第七十八話 魔王の超電磁砲
そびえ立つ、黒い山と樹木網の山。
前者はドラゴン、アトゥルム。後者は我が城、封印魔王城。
対峙する二つの巨影。何れも戦闘中である。
魔王城の屋上から竜巻が飛び出している。アトゥルムは、怒りの咆哮を上げ続けている。
現況は、世界の終焉を知らせる前兆であった。もう、終わりである。
逃げられる者は、今のうちに逃げた方が良いだろう。
しかし、世の中には変わり者もいる。この修羅場の中にあっても、全く場違いな行為に耽る男女がいた。
男の方は、黒い革鎧に身を包んだ痩身の剣士、愛洲来寿様。
女の方は、金の革鎧に身を包んだ美少女魔王、ウィルミア・デストランド。私である。
このとき、私はアトゥルムに向かって竜巻を放ち続けていた。アトゥルムの咆哮に抵抗しながら、来寿様とくっ付いているのだ。
そう、くっ付いている。その接触点は、互いの口である。
俗にいう接吻。私にとっては初めてのこと。「そうか、こういうものなのか」である。
何故、私達は現況で愛を確かめ合っているのか? その理由は――何だろう? 私も知りたい。
そもそも、私は来寿様に「試験管に入った薬を飲ませてくれ」と頼んだはずだ。
それなのに、来寿様は自分で薬を飲んだ後、いきなり私に接吻をした。
何なのだ? 一体、これは何なのだ?
私の目が白くなったり黒くなったりしている。その最中、私の口の中に何らかの液体が入り込んだ。
「!?」
私は思わず息を飲んだ。その瞬間、口に入ってきた液体も飲み込んでしまった。
液体の味、及び喉腰には覚えが有った。
これ、魔法回復薬か!?
何と、来寿様は私に口移しで回復薬を飲ませている。何故なのか?
来寿様の奇行の理由を考えた瞬間、私は漸く今の自分の状態に思い至った。
戦闘中の人間の口に試験管を突っ込むことは――うん、危ない。
来寿様なりに、私の身を気遣ってくれたのだろう。来寿様にとって、口移しは本意ではないだろう。その可能性を想像すると、私の視界が潤んでいく。
しかし、泣かない。涙を流すことだけは全力で拒否だ。来寿様の気遣いを無駄にする訳にはいかない。
私は魔法(風の支配者の竜巻)に意識を集中した。
その最中、私の口から来寿様の口が離れた。その事実を直感した瞬間、あろうことか、私の目から一粒の涙が零れ落ちた。
しまったっ!?
私が流した涙は、きっと来寿様の視界に映っている。その可能性を想像すると、私の口が「へ」の字に歪んでいく。
情けない。来寿様に恥ずかしいところを見せた。
私は、これ以上涙が流れないよう堪えた。堪えようとした。その矢先、来寿様の掠れた声が耳に飛び込んだ。
「この責任、必ず取る」
「!!!」
来寿様の言葉は、私の眼前で告げられている。聞こえない訳がない。
来寿様の言葉で、私の涙腺が決壊した。それと同時に、全細胞が激しく昂った。その変調の意味が、私の脳内に轟いた。
来寿様が、私に、永遠の愛を誓われたあああああああああああああああっ!!
結婚おめでとう。有難う。
私の脳内に教会の鐘が鳴り響く。その音調は、行進曲の太鼓のように激しい。参列者の鼓膜が百回くらい破れたか。
その激しい音調に合わせて、私の全細胞が激しく鳴動し出した。
ああ、私は今、とても、とても、とても――生きたいっ、来寿様と一緒にっ!!
私の中、体と言わず、心と言わず、私という存在全てが、想いという名の活力で満ち溢れていく。
限界一杯。しかし、止まらない。溢れる想い、無限の魔力が、私の体から飛び出そうとする。それを解き放つことに、私は全く躊躇いを覚えなかった。
今の私は、きっと女神すらも凌駕するだろう。
今の私ならば、呪文の超高速詠唱も余裕だろう。
今の私ならば、魔法の重ね掛け、複数同時詠唱もできる――はずだ。
やってみたい。だから、やってみよう。
私は直ぐ様呪文を唱えた。
「「メソポタミアの神々の王、荒れ狂う嵐。そのお力、お借りします」」
私が呪文を唱えると、私達の両側に風の渦が発生した。「やればできる」である。
私は口の端を吊り上げながら、二個の呪文を同時に解き放った。
「「風の支配者の竜巻っ!!!」」
二本の竜巻が、アトゥルムの巨躯に向かって伸びていく。
竜巻が一本のときは、アトゥルムの咆哮に負けた。押し戻された。
しかし、今度は――押し戻されない。負けてない。それどころか、徐々に押し返している。
今頃、アトゥルムが目を白黒しているだろう。その光景を想像すると、口が緩んで仕方がない。
しかし、これからだ。驚くのはこれからだ。
私は再び呪文の二重掛けを実行した。今度は別の呪文だ。
「「絶対零度の吹雪っ!!!」」
左右の竜巻が、煌めく空気をまとって吹き荒れる。すると、アトゥルムの黒い巨躯に霜が広がった。それに伴って、アトゥルムの動きが遅くなっていく。中々の効果である。
しかし、これは未だ前菜。只の御膳立て。
アトゥルムの動きが止まった。その変調を直感した瞬間、私はアトゥルムから視線を外した。続け様に来寿様を見た。
来寿様は、私とアトゥルムを交互に見ていたようだ。私が来寿様を見たことで、その視線は私に釘付けになった。浮気は許さん。
私は来寿様に向かって声を上げた。
「来寿様っ、私を――抱き締めてっ!」
「え?」
私の要求に、来寿様の首が斜めに傾いだ。
このときの私の口調は、完全におかしくなっていた。魔力回復薬の副作用だ。しかし、そんなことなど気にしていられない。
「私を抱き締めながら、村正を構えてっ!」
私は、再び来寿様に要求した。すると、来寿様は反応した。
「こうか?」
来寿様は、右手で私の腰を抱いた。続け様に、左手に握った村正を前に突き出した。村正の切っ先は、真っ直ぐアトゥルムの首元に向いている。
流石、来寿様。その構え、完璧。大正解である。
来寿様の構えを確認した後、私は来寿様に体を委ねた。その際、左手で来寿様の腰を抱き締めて、右手で村正の柄を握った。
今からダンス(タンゴ)を踊る――みたいな?
我ながら、呑気な発想とは思う。しかし、私の目論見としては当たらずとも遠からずである。
これから唱える呪文は、私達の門出を祝う――祝砲だ。
脳内で鳴り響く鐘の音が、たった今最高潮を迎えた。それに合わせて、私は最後の呪文を唱えた。
「「ギリシャ神話の最高神のお力、お借りいたします」」
私が呪文を唱えると、左右の竜巻の中に暗雲が広がっていく。
暗雲の中で、複数の雷光が暴れ回っている。その枷を、たった今外した。
「「天帝の雷霆っ!!!」」
竜巻の中に雷光が迸った。その瞬間、私達の体が見えない巨手に掴まれた。何が起こったのか?
謎の感覚を意識する間も無く、私達は――放り投げられていた。
私達の身に起こった謎の現象。その答えは、女神ネフィリアが記した創世記に有った。
女神の故郷の武器、「電磁砲」。
創世記に因ると「二つの電気伝導体に電気を流した際、その間に磁場が発生する」とのこと。その現象を用いた武器が電磁砲である。私は、それを応用した。
名付けて「魔王の超電磁砲」。
二本の雷霆の間で生じた強力な磁場が、私達の体を弾き飛ばしたのだ。
私達の新婚旅行は、超音速の空の旅。互いの体を抱き締めながら、鋼鉄と化した空気の壁を突き進む。
旅の終着点はアトゥルム巨躯、喉下に穿たれた傷口だ。
そこは、私が放った魔法、魔弾豪雨の爆心地。そに向かって、私達は――
「「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」
絶叫しながら突っ込んだ。




