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魔王と侍の封印生活 The Survivors  作者: 霜月立冬


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第七十五話 女神温泉の入浴剤

 北の空に浮かぶ黒い巨影。そいつは、地上に向かって黒い何かを降り注いでいる。その何かに触れた個所は、黒に塗れて消えた。


 黒い何かとは、炎であった。しかし、只の炎ではない。()の世、或いは幽世(かくりよ)から持ち込まれた、決して消えない炎だ。それを浴びたが最後、骨まで燃やし尽くされる。その運命から逃れる為に、私、ウィルミア・デストランドは全力で魔法を唱えた。


女神温泉の入浴剤ガディスホットスプリング・バスパウダー


 私の魔法が、右手のワイヤーを伝って上昇する。その先には巨大な天幕が張られている。その隅々まで、魔法の効果が浸透していく。


 さあ、いつでも来い。


 アトゥルムの初檄を防ぎ切る。それが、私が担った()()()()()だ。それを果たす瞬間が、たった今訪れた。


 黒い巨影が魔王城の上を通過する。それと同時に、頭上から黒い炎の奔流が降り注いだ。


 アトゥルムのブレス攻撃、冥府の業火アンダーワールド・インフェルノ


 彼の世の炎が、魔王城を包み込む。しかし、そうはさせじと魔王城の天幕(魔王城防護幕)が立ちふさがる。

 黒炎の大瀑布が、白銀の幕に落ちた――瞬間、辺りに黒い炎が飛び散った。


 魔王城の周囲は、一瞬で黒い炎に包まれた。

 防護幕直下にも、凄まじい熱量が伝わってくる。肌が焼きつくような痛みを覚えた。しかし、焼けていない。セーフである。

 私のお陰だ。私は役目を果たしたのだ。


 私が唱えた女神温泉の入浴剤は、失われた女神の大魔法の中でも最上位の浄化魔法。彼の世の攻撃は、全て無効化する。その中に、アトゥルムが吐く冥府の業火も含まれていた。やったぜ。


 私の活躍で、アトゥルムの初檄を防いだ。

 今度はこちらの番だ。


 新緑生い茂る魔王城の屋上には、真銀の砲台が一基くっ付いている。

 真銀弾射出装置。その傍には、三人の黄金女子達が発射の機会を今か今かと待ち構えている。それぞれの視線は、黒い巨影に集中している。


 標的(アトゥルム)は魔王城の上空を離れ、南の空に向かって飛行中。禍々しい渦を巻く空を、我が物顔で悠々と飛び続けている。

 自分が攻撃されることなど、全く思っていなさげである。


 攻撃するならば、ここか?


 直感的に「今が砲撃の機会」と思った。ところが、そのタイミングで私の脳内に邪念が過った。


 このまま通り過ぎてくれないだろうか?


 そもそも、アトゥルムの意図、ここに何をしに来たのか分かっていない。私達も、相手が魔物だからと対応しているに過ぎない。

 アトゥムルの目的が森を焼くことだけならば、さっさと帰って欲しい。できれば戦いたくはない。その想いが、私の判断を狂わせた。


「発射、待てっ!」


 私は初夢達を止めた。すると、彼女達は私を見た。その際、樹上にいる来寿(ライス)様まで私を見ている。

 皆の視線が、私の体のあちこちに突き刺さる。痛い。

 私は痛みに耐えながら、「このまま帰ってくれ」と念じた。その判断は正しかったのか否か?

 答えは、たった今、私の視界に映り込んだ。


 私の視界の中で、黒い巨影が(ひるがえ)る。アトゥルムは旋回して、再び魔王城(こちら)に進路を変えた。その際、速度を上げていた。

 進路変更、及び速度上昇。それらの行為の意味が、私の脳内に閃いていた。


 アトゥルムは魔王城(こちら)を狙っているっ!!


 最悪の展開だ。その事実を直感して、私の全身から冷汗が噴き出した。時間を巻き戻したい衝動にも駆られた。しかし、悔やんでいる時間は無い。


 私は再び女神温泉の入浴剤を唱えた。その直後、魔王城に冥府の業火が降り注いだ。

 再び魔王城が黒い炎に包まれた。


 私は「耐えてくれ」と念じながら、魔力を込め続けた。

 私の願いと努力は実った。二撃目も、何とか防ぎ切った。これも日頃の行いの成果である。しかし、大きな代償を支払う羽目になった。


 私の頭上で、轟音が鳴った。それを聞いた直後、右手に握っていたワイヤーの上部分が落ちてきた。

 私の足下に、魔法伝達糸の残骸が横たわっている。それが目に入った瞬間、私は現況の意味を直感した。


 魔王城防護幕、破れたり。


 頭上を見ると、私の視界に禍々しい大渦が映り込んだ。魔王城を覆っていた白銀の幕に、()()が開いている。


 防護幕は、期待された機能を十全に果たした。冥府の業火を防いだのだ。しかし、強力な魔力同士の衝突には耐えられなかった。

 当然ながら、三発目は防げない。その事実を直感するや否や、視線が空飛ぶ黒い巨影に吸い寄せられた。


 アトゥムルは、再び空中で旋回していた。完全に狙いをこちらに定めている。しかし、今の私には冥府の業火を防ぐ手段は――無い。万事休すである。


「うぐぐぐっ」


 私は、アトゥルムを睨みながら奥歯を噛み締めた。その瞬間、黒い巨影の中に真銀の光が閃いた。


「!」


 私は思わず息を飲んだ。続け様に、屋上中央部に視線を向けた。

 そこには、真銀の砲台が有った。その砲身から、真銀の弾が次々飛び出していく。その光景を目の当たりにした瞬間、私の胸がトゥンクと弾んだ。


 初夢達っ、偉いっ!


 三人の黄金少女達が、超高速で弾を込め、それを次々発射している。

 恐ろしく速い連射だ。弾が数珠繋ぎになっているかのように錯覚する。


 速いっ、凄い、偉いっ!


 連射の影響で、白銀の砲身が真っ赤に染まった。一体、何発の弾を撃ちこんだのだろう? 十発? ニ十発? それとも百発か? その超速連射の威力や如何に?  

 私は直ぐ様アトゥルムの様子を確認した。


 空飛ぶ巨影は、大きく揺れている。そこに向かって、無数の真銀の光が吸い込まれていく。すると、更に揺れが大きくなった。

 この状況て態勢を整えることは、例えドラゴンと言えども難しい。


 アトゥルムは、地上に向かって落下した。その光景を目の当たりにした瞬間、私は飛び上がった。


 偉いぞ、凄いぞ。流石、私と来寿様の娘達だ!!


 私は心中で初夢トリオを褒め称えた。

 初夢達も、それぞれガッツ石松ポーズを決めている。戦闘中に不謹慎である。しかし、今は許そう。許して良い。そう思った。

 ところが、この判断も誤りであった。


 初夢達がポーズを決めた直後、私の視界がドス黒い何かに遮られた。

 その黒い何かに、真銀弾射出装置が飲み込まれている。その傍には黄金の三人娘達の姿が有った。

 黒い何かの正体は、言わずもがなだろう。


 地上に落ちたアトゥルムは、魔王城(屋上)に狙いを定めて冥府の業火を吐いていた。

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