第六十九話 哄笑する魔王
魔王の森のその奥に、真円を描く広場が有る。その中心に、長さ十五メートルの砲身を持つ砲台が有った。
その砲台が放つ弾は、世界的に希少な真銀製である。これは世界に類を見ない兵器である。その名も「真銀弾射出装置」。
当然ながら、その威力も破格、超次元にして絶対無敵。如何なる魔物も一撃で粉砕する。そのはずだった。
ところが、真銀団射出装置は、たった今破壊された。
折れ曲がった砲身に、黄土色の山がそびえ立っていた。その山は、何と上から降ってきたのだ。
その山の名前(種族名)は飛竜。魔物だ。それも、常軌を逸した化け物である。
飛竜の全長、及び全幅は二十メートル超。体重も、それなりに重い。直上からの急降下攻撃を受けて、射出装置の砲身はご覧の有り様である。何てこったい。
この私、魔王ウィルミア・デストランドの傑作品、真銀弾射出装置が、日の目を見ずに台無しにされた。
許す訳にはいくまい。絶対に、許さん。
私は激怒した。今直ぐ報復したい衝動に駆られた。幸いにして、下手人は直ぐ目の前にいる。角の生えた刺々しい顔が、私の視界一杯に映っている。
私がその気になれば、飛竜の高慢ちきな顔を滅茶苦茶にできる。してやりたい。
しかし、私は動かなかった。いや、ここは先を越されたというべきか。
私の周りにいた魔王軍の精鋭達が、既に攻撃を開始していた。
来寿様も、人形達も、飛竜と対峙するや否や一斉に抜刀。我先にと飛竜に飛び掛かっていく。
蛮勇である。無謀である。来寿様達の姿を遠目に見れば、象に挑む蚤だろう。敵う訳がない。誰もがそう思う。
しかし、魔王軍の精鋭は例外中の例外。普通の蚤とは次元が違うのだ。
来寿様達が振るう虹色の打刀が、飛竜の鱗を割り裂いた。その下に潜んでいた肉まで容赦なく抉っていく。その現実は、飛竜にとっては計算外の出来事だろう。
飛竜の鱗は真銀製である。これを破壊することは、普通の武器では不可能だ。唯一の例外は、同じ真銀製の武器だろう。その例外が、魔王軍の手中に有った。
魔王軍の打刀は、来寿様のもの以外、全て真銀製だ。その上、それぞれの刀身には女神の大魔法「鬼神の妖刀」が掛かっている。真銀の鱗と言えど、貫けない道理は無い。
尤も、来寿様だけは鋼鉄製の打刀で貫いている訳だが。これには魔王も苦笑いせざるを得ない。
ともあれ、飛竜は魔王軍を侮った報いを受ける羽目になった。
魔王軍の苛烈な攻撃に耐えかねて、飛竜は逃げるように後ろに飛び下がった。それを魔王軍が追い掛ける。明らかに魔王軍優勢。私は左団扇で眺めることができた。
魔王軍は、それぞれ打刀の間合いまで詰め寄っている。続け様に打刀を振り上げた。それが当たれば、飛竜の鱗を割り、肉を抉ることができる。しかし、そうはならなかった。
飛竜は意外に強かであった。距離を取った際に窮地を脱する手段を講じていたのだ。
飛竜の耳まで切れ上がった口が大きく開いた。その直後、凄まじい咆哮が上がった。雪崩のような大音響である。
咆哮の衝撃で地面が揺れた。足元が覚束無い。しかし、魔王軍の精鋭達にとっては「それがどうした」である。そのまま打刀を振り下ろした。
その刹那、飛竜の前に星が現れた。
光の線で描かれた巨大な星。それが目に入った瞬間、私の脳内に星の正体が閃いた。それが、私の口から飛び出した。
「『五芒星』っ!?」
五芒星とは、女神の力を引き出す徴だ。女神にかかわる魔法が発動したのだ。
それがどんなものかと考えると、真っ先に女神の大魔法を想起した。その直感は、大当たりだった。
来寿様達が振り下ろした打刀が、全て勢い良く弾かれた。
一体、何が起こったのか? 来寿様も、人形達も、訳が分からず首を捻っている。しかし、この場で唯一人、現況の理由を理解する者がいた。
魔王ウィルミア・デストランド。即ち、私だ。
私の脳内には、飛竜が唱えたであろう魔法の名称が閃いていた。
女神の大魔法「究極魔法防御」。その名の通り、あらゆる魔法を遮断する。
飛竜は、打刀の魔法付与を見抜き、それを無効化したのだ。
同じ女神の大魔法を用いたならば、その威力のほどは魔力量で決まる。
私が掛けた魔法付与は、刀身の表面を覆うだけのもの。その程度の魔力量では、飛竜の魔法防御は突破できない。実際、皆の打刀は弾かれている。
どうやら、魔王軍の快進撃はここまでのようだ。その事実を直感した者は、私だけではない。
私の視界に映った飛竜の口の端が、急角度に吊り上がっている。愉快そうな笑みである。見ているだけで、私の眉間に皺が刻まれていく。このまま放置すれば、魔王軍は飛竜にやられてしまう。
しかし、それを許さない存在が、ここに一人いる。魔王である。
その憎たらしい笑顔、今から凍り付かせてやる。
私は直ぐ様女神の大魔法「魔弾豪雨」を唱えた。
私の要請に応えて、周囲に百本の魔法の矢が現れた。その間、既に飛竜の攻撃が始まっている。
飛竜の巨大な前脚が、来寿様達を執拗に襲う。皆、必死に躱すものの、劣勢は明らかだ。一刻も早く助けに入らねばならない。
しかし、私は攻撃しない。私には考えが有るのだ。
私は魔法の矢を待機させたまま、再び魔弾豪雨を唱えた。
私の要請に応じて、もう百本の矢が現れた。合計二百本。しかし、未だ発射しない。私は更に魔弾豪雨を唱えた。
私の周囲が三百本の魔法の矢で埋め尽くされた。その事実を直感した瞬間、私の口の端が邪悪に吊り上がった。
魔王軍に楯突く愚かな飛竜よ。魔王の力を思い知るがよい。
私は飛竜の額に狙いを定めた。その一点に、三百本の魔法の矢を解き放った。
膨大な、創世記に記された天の川のような光の奔流。それが、全て飛竜の額に吸い込まれていく。
その直後、眩い光が私の視界を焼いた。
凄まじい光の爆発。この場だけに止まらず、魔王の森全体が煌々と照らされている。人形達は兎も角、私や来寿様の目に毒である。
この明るさが暫く続いたならば、失明の可能性も有っただろう。しかし、それは杞憂であった。幸いにして光は一瞬で収まった。
私の視力は直ぐに回復した。明瞭になった視界に、刺々しい飛竜の頭が映って――いた。どうやら、飛竜は攻撃に耐えた様子。しかしながら、全く無傷ではない。
魔法の矢が当たった個所は、ものの見事に禿げ上がっていた。鱗が全く無くなっている。その様子を目の当たりにして、私の口が一層邪悪に吊り上がった。
おおっ、アレを耐えるとは凄い。流石は飛竜。
私は、内心で敵に拍手喝采した。それに応えるように、飛竜は「ふんす」と大きな鼻息を吐いた。実に気に入らない。
しかし、私の口の端は吊り上がったままだ。
私は笑顔を浮かべながら、女神の大魔法を唱えた。
「天帝の雷霆」
私の頭上から雷光が飛び出した。雷光は、飛竜の頭目掛けて突っ込んでいく。
亜光速の雷光である。飛竜に躱す時間は全く無い。狙い違わず、私が放った雷光は鱗の無い個所に命中した。
飛竜に耐える手段は無い。既に私が根こそぎ奪っている。
結果、飛竜の頭部が木っ端微塵に吹き飛んだ。飛竜の最期である。
飛竜の肉片が空を舞う。その様子は、私の視界にバッチリ映っている。それを見るや否や、私は大きく踏ん反り返った。続け様に口を開いて――
「がははははははっ!」
下品な笑い声を上げた。




