第八十四話 意外な訪問者
焼け野原の中に、三つの巨大な四角錐台が現れた。
それぞれの四角錐台の周囲には、細長い樹木網の格子がそびえ立っている。その格子の所々に、九つの人影が有った。
魔王ウィルミア・デストランドと、配下の魔王軍である。因みに、全員襷掛けした着流し姿である。
現在、私達は魔王城の改造を全力で行っているところ。それも、殆ど終盤に差し掛かっている。
三基の移動要塞、それぞれの隣には、それぞれの脚となるクローラー群が並んでいる。この群れを成す芋虫どもの上に要塞を積み上げれば、私が企図した通りの新・封印魔王城になる訳だ。
尤も、それで完成という訳にはいかない。内装や駆動系を弄る必要が有る。未だまだ先は長いのだ。それに、邪魔が入らないとは限らない。
邪魔とは魔物、女神の失敗作である。森は既に無いが、奴らが来ないと、断言できない。
魔物の襲来を知らせる警報装置は、全て焼失している。私達自身が目を光らせる必要が有る。
私達は、それぞれ周囲を警戒しながら作業を行っていた。魔物が出たら、直ぐに知らせる体制を維持している。今のところ、それは十全に機能していた。いや、そう思っていた。
ところが、それは思い込みであったようだ。
「おい、お前達」
唐突に、地上から声が上がった。
このとき、私は来寿様と一緒に三号機の樹木網格子の上にいた。声が上がった位置は、私達の直下の地面だ。その事実は、なんとなく直感していた。しかし、私は直ぐ様来寿様を見た。
来寿様しか、この場に声を上げる者がいない。その思い込みによる反応である。
その直後、来寿様と目が合った。
「!」
どうやら、来寿様も私と同じことを考えていたようだ。
互いの目が有った瞬間、私の胸がトゥンクと弾んだ。しかし、トキメいている場合ではない。
私達は、互いに向かって「今の声、其方?」と指を指し合った。その直後、私達は一様に首を振った。
互いの反応を見て、私達は「声の主は自分達ではない」と直感した。ならば、誰の声なのか?
不思議に思って声がした方向、地上を見た。すると、そこに見慣れない人影が有った。
黒いローブをまとった、背の低い男性――少年だ。
現在地が元の世界であったなら、私は少年を無視した。反応したとしても「危ないからあっちに行け」と追い払っただろう。
しかし、ここは封印世界。女神の失敗作が跋扈する修羅界。
こんなところに子どもがいる訳がない。そもそも、私と来寿様以外の人間などいない。少なくとも、会ったことが無い。まして、子どもとなれば尚更だ。目の錯覚を疑いたくなる。
しかし、錯覚ではなかった。
横目で来寿様を見ると、来寿様は少年を見て首を傾げていた。
少年の姿は、来寿様の視界にもバッチリ映っている。その事実を鑑みると、錯覚の可能性を捨てざるを得ない。だからと言って、軽々に心を許す気にはなれない。
封印世界にいる子どもなど、普通の人間とは考え難い。それに、相手の言動が奇妙である。その内容には警戒して余りある要素が含まれていた。
「お前達に話が有る」
お前達。恐らく、私と来寿様のことだろう。謎の少年は私達のことを知っているようだ。
しかし、私達にとっては全くの初見。来寿様の傾いだ首が、一層激しく傾いでいる。私も同様だ。
本当に、何者なのだ?
少年に付いて考えると、私の脳内で警鐘が鳴り響く。謎だらけなのだ。
正体も不明なら、どこから来たのかも不明。私達の警戒網を掻い潜った方法も不明。女神の失敗作をも超える隠密性能である。考えるほどに、怪しさが増す。このまま放置するには、余りに危険な存在だ。
私は、咄嗟に来寿様と目配せをした。すると、来寿様はコクリと頷いた。その反応を見て、私も同じように頷いた。私達の腹は決まった。
少年と話をしよう。
互いの意思を確認した後、私達は一緒に地上に降りた。続け様に少年の方へと足を向ける。
その際、私達は右手で腰に差した打刀の柄を掴んでいた。その様子は、黒衣の少年の視界にも映っていただろう。しかし、彼は動かない。
彼我の距離が二メートルまで迫ったところで、私と来寿様は同時に足を止めた。
打刀の間合い、一歩手前だ。私の視界には、少年の外観がハッキリ映っている。
少年の髪、及び瞳は、来寿様と同じ暗色であった。しかし、肌の色は違う。浅黒い。アシハラ出身者ではないようだ。
何れにせよ、私にとっては初見の相手。そのはずである。ところが、
「久しぶりだな」
少年は、私達を見てニヤリと笑った。
小癪な少年だ。魔王に対して生意気である。しかし、それ以上に吐いた言葉が気になる。
やはり、此奴は私達を知っているのか?
一体、何者なのか? 私の脳内に、少年に関する記憶は無い。横目で来寿様を見ると、眉間に深い皺を刻みながら首を捻っている。やはり、来寿様も知らないようだ。
どちらも覚えが無いならば、本人に尋ねる他無い。
「何者だ?」
私が質問すると、少年は奇妙な反応をした。
何と、首を傾げたのだ。私の言葉の意味が分からんようだ。
少年は、暫く――凡そ三十秒ほど傾げていた。その長考の末、少年は右拳で左掌をポンと敲いた。
その直後、またしても奇妙な言葉を告げた。
「この姿では分からんか」
この姿。どうやら、本当の姿が別に有るらしい。私は、どんなものかと想像した。しかし、全く閃かない。
そもそも、少年の姿から何を想像しろというのか? 私に思い付く者と言えば、自分が生み出した人形達くらいである。
人形達は、今もそれぞれの作業に取り掛かっている。目の前にいる少年は、絶対に人形ではない。見れば分かる。だからこそ、その正体が分からん。それは、来寿様も同様のようだ。
来寿様は、暫く首を捻った後、謎の少年に向かって声を上げた。
「俺の名は愛洲来寿。お前さん、名前は?」
来寿様は少年に名前を尋ねた。その際、先に自分の名前を名乗っている。不審者にも礼を尽くす態度は流石である。
来寿様の紳士的な言動を目の当たりにして、私の胸がトゥンクと弾んだ。抱き付きたい衝動に駆られた。しかし、自重した。今はトキメいている場合ではないのだ。
私は視線に圧力を込めながら、少年の回答を待った。すると、少年の端正な口が開いて、そこから意外にして既知の名前が飛び出した。
「アトゥルム。ネフィリア様からは『奈落の破壊者』とか、『黒ちゃん』と呼ばれている」
「「!?」」
奈落の破壊者アトゥルム。魔王の森を焼き、私達に移住を強いた張本人。
アトゥルムが目の前にいる。その事実を直感した瞬間、私と来寿様の目に青い殺意の炎が灯った。




