第八十話 春の夜の夢
おかしな夢を見た。
黄金の革鎧に身を包んだ私と、黒の革鎧に身を包んだ来寿様が、互いの腰を抱きながらダンス(タンゴ)を踊っている。それも、何故か空中で。
世にも奇妙な空中舞踏である。しかし、奇妙なのはそれだけではない。
私と来寿様は、それぞれ一振りの打刀を握り合っていた。それを前に突き出しながら、反対の手で互いの腰を抱いて踊っている。
これが現実であったなら、私は首を傾げていただろう。しかし、現況は夢。何が有っても不思議ではない。
夢の中の私も、何の疑問も覚えていなかった。
私達は、ダンスを続けながら滑空していた。一体、何の力が働いているのやら? まあ、夢なので良し。
私達は、空の或る一点目指して突き進んでいる。そこには巨大な黒い山がそびえ立っていた。その山の頂上付近に向かって、私達は――突っ込んだ。
私達の体が、山の中に吸い込まれていく。それを阻むものは何も無い。
程無くして、双方が接触。その瞬間、山が爆発した。
鉄をも引き裂く凄まじい衝撃が、私達の体を襲う。その威力に中てられて、現実の私が目を覚ました。
私の視界に、白銀の幕に塗れた天井が映った。その光景が目に入った瞬間、私は現在置を直感した。
ここは、私の寝室だ。
私は寝室のベッドに横たわっていた。その事実を直感した瞬間、私の首が斜めに傾いだ。
私は、いつ寝室に入ったのだ?
直近の記憶を検索すると、冷たい水が閃いた。その瞬間、私の至近で掠れた声が上がった。
「ミア」
「!」
私は反射的に隣を見た。すると、私の枕元に着流し姿の男性の姿が有った。それが目に入った瞬間、私の目から水が――涙が溢れ出した。
何故、涙が出るのか? 自分でも訳が分からない。
その男性、来寿様の顔を見ているだけで、涙が溢れて止まらない。来寿様に抱き付きたい衝動に駆られる。抱き付いても良い気がする。
しかし、私は堪えた。魔王だから――と、いう訳ではない。
来寿様が傍にいると直感した瞬間、私の脳内に黒い山が閃いた。その光景が、来寿様に抱き着くことを躊躇わせていた。
黒い山。いや、山ではない。蝙蝠の翼を持つ巨大な爬虫類だ。その威容を想起した瞬間、私はガバッと上半身を起こした。続け様に――叫んだ。
「アトゥルムはどうなった!?」
奈落の破壊者アトゥルム。私達が直近まで戦っていた魔物、ドラゴンだ。
アトゥルムを倒す為に、私の人形達は犠牲になった。私も、来寿様も、限界を超えて戦った。その結果を知りたい。知らずにはいられない。
私は、お尻の肉で布団のシーツを踏み締めながら、来寿様に詰め寄った。すると、私の視界に映った来寿様の顔が苦々しげに歪んだ。
来寿様の表情の意味は何なのか? その答えが、来寿様の口から告げられた。
「分からん」
「何っ!?」
分からんとはどういう意味だ? 納得できる答えではない。
私は目を一杯に開きながら、更に来寿様に詰め寄った。強引に詰問するつもりだった。しかし、その必要は無かった。
来寿様は、続け様に理由を告げていた。
「奴の姿が消えていたんだ」
「!?」
私達が水没した後、来寿様は私を抱えて陸に上がった。そのときには、既にアトゥルムの姿は無かったようだ。
私の魔法で吹き飛んだか? 或いは――逃げたか。何れにせよ、ドラゴンの脅威は去ったようだ。
人間がドラゴンを退けた。私達は、ネフィリムの歴史に残る快挙を果たした。人前であろうと、ガッツ石松ポーズを取ることに躊躇いは無い。しかし、それを実行したところで恥をかくだけだ。
私達の功績が歴史書に記されることは無い。
封印世界の出来事が、元の世界の人々に伝わる可能性は低い。例え伝わったとしても、それを証明することは難しい。その事実を思うと、私の口が「へ」の字に曲がる。
いっそ、自叙伝でも書いてみようか?
何とかして、私達の活躍を後世に伝えたい。そうしなければ、犠牲になった人形達も浮かばれない。
私は自叙伝を書くべく、参考資料として過去の出来事を想起した。その最中、
「ミア」
来寿様から声を掛けられた。それに反応して、私は顔を上げて来寿様を見た。すると、視界に映った薄い口が開いて、そこから少し上ずった声が漏れた。
「起きたばかりで悪いが、頼みが有る」
来寿様の頼み。内容は分からない。しかし、全力で聞く覚悟は完了している。
「何だ?」
私が尋ねると、来寿様の眉が「八」の字に歪んだ。その愁眉が目に入った瞬間、私の胸がキュッと締め付けられた。
まるで、涙を流さず泣いているようだ。
来寿様の表情は、私には悔しげ、或いは悲しげに思えた。その直感は正鵠を射ていた。
来寿様は、固く結んだ薄い口の端から、絞り出すように言葉を紡いだ。それは、私にとって聞き捨てならない内容だった。
「人形達を診てやって欲しい」
来寿様の言葉を聞いた瞬間、私の目が限界を超えて広がった。その反応理由が、私の脳内一杯に閃いた。
人形達が生きているっ!
そもそも、人形達は死んだと限っていた訳ではなかった。それでも、当時の状況を鑑みると、絶望的と思わざるを得ない。私も心底では諦めていたのだろう。
しかし、私が覚えた不安や絶望は、たった今と杞憂となった。
私は直ぐ様掛け布団を跳ね上げて、床の上に降り立った。
「今直ぐ行くっ!」
着替える間も惜しい。私は寝ていた格好(小袖)のまま、来寿様と一緒に城内中央広間に向かって走っていた。




