第七十三話 魔王軍、全力戦闘準備開始
終にドラゴンがやってきた。その事実を目の当たりにして、私と来寿様は封印魔王城に向かって全力疾走。出掛けに閉めた玄関扉を蹴り開き、城内に飛び込んだ。
その直後、私は中に向かって大声を上げた。
「全員、広間(中央広間)に集合せよっ!」
それなりに大きな声だ。近場にいた人形は、直ぐ様中央広間にやってくる。流石は魔王軍の精鋭達である。全員が揃うまで一分と掛からなかった。
皆が集う中、私は急いで警報装置を停止した。
既に敵を発見しているのだ。警報を鳴らす意味は無いだろう。
私の判断は、決して間違いではなかった。しかし、無意味な行為であった。
私が停止した直後、警報装置は木っ端微塵に砕け散った。
それを鳴らした森の音叉群も、同様の末路を辿っている。
それほどまでに、ドラゴンの魔力は強力であった。正に女神《造物主》級か。
そもそも、ドラゴンは女神が「世界のやり直し」を企図して創った魔物だ。世界を破壊する能力を持っている。
女神級の化け物に対して、私達に何ができるのか?
ドラゴンに付いて考えるほどに頭が重くなる。叶うならば逃げ出したい。
しかし、この世界に逃げ場など無い。元より、逃げるつもりもない。この判断に付いては、我ながら馬鹿だと思う。
しかし、馬鹿は私一人ではない。
私の前に、全魔王軍が整列している。それぞれが、私の方を見て、私の言葉を待っている。
皆の熱い視線に晒されて、私の胸の奥がカッカと火照った。私の視線も、皆と同様に熱くなってくる。
私は、それぞれの顔を見渡した後、彼らを招集した理由を告げた。
「終に、ドラゴンが現れた」
ドラゴン出現。その事実を告げた瞬間、場の空気が張り詰めた。それこそ「ピィン」という擬音が見えるほど。序に室温が三度ほど下がったように錯覚する。
現況は、正に世界の終焉一歩手前。しかし、誰も狼狽えない。それどころか、瞳に青い殺意の炎を燃え上がらせている。その意気や良し。私の口の端が僅かに吊り上がった。
「それでこそ、だな」
私は皆に向かって大きく頷いた。続け様に、今回の討伐対象に付いて簡単に(緊急時故)解説した。
「黒いドラゴンだ。恐らく――」
敵が接近中である。余り長々と話をしている訳にはいかない。
しかし、どうしても伝えなければならない情報が、幾つか有った。その内の一つが、私の口を衝いて出た。
「奴は『アトゥルム』だ」
アトゥルム。耳慣れない言葉である。女神ネフィリアの故郷(地球)の言葉で「黒」を意味する。奴の鱗の色から付けられた名前だ。その命名基準は、他のドラゴン達と共通している。しかし、それだけではない。
アトゥルムは、他のドラゴンとは違う特別な存在であった。
アトゥルムは、女神が最初に創ったドラゴンである。あの女神が、加減せずに最強の魔物を企図して創ったのだ。
その最強に与えられた役目に関しては、生き物の枠を超えた無茶振りである。
「この世界が気に入らない。滅ぼして」
アトゥルムは女神の命令に全力で応えた。その能力を如何なく発揮して、最初の世界を黒い炎で焼き尽くした。
その凄惨な様子から、最初の世界は「奈落」と改称されている。その名称は、そのままアトゥルムの二つ名となった。
「奈落の破壊者」
アトゥルムと敵対すれば、封印魔王城も奈落と化す。しかし、そうはさせない。私達は運命に全力で抗う。その想いが、私の口を衝いて出た。
「徹底抗戦だ。手筈通り、可能な範囲で全力を尽くせ」
私の言葉に、全魔王軍が一斉に首肯する。その意気や良し。魔王として大満足の反応である。
だからと言って、皆の想いが女神に通じるとは限らない。そもそも、全力で無視される可能性の方が高い。ドラゴンは真面にぶつかって勝てる相手ではないのだ。
その最大の理由と思しきアトゥルムの特殊能力が、私の口から飛び出した。
「奴が吐く黒い炎には、極力触れないよう気を付けろ。普通の手段では消せない」
黒い炎。創世記には「冥府の業火」と記されている。「この世のものではない炎」という意味である。
幽世の魔法であれば、私の浄化魔法であれば対処できる。しかし、恐らく治療して回る余裕は無い。その事実は、態々口に出さずとも、全員が心得ているようだ。
それぞれが、各々で何とかする。その覚悟が、来寿様の口から飛び出した。
「炎が迫ったら――斬る」
斬る。如何にも来寿様らしい強引な対象法である。一般的には不可能と言う他無い。しかし、それは大正解であった。
魔王軍の精鋭達は、それぞれ真銀製の打刀を装備している。これには女神の大魔法「鬼神の妖刀」を付与している。
この打刀ならば、黒い炎も斬ることができるだろう。しかし、この中で唯一人、例外がいた。
そういえば、来寿様の打刀は――アレだったのでは?
私は来寿様の腰を見た。そこに差された打刀は――鋼鉄製だった。
その事実を直感するや否や、私は超速で踵を返した。
「一寸待っていろっ」
私は皆に待機を命じた後、超加速でその場を離れた。
私が向かった先は、私の寝室。寝室のクローゼットの奥には一振りの打刀が有った。来寿様の愛刀、村正である。
私は直ぐ様クローゼットの中から村正を取り出した。それを持って、来た道を全力疾走。
皆の前に辿り着くや否や、来寿様に近付いて――
「受け取れ」
右手に握った村正を突き出した。
「出し惜しみは無しだ」
私の言葉に、来寿様は静かに首肯する。続け様に左手を伸ばして、私から村正を受け取った。しかし、何故か腰に差し込もうとはしない。
来寿様は、右手で村正の柄を掴み、手早く村正を引き抜いた。その瞬間、私達の視界に毒々しい色が飛び込んだ。
村正の刀身は、泥のように濃厚な色に塗れていた。複数の色が、生き物のようにうねりながら絡み付いている。その光景を見ているだけで気分が悪くなる。その一方で、奇妙な既視感を覚えていた。
一体、その感覚の正体は何なのか? それが、来寿様の口から飛び出した。
「ここの空みたいだな」
流石は私の王子様。ご明察である。
来寿様の村正には、毎日、鬼神の妖刀を掛け続けた。その結果が、毒々しい刀身である。
恐らく、この世界の空も何らかの魔法を掛けられ続けているのだろう。
一体、誰が魔法を掛けているのやら? 確認したい気持ちも沸く。しかし、今は全て後回しだ。
私は「キリリ」と擬音が見えるほど表情を引き締めた。
来寿様も、超速で戦闘準備を完了している。村正を鞘に仕舞い、それを先に差していた打刀の上に差し込んだ。
来寿様の様子を確認したところで、私は皆に向き直って声を上げた。
「これよりドラゴン討伐、『逆鱗破壊作戦』を開始する」
逆鱗破壊作戦。それが、私が考えた唯一ドラゴンを制する方法である。
私が宣言した直後、全員、蜘蛛の子を散らすように超速で駆け出した。
松竹梅と蹄鉄は城外へ。それ以外の者は、私を含めて、全員城の屋上に向かっていた。




