第五話 魂の回帰
私、ウィルミア・デストランドは魔王である。少なくとも、周囲の人間からはそう呼ばれている。それほどの魔力が、私には有る。人外の領域に足を踏み込んでいることを自覚している。
しかし、やはり私は人間だ。寿命が有限であるように、魔力も有限である。造物主の奇跡を何度も起こせる訳ではない。
攻撃魔法であれば、一日に五回が限度だろうか。人の蘇生ならば――やったことは無いのだが、恐らく一回限りだろう。
今日は、既に攻撃魔法を二回使った。残りの魔力では、恐らく足りない。しかし、使わずに済むかと言えば――どうだろう?
今、私の目の前に男が一人倒れている。全身至る所が焼け焦げて、所々損壊している。普通に死んでいる。疑う余地など無い。
一体、誰が男を殺したのか? その下手人は、存外近くにいた。男の周りを見ると、黒い巨犬が転がっている。
地獄の番犬ケルベロス。三つの頭を持ち、炎を吐く強力な魔物だ。しかし、今は全く脅威を覚えない。
ケルベロスの三対の瞳に生命の輝きは無い。こちらも、既に絶命している。
致命傷となったのは、胸部に突き刺さった曲剣(打刀)である。尤も、それを穿った男の状態に比べれば軽傷と言える。こちらの方は、回復魔法だけで復活が見込める。尤も、そのような意思は微塵も無い訳だが。
私はケルベロスを一瞥した後、再び男の方を見た。
こちらは――駄目か。
男は絶望的な状態だ。例え体を治しても、魂は旅立ったままだろう。体を治し、且つ魂を呼び戻す必要が有る。
しかし、人間が扱う魔法に於いて、魂を呼び戻すものは無い。そのような奇跡は女神にしか起こせない。その力は、実は私にも有る。
失われた女神の大魔法「魂の回帰」。
私ならば男を救えるだろう。しかしながら、飽くまで可能性が有るという話だ。確実なものではない。それでも、やらねばならぬ。
やらねばならぬ理由が、私には有った。それが、私の口を衝いて出た。
「何故、其方は私を守ったのだ? その理由を、私は聞きたい」
私は煤けた地面に膝を着き、男の体を抱え上げた。すると、男の体の炭化した箇所が、ボロボロ崩れ出した。その光景を見た瞬間、私の頭から血の気が引いた。それと同時に、私の体が硬直した。
本当に、救えるのか? 私に、この男を守ることができるのか?
魔法の併用に関しては経験が有る。自信も有る。しかし、女神の大魔法との併用は――やったことが無い。
そもそも、魂の回帰の使用は、これが初めてだ。
男を抱えた両手が震える。歯の音も合わない。視界に映っていた全ての像が、その輪郭を失っていく。
私は意識を失い掛けてた。その事実を直感した瞬間、私は奥歯をギュギュっと食い縛った。
私は魔王。デストラ樹海の魔王ウィルミア。私にできないことなど無い。
私は、心中で自分を鼓舞した。全力のやせ我慢だ。苦し紛れである。しかし、それなりの効果は有った。
視界に映っていた像が、再び輪郭を取り戻した。その事実を直感した瞬間、私は呪文を唱えていた。
魂の回帰、完全回復魔法の併用。その二つの魔法に、私は残る全ての魔力を注いだ。それは――正しく自殺行為だった。
魔法を発動した瞬間、私の魔力が一瞬で枯渇した。それに止まらず、体力まで吸い取られていく。それが無くなると、今度は精神力が吸い取られた。
最終的に生命力までもが根こそぎ吸い取られていく。その事実は、私に最悪の可能性を想像させた。
ああ、私も死んでしまうのか。
私の視界が真っ暗になった。どこにいるのか? 自分が誰なのか? 何も分からない。何も考えられない。それでも、私は必死に男の体を抱き締め続けていた。
その最中、私の耳に男の声が聞こえた。
「俺が、お前さんを守ってやる」
恐らくは幻聴だ。それでも有効だ。私に現実に抗う力を与えてくれた。
私は魔王ウィルミアっ!
私は再び覚醒した。自分の生命力が枯渇するまで、男の蘇生を念じ続けた。その努力の甲斐は有ったか否か? それを確認する前に、私の意識が途切れてしまった。
魔王ウィルミア、ここに死す? それも、魔法の使用による自殺で? 歴代の魔王の中でも、最も間抜けな死に方だろう。ちくせう、ちくせう。おぅまい、がでぃす。




