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魔王と侍の封印生活 The Survivors  作者: 霜月立冬


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第七十二話 空の染み

 封印世界の空は、いつ見ても暗鬱(あんうつ)としている。

 巨大な渦が毒々しい色を吐いたり、吸ったりと、見ているだけで気分が滅入る。余り視界に入れたい景色ではない。外に出ても、頭上を見上げることは稀だろう。

 しかし、今日の私は別だ。


 ああ、愉快、爽快、快晴かい。


 毒々しい空が、虹色に見える。魔王城前の湖に顔を映したところ、眩いばかりの女神のご尊顔が見えた。


 魔王ウィルミア・デストランド、完全復活。


 過労で倒れた後、魔王軍(配下の者ども)の計らいで数日ユックリ休ませて貰った。お陰で、体調は万全。今なら呪文を唱えずとも空が飛べるはず。


 いけるかも?


 私は助走を付けて、湖上の虚空に向かって飛んだ。その結果、人間には飛行能力が無いことを痛感した。私の体は湖の中に沈んだのだ。がっでむ、である。

 しかし、私は魔王ウィルミア・デストランド。沈んだままでは済まさない。

 私は直ぐ様浮上。誰の助けも求めず、独力で岸まで泳いだ。流石、魔王()である。

 高速で泳ぎ切った後、湖から勢いよく飛び出した。地面の上に華麗に着地。その事実を直感したところで、


「がははっ!」


 笑った。その様子は、外に出ていた初夢トリオの視界にも映っていた。

 初夢達は、有ろうことか私を見ながら首を傾げている。その態度は気に入らない。しかし、許す。今の私は心身ともに絶好調なのだ。

 今の私ならば、ドラゴンさえも倒せるだろう。何なら、今直ぐ現れてくれも良い。この魔王ウィルミア・デストランドがギッタンギッタンにしてやる。その様子を想像すると――


「がははっ!」


 私は再び哄笑した。しかし、笑っている場合ではなかった。

 魔王であるが故に、思ったことは具現化し易い(錯覚)。私の傲慢な望みは、存外早く叶ってしまった。


 私が城前で哄笑した日の翌日。

 目が覚めた瞬間、私は奇妙な違和感を覚えた。一体、それは何なのか?

 私は洗濯と着替えを済ませた後、首を傾げながら中央広間に入った。すると、そこにいた来寿(ライス)様から声を掛けられた。


「今日、自棄に静かじゃないか?」


 来寿様の言葉に、私は「確かに」と首肯した。


 城内が静かという訳ではない。魔王の森全体が異様に静かであった。そのような感覚を覚えたことは、初めてのこと。現在地が元の世界(ネフィリム)であったならば、気にも留めていないだろう。

 しかし、ここは女神の失敗作が跋扈(ばっこ)する封印世界である。違和感を放置すれば、最悪の事態になるかもしれない。

 私は来寿様と相談して、直ぐに森の調査を開始した。


 それぞれ戦闘準備を済ませたところで、いざ出発。

 樹木群に入ったところで、早速気付いたことが有った。


 今、私は来寿様(私の王子様)と二人きりじゃないか。


 ひゃっほうである。心が躍った。鼻歌を奏でながらスキップした。(ついで)に来寿様と手を繋ぎたい。しかし、魔王という立場上、血涙を流して我慢した。

 それでも、私は幸せだった。しかし、喜んでいられたのも最初の内だけ。

 森の中を進んでいく内、奇妙な事実を直感した。それが、私の口を衝いて出た。


()()()()()ぞ?」


 何もいない。或る意味僥倖である。平和と言ってもいい。しかし、何事にも限度が有る。

 現況は――異常であった。


 森の中には、植物以外の生き物が存在していなかった。愚かな領土侵犯者(魔物ども)も、今日は影すら見えない。一体、何が起こっているのか?


 私は来寿様と首を傾げながら、現況の意味に付いて考えた。我々は賢い。天才と言って良い。しかし、


「「分からん」」


 現況に関する情報は、余りに少ない。それを集めないことには、幾ら私達が賢くとも判断のしようがない。

 私達は引き続き森の中を歩き回った。その際、来寿様が奇妙な提案をした。


「登ってみる」


 来寿様は、樹上から森を観察するつもりのようだ。私は即座に許可した。すると、来寿様は直ぐ様手近な樹木に飛び付いた。


 来寿様は、猿を凌駕する登坂能力を発揮した。「あっ」と言う間に樹木の最上部から顔を出している。その様子を、私はハラハラしながら樹下から見守った。

 暫く後、私の頭上から大声が上がった。


「空に『染み』が付いているぞっ!」


 空の染み。その言葉を聞いて、私の首が斜めに傾いだ。思わず、来寿様がいるであろう辺りから、更に上の方を見た。

 私の視界に禍々しい光景が飛び込んだ。封印世界の空である。

 相も変わらず、毒々しい色で溢れ返っている。染みが付くどころの話ではない。その事実を目の当たりにすると、私の首が一層傾いだ。


 一体、来寿様は何を見たのだ?


 来寿様と視界を共有したくなる。それを望んだところで、再び来寿様の声が上がった。


()()()()()()()が、空に浮かんでいるぞっ!」


 何か大きなもの。それを聞いた瞬間、私の背筋に悪寒が奔った。それと同時に、染みの意味も理解した。


 大物だ。それが魔物ならば――アボレス級? いや、それ以上。今までで最大級だ。


 絶対に強敵である。是が非でも、相手の正体を確認せねばなるまい。私は衝動に駆られるまま、樹上にいる来寿様に向かって大声を上げた。


「大体で良いっ。方位と距離を教えてくれっ!」


 私の要求に、来寿様は即答した。それを聞くや否や、私は走った。

 走って、走って、開けた場所に辿り着いた。その事実を直感した瞬間、私は懐の中に手を突っ込み、そこからレンズ付きの円筒を取り出した。


 私が造った魔法道具の一つ、「魔力式遠眼鏡」である。


 私は遠眼鏡の一端を右目に当てた。その上で、もう一端を来寿様が示した辺りに向ける。すると、私の視界に毒々しい空が映り込んだ。

 一応、望遠は完璧だ。しかし、像が不明瞭であった。


 私は直ぐ様望遠レンズの焦点を調節。それがバッチリ合った瞬間、視界の中に奇妙な物体が映り込んだ。


 毒々しい色を吐く大渦の中に、黒い何かが入り込んでいる。正しく、来寿様が見付けた「空の染み」だ。


 大空の中に有って尚、存在感を示す巨大な染み。

 私は染みに向かって望遠レンズの焦点を合わせた。すると、染みの全体像が見えてくる。

 その姿を直感した瞬間、私の全身の毛が逆立った。


 空の染みは、最悪の予想通り()()だ。それも、アボレスなど問題にならないほど巨大だ。


 魔物の全幅は、百メートル超。蝙蝠のような翼を広げて、こちらに向かって飛行している。

 その事実を直感した瞬間、私の脳内に相手の正体が閃いた。その名称が、私の口を衝いて飛び出した。


「あれは――『ドラゴン』っ!」


 ドラゴン。創世の女神ネフィリアが「最強」を企図して創造した魔物である。最強どころか、世界を破壊するほどの力を持つ化け物だ。

 世界の破壊神ともいうべき魔物が、こちら(魔王城)に向かって飛来している。


 ドラゴン襲来。


 予想していた最悪の事態が起こった。その事実を直感した瞬間、私は来寿様の許へと走っていた。

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