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第六話 異国の剣士

 どれくらい意識を失っていたのか? もしかしたら、このまま目を覚まさなかったかもしれない。

 しかし、私、ウィルミア・デストランドは再び目覚めた。私の意識を覚醒した功労者は「匂い」だ。


 私の鼻腔に、焼けた肉の匂いが突き刺さった。その瞬間、食欲が掻き立てられた。「食べたい」という衝動が、私を覚醒させた。


 私は目を開いた。すると、私の視界に暗い岩肌が映った。それと同時に、背中に冷たい岩肌の感触を覚えた。それらの事実が、私に一つの可能性を想像させた。


 ここは――洞窟(内部)か?


 陽光が確認できない。かなりの深部のようだ。しかし、何故か周囲は明るい。それぞれの像や色がハッキリ確認できるほどに。その事実は、魔王である私に一つの可能性を想像させた。


 ここには「照らす光(シャイニング・ライト)」が掛かっているのか。


 照らす光。対象を光らせる魔法である。当然ながら、私が掛けたものではない。その事実は、私に他者の存在を想像させた。しかも、それを示唆する出来事が、私の身に起こっていた。


 鎧が――無い。


 今の私はゲンベゾンにズボン姿になっている。その事実は、私に「鎧が奪われた」という可能性を想像させた。


 しかし、鎧は有った。それも、私の傍らにまとめて置いてある。明らかに人間の仕業だろう。

 一体、誰の仕業か? 私は直ぐ様上半身を起こして周りを見た。すると、私の視界に()()()()()が映り込んだ。


 赤は「炎」だった。私の傍に、炎を灯した二対の尻尾が置いてある。その奇妙な物体には見覚えがあった。


 ケルベロスの尻尾か。


 尻尾は本体からは切り離されていた。それでも尚、炎を灯し続けている。未だ魔力が残っているのだろう。お陰で冷えずに済んだ。僥倖である。だからと言って、呑気に暖を取っている場合ではない。

 ケルベロスの尻尾の向こう側に、男が一人しゃがみ込んでいた。


 奇妙な男だった。

 体付きは痩身長躯。しかし、不健康な印象は覚えない。その身は引き締まっていて、私に力強さを覚えさせた。所謂、細マッチョである。

 顔付きは凹凸が少ない。のっぺりとしている。目が糸のように細い。異国情緒溢れる相貌だ。


 異邦人だろうか?


 男の出身国を確認したい。しかし、軽々に話し掛けることには躊躇いを覚える。その原因は幾つか有る。その内の一つが男の格好である。


 元は平服であったのだろう。しかし、今は滅茶苦茶に破損している。最早襤褸切れとしか言いようがない。そんなものを身にまとうなど、真面な人間の所業ではない。


 異常者と思しき男は、右手に肉を刺した串を持っていた。それをケルベロスの尻尾(炎)で焙っている。

 その肉は、ケルベロスのものだろう。その串は、ケルベロスの骨を割って作ったもののようだ。男はケルベロスを捌いたのか? その剣技、恐るべし。

 この状況を見て、警戒するなという方が無理な話だろう。


 尤も、私の人生に於いて、他人に心を開いた経験など無い訳だが。

 

 現況には、心の扉を開く要素は何も無い。むしろ閉じる要素ばかり。男と戦闘になる可能性すら想像した。

 ところが、男の姿を目にした瞬間から、私の体が変調をきたしている。

 心臓が煩いくらいに高鳴っているのだ。何故なのか? その理由を考ると、答えは直ぐに閃いた。


 私は上手く蘇生できたのだ。


 男は、ケルベロスと相打ちした曲剣使いだった。男が生きているという事実に、私は無上の喜びを覚えている。その衝動に駆られるまま、私は男に熱いまなざしを向けていた。その最中、視界に映るのっぺりとした顔から声が上がった。


「あ――っと、『ネフィリム語』が分かるか?」

「!」


 ネフィリム語。世界の創造主、創世の女神ネフィリアがもたらした最初の言語である。今や世界(ネフィリム)共通語。ネフィリムに生きる者であれば、誰でも話すことができるだろう。

 それを「理解できるか?」とは。何たる侮辱。


 私の眉が吊り上がった。口が「へ」の字に曲がった。その歪んだ口から、ドスの効いた低い声が漏れた。


「馬鹿にするな」


 私はネフィリム語で答えた。すると、男は「そうか」と言って苦笑を浮かべた。それが目に入った瞬間、再び私の心臓がドクンと跳ねた。


 あ、これ――素敵。


 のっぺりとした顔に浮かぶハニカミの笑み。見詰めるほどに、心臓が高鳴る。胸が痛い。その痛みすら忘れて、私は男に見入っていた。

 その最中、再び男の声が上がった。


「あ――えっと」


 男は何かを言い掛けた。しかし、口を噤んだ。何かを考え込むように、首を捻っている。その行為が暫く続いた後、再び声を上げた。


「俺は――」


 男は、右手に握った肉付き串を自分に向けた。その上で、私が一生忘れない魔法の言葉を告げた。


「『愛洲来寿(アイス・ライス)』だ」


 アイスライス。聞いたことのない言葉だ。しかし、それが耳に入った瞬間、私の胸は一層高鳴った。その変調の意味が何なのか? その答えは、私の中には無い。故に、私は男に尋ねた。


「それは何だ?」


 私が尋ねると、男の口が「へ」の字に曲がった。続け様に小さく溜息を吐いた。実に不愉快な態度である。しかし、その無礼は許そう。

 何故ならば、男は私の質問に答えてくれたからだ。


「俺の名前だ」


 アイスライスは名前だった。その事実を知った瞬間、その言葉は私の脳と心に深く刻まれた。


「アイスライス」


 私はオウム返しに繰り返した。すると、男が「おや」と首を捻った。その様子を見て、私は名前を間違っている可能性を想像した。

 しかし、言葉自体は間違っていなかった。ただ、私は言葉の意味を理解していなかったようだ。その事実を、その男――アイスライスが教えてくれた。


「愛洲家の来寿だ。来寿がファーストネームで、愛洲がファミリーネーム」


 アイスライスは男のフルネームであった。しかも、名前の順序が私達とは逆である。その事実を知った瞬間、ライスの外観から覚えた違和感が口を衝いた。


「其方――異国の人間か」


 外観、及びライスが使う曲剣等々。ライスは異国情緒に溢れている。それらの違和感の意味を、ライスは教えてくれた。


「ああ。『アシハラ』という国から来た」


 アシハラ。その国名は、私の知識にも有る。確か――


「大陸の東の海に在る島国――だったか?」


 ライスは「そうだ」と首肯した。


 アシハラの剣士。確か「(サムライ)」というのだったか。特殊な剣技の使い手と聞く。その中でも、きっとライスは特別なのだろう。何しろ女神の失敗作をも殺す凄腕なのだ。


 私は、俄然ライスに興味を覚えた。好奇心に衝き動かされるまま声を上げた。


「其方のこと――聞いても良いか?」


 私の問いに、男は「良いよ」と頷いた。その直後、私の腹が「ぐう」と鳴った。その音はライスの耳にも届いていたようだ。


「その前に、先ずは腹ごしらえだな」


 ライスは、右手に握った肉付き串を突き出した。その行為を見て、私は――


「うむ」


 全力で平静を装いながら、ライスの向かい側に座った。

 さあ、ライス――ライス様。これから貴方の全てを、私にお教え下さいな。

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