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魔王と侍の封印生活 The Survivors  作者: 霜月立冬


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第七十一話 魔王の霍乱

 私、ウィルミア・デストランドは毎日色んなことを頑張っている。これまでの半生の中で、今が一番忙しい。別次元の忙しさだ。

 就寝時など、ベッドに横たわった記憶すらない。それでも、朝が来れば目を覚ます。

 今日も、私の視界に白銀の布に塗れた天井(天蓋)が映り込む。それを直感する度、一日の始まりを直感する。


 起きねば。


 今日もやるべきこと、やりたいことは沢山有る。いい加減、人形(ゴーレム)達の新しい体も完成させたい。

 何事も、できる内にならねば、できるものもできなくなる。その真理はこの世界に限った話では無いだろう。私もよく理解している。

 しかし、今日は――おかしい。何故かヤル気がでない。


 私は暫く天井(天蓋)を見詰めていた。いい加減起きねばと思い、体に掛かったコカトリスの羽毛布団を持ち上げる。続け様に起き上がろうとした瞬間、体に異様な重みを覚えた。


 誰かが上に乗っているのか?


 掛け布団を見た。しかし、誰もいない。何も乗っていない。奇妙である。

 私は首を傾げながらも、重い体を起こした。そのまま布団から脱出する。床に足を着け、勢いよく立ち上がった。

 その直後、体が大きく揺れた。


 足に力が入らない?


 私はベッドで尻餅を搗いた。その際、布団が私の尻の形に凹んでいる。その深さは、いつもと同じくらいだ。それなのに、体が異様に重い。まるで鉛のようだ。


 一体、私の体はどうしてしまったのだ?


 私は首を傾げながらも、何とか立ち上がった。倒れないよう気を付けながら、北壁のクローゼットに近付いた。

 いつもならば、洗濯場に直行するところだろう。しかし、何故か頭の中からすっぽり抜け落ちていた。

 今の私の脳は、モヤがかかっているかのように不明瞭になっている。その為か、歩き方も、いつも通りではなかった。


 何だ? フラフラするぞ?


 私は樹木網の壁にもたれながら、何とか服を着替えた。襦袢を床に脱ぎ散らかしていることにすら気付かない。


 私はスカート丈が短い小袖のまま寝室を出て中央広間に入った。その瞬間、香ばしい匂いが鼻を衝いた。それを嗅いだ瞬間、不明瞭な脳内に料理の名前が閃いた。


 飛竜のステーキだ。


 私の口腔に唾液が溢れた。絶対に美味しい。食べたことが有る。しかし、何故か味が思い出せない。

 私は首を捻りながら、中央広間の円卓に向かって進んでいた。


 このときの私は、やはりどこかおかしかったのだろう。その上、余計なことを考えていた。そのせいで、私は有り得ない失態を犯してしまった。


 あろうことか、前に出そうとしていた自分の左脚で、自分の右脚を引っ掛かったのだ。

 普段の私ならば、そのような失態は絶対にしない。やったとしても、踏ん張ることができたはず。

 しかし、今日の私は全然駄目だ。


 足を引っ掛けたと意識したときには、目の前に床が迫っていた。


「何で?」


 私は首を傾げた。その状態のまま、真正面から床にぶつかった。


 私の脳内で火花が爆ぜた。床からも派手な音が鳴った。その音は、台所いた来寿(ライス)様の耳にまで届いている。その事実を知ったのは、凡そ一時間ほど後のこと。

 私は床に突っ伏した瞬間、意識を失っていた。


 近くに何かの気配を覚えて目が覚めた。すると、視界に白銀の布に塗れた天蓋が映った。その光景を見て、私は朝が来たのだと直感した。


 起きねば。


 私は直ぐ様体を起こそうとした。その瞬間、


「待て」

「!?」


 誰かが私を制止した。その掠れた声には覚えが有った。その事実を直感した瞬間、私の口から相手の名前が零れ出た。


「来寿様」

「応」


 私の声に、相手が反応した。

 このとき、私の脳内は(いま)だモヤが掛かっているように不明瞭であった。その為、自分が「様」と敬称を付けていたことすら気付かない。ポヤポヤと頭から綿毛のようなものを出しながら、ボンヤリと声が上がった方を見ていた。


 私の至近にいた者は、想像通り来寿様であった。

 来寿様は、私のベッドの傍らに椅子を出して、そこに座っている。


 目覚めた直ぐに来寿様のご尊顔を拝せたことは僥倖である。今日は絶対良いことが有るに違いない。

 しかし、私は喜べなかった。私の首は斜めに傾いでいる。


「何故?」


 何故、来寿様が私の傍にいるのか? 直近の記憶を手繰っても、現況の理由になりそうなものは無い。私の頭上に「?」が浮かんだ。それは、来寿様の視界に映っていたようだ。

 来寿様は、現況に至った原因を告げた。


「お前さんは倒れたんだよ」

「え?」


 魔王()が倒れた。勇者に敗れたのか? そんな記憶は、私には無い。その為、私の首は傾いだままだ。すると、視界に映った糸目の男性の顔が綻んだ。

 優しい笑顔。その吊り上がった口が開いて、蕩けるような甘い声が飛び出した。


「お前さんは、いつも頑張り過ぎなんだ。今日はユックリ休んでいろ」


 来寿様の笑顔に、私を労わる優しい言葉。それらを浴びせられて、私の心臓がトゥンクと跳ねた。顔どころか全身が火照る。その熱で頭が逆上せて――


「きゅう」


 私の口から奇妙な声が漏れた。それが私の耳に入ったときには、私の意識は無窮の闇の中に落ちていた。


 どれほど時間が経ったのか? 私は再び目を覚ました。すると、私の視界に白銀の布に塗れた天蓋が映った。


 起きねば。


 私は体を起こそうとした。すると、私の視界に黄金の塊と黒い塊が入り込んできた。


 謎の塊は、子どもの顔であった。黄金は三つ、黒は一つ。

 黄金の少年達の額には、「松」、「竹」。「梅」と言う文字が浮かび上がっている。

 黒い少年の額には、少し丸まった「U」の字が浮かび上がっていた。

 それらの特徴を見て、私は少年たちの正体を直感した。それが、私の口を衝いて出た。


「松竹梅に――蹄鉄?」


 私の人形達である。私が声を上げると、それぞれコクリと頷いた。

 何故、人形達がここにいるのか? 私は首を傾げながらも、とりあえず体を起こそうとした。

 ところが、人形達に押し止められた。


「何だ?」


 一体、人形達は何を考えているのか? 私は抵抗しようとした。ところが、体に全く力が入らない。何故なのか?

 私は抵抗することもままならず、人形達に抑え付けられて――再びベッドの中に沈んだ。

 しかし、このままで終わる魔王()ではない。そもそも、やられっ放しは性に合わないのだ。


 私はもがいた。全力で抵抗した。しかし、体に全く力が入らない。その上、数的不利。

 四人の人形達に押さえ付けられたまま、身動きが取れず。抵抗することにも疲れ果て、私は再び寝てしまった。


 どれくらい寝ていたのか? 私は再々度目を覚ました。すると、私の視界に自室のベッドの天蓋が映った。その視界は――明瞭であった。

 脳内のモヤが晴れている。その事実を直感して、私は起き上がろうとした。すると、私の視界に黄金の顔が三つ映り込んだ。

 その事実を直感した瞬間、私の口から三人組の名前が飛び出した。


「今度は初夢か」


 私の言葉に対して、初夢トリオは反応しなかった。その代わり、三人掛かりで私の体を押さえ付けている。


 何なのだ? 一体、これは何なのだ?


 先程の松竹梅達といい、魔王()に対して無礼であろう。 私は全力で抵抗した。今度は体に力が入る。負けはせぬ。負けはせぬぞおおおおおおおっ。


 私は全力で抵抗した。結果、惜しくも敗北した。

 そもそも、純粋な力勝負となれば、か弱い美少女魔王が人形に敵うはずもない。しかも、数的不利も有る。

 私の体は再びベッドに沈んだ。そこでももがき続けた。しかし、無駄な抵抗だった。もがき続けている内に疲れ果てて――またしても眠ってしまった。


 いい加減、起きたい。


 私は悔し涙を流しながら、「次に目覚めたとき、隣にいる者が来寿様であればよいな」と念じた。

 果たして、女神ネフィリア(世界の造物主)は私の願いを聞き届けてくれるのか否か。本日五度目の起床の機会を得て、期待しながら目を開けた。

 その瞬間、私の隣にいた者が声を上げた。


「調子はどうだ?」

「!」


 聞き慣れた掠れた声。それを直感した瞬間、私は寝たままガッツ石松ポーズを決めた。その姿勢を維持したまま、来寿様の質問に答えた。


「大丈夫だ。問題無い」


 脳内に掛かっていたモヤは完全に晴れている。その事実を告げたところ、来寿様の顔に優しげな笑みが浮かんだ。


「そうか、それは重畳(ちょうじょう)


 来寿様の優しい笑顔に、優しい言葉。それらを見聞きした瞬間、私の胸がトゥンクと鳴った。心臓が激しく脈動する。顔も体も火照る。しかし、今回は意識も明瞭、絶好調だ。ならば、いつものように――


「ふん」


 私は鼻を鳴らしてソッポを向いた。赤くなった顔を隠す為である。その直後、私の耳に乾いた笑い声が飛び込んだ。


「ははははっ」


 来寿様が、声を上げてお笑いになっている。その反応は――実に気に入らない。私は不機嫌の意を表すべく、来寿様を無視しようとした。しかし、できなかった。


「何か食べたいものが有れば作るぞ?」


 来寿様は、私に料理のリクエストを尋ねた。その言葉を聞いた瞬間、私の腹が盛大に鳴った。その音は、来寿様の耳にもシッカリ届いている。


「ははははっ」


 来寿様は、再びお笑いになった。その反応は気に入らない。しかし、私の腹の虫の機嫌は、今の私以上に悪い。

 私は食欲に抗えなかった。


「鰻の蒲焼き」


 私は、今食べたい料理名を告た。その直後、来寿様の声が上がった。


「病み上がりだぞ? そんな重いものを食って大丈夫か?」


 来寿様の声は、どこか不安げである。恐らく、私の体調を気遣っているのだろう。その気持ちは有難く思う。しかし、それは全くの杞憂(きゆう)である。


「私を誰だと思っている?」


 私はデストラ樹海の魔王ウィルミア・デストランド。あらゆる騎士団、及び魔物の集落を壊滅させた大魔王である。普通の美少女とは訳が違うのだ。


 私は「ふんす」と鼻を鳴らした。すると、来寿様は笑った。その反応は気に入らない。しかし、許す。


 私は寛大だ。尤も、来寿様に恩赦を与えた真の理由は別に有る。それが、来寿様の口から飛び出した。


「では、今から作ってくるとしよう」


 来寿様は、私のリクエストに応えてくれた。その事実を直感した瞬間、私は掛け布団を引き摺り上げ、自分の頭を覆った。

 今現在、私の顔は完全に隠れている。その事実を直感すると同時に、私の口の端が吊り上がった。


 鰻の蒲焼、蒲焼やっほう!


 私は布団の中で全力のガッツ石松ポーズを決めた。その瞬間、私の腹が盛大に鳴った。すると、来寿様はまたお笑いになった。

 来寿様の笑い声を聞いて、私の顔(及び体)が、より一層火照ってしまう。恥ずかしい。ちくせう、ちくせう。

 私は布団の中でもんどりうち続けた。鰻の蒲焼ができる、そのときまで。

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