の提案を、来寿様は快く受け入れてくれた。第一関門クリア。何だ、存外余裕じゃないか。この調子ならば、次の関門も難無く踏破できる。

 私は全力で調子に乗った。


「私のことは――」


 私は心中で温め続けてきた呼称を告げた。


「『ミア』と呼ぶが良い」


 ミア。私が考えた、私の愛称である。その名前で呼ばれたことは、今まで一度も無い。そもそも、他人の前で口に出したことが無かった。恐らく、今後も口にすることはないだろう。ただ一人、来寿様を除いて。


 私は来寿様に熱い視線を向けた。その薄い口が「ミア」と告げることを期待した。ところが、私の期待は裏切られた。


「え?」


 来寿様は、困ったような表情を浮かべて首を傾げた。その反応は全くの予想外。来寿様の心中をお察しすると、最悪の可能性ばかりが閃いた。心が折れそうだ。

 しかし、私の辞書に諦めるという文字は無い。


「『ミア』だ」


 私は来寿様を睨み付け、全力で凄みを利かせた。すると、来寿様は苦笑した。続け様に肩を竦めた。その態度は気に入らない。気に入らないが、要求さえ呑んでくれればそれで良し。果たして――


「ミア()()


 敬称付き。不満である。私は直ぐ様訂正した。


「呼び捨てで良い。ミアだけで良い」


 私は繰り返し要求した。すると、来寿様は「あ、はい」と頷いた。続け様に声を上げて、


「ミア」

「!」


 来寿様が「ミア」と呼び捨てで呼んでくれた。その事実を目の当たりにした瞬間、心臓の鼓動が激しさを増した。胸が痛い。思わず右手で胸を抑えた。そこに、再び来寿様の声が上がった。


「これで良いか?」

「うむ」


 来寿様の言葉に、私は全力で首肯した。


 私は「来寿様王子様計画」の第二関門はクリアした。今回の難易度は国を征服するほどに高かったようだ。手強かった。常人ならば、心砕けてミジンコになっていただろう。

 しかし、この魔王ウィルミアに不可能は無い。私は成し遂げた。ふっ、余裕であったわ。

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