第六十八話 真銀弾射出装置
森の湖畔に聳える樹木網の城、封印魔王城。そこから北に向かって百メートルほど進んだところに開けた場所が有る。そこに向かって、荷車を引いた九名の男女が走っていた。
痩身の男性が、荷車のハンドルを握って引いている。
三人の少年が、荷車を後ろから押している。
その他の四者は、先んじて開けた場所に向かっている。
働き者である。何処かの組織に属しているのだろう。それぞれ似たような格好をしている。
額に鉄板付きの鉢巻き。顔に魔物の口を模した面頬。鉄板付きの革鎧をまとい、鉄板付きのグローブとブーツを履いている。
武器は、腰に差した打刀だけ。
それらの装備に関して、私、ウィルミア・デストランドはよくご存じだ。
その九名は、魔王軍の精鋭達である。彼らの様子や格好は、皆から遅れて走る魔王《私》の視界にバッチリ映っている。
まさか、皆の主である私が置いてきぼりを食らうとは。
私の視界の中で、全員開けた場所に突入していく。そこは、真円を描く更地であった。
更地の中心に、長大な鋼鉄製の円筒が立っている。その円筒は、何故か斜めに傾いでいた。
魔王軍達は、その傾いだ円筒の下で何やら作業を開始した。
因みに、円筒の全長十五メートルもある。底面の直径は一メートルほど。円筒であるが故、中心には直径五十センチメートルほどの空洞が有った。しかしながら、その底面(下底面)には真銀の蓋が付いている。
そんなものが斜めに傾いでいるのだ。奇妙である。しかし、何の不思議も無い。円筒には物理法則に対応する機構が備わっている。
円筒の下部は、分厚い半円状の鉄板に挟まれていた。それが、斜めに傾いだ円筒を支えている。
二枚の半円板の下、接地面にも分厚い鉄板が有った。真円型のものが敷かれている。
半円と真円の鉄板。それぞれが円筒を強力に支えている。しかし、唯支えているだけではない。それぞれには円筒を動かす機構が備わっているのだ。
人の体ほども有る大きなバルブ付きハンドルが、それぞれの板から飛び出している。
バルブを回すと、円筒の天面が上下に動いたり、円筒全体が左右に旋回したりすることができる。そうすることで標的を狙い撃つことができる。
狙い撃つ。そう、この装置は砲台である。
斯様に奇妙な砲台は元の世界には存在しない。無いものを、この魔王が造り上げたのだ。創世記の言葉を参考にして、「こんな感じかな?」と天才的センスを存分に発揮した。流石、魔王である。えっへん。
私が造った砲台が、これから大活躍する。その為に、魔王軍の皆が準備に取り掛かっている。心が躍る。胸が熱くなる。
私は心中で「皆、頑張れ」と念じながら、離れた位置で作業を見守った。
私の視界の中で、痩身の男、愛洲来寿様が砲身の蓋を開け放った。
その直後、三人の人形(松竹梅)が、荷車から純白の物体を取り出した。
松太郎が抱えた純白の物体は、彼らの頭より大きい。紡錘(糸巻き)を半分に切ったような円錐である。
これこそが、砲台の弾。それも、真銀製の弾だ。材質に因んで「真銀弾」と名付けた。私が名付けた。
真銀弾には、既に貫通力強化の魔法を掛けている。真銀故に、存分に魔法の効果を発揮することだろう。
真銀弾は、松太郎から来寿様に手渡された。来寿様は、直ぐ様弾を砲身に詰め込んだ。そのまま奥の方へと押し込める。
その間、他の四人の人形(初夢と蹄鉄)が、荷車から小樽を二つ取り出していた。
小樽の大きさは、真銀弾と同程度。しかし、こちらは円筒形である。
小樽は、弾を飛ばす為の爆弾である。創世記で言うところの「装薬」だ。
薬莢には爆裂魔法を掛けている。因みに木製だ。爆発することが前提で有る為の配慮だ。名称に付いては、創世記の記述通り「装薬」である。
この真銀弾を打ち出す機構を持つ砲台こそ、対ドラゴン用決戦兵器。その名も「真銀弾射出装置」。
私が造った。私が名付けた。その事実を想起すると、私の鼻が伸びる。トコトン伸びる。私は伸びた鼻を皆に見せ付けた。
高い鼻が良く見えるよう、私は両手を腰に当てて胸を張った。その直後、私の耳に掠れた声が飛び込んだ。
「準備完了したぞ」
「!」
私は反射的に来寿様の方を見た。すると、複数の鋭い視線が顔に刺さった。
来寿様が、私を見ている。人形達も、私を見ている。それぞれ、何か言いたげなジト目である。
皆の視線に晒されると、私の顔が熱を帯びる。このままでは、魔王の信用が失墜する。地位が揺らいでしまう。窮地である。
しかし、私ならば挽回は余裕である。
私は態とらしく「ごほん」と咳払いをした。その行為で場の空気を一変した(願望)。
魔王軍の皆は――何も言わない。ジッと私を見ているだけ。その視線を全力で無視しながら、私は砲台に近付いた。
発射準備ができたとなれば、後は対象に弾を打ち込むだけなのだ。
発砲の大役。それを担うに相応しい者は、この場に於いては私だけ。そもそも、薬莢に仕込んだ魔法は、私の魔力に反応するよう設定している。
私は砲台にに辿り着くや否や、閉じた蓋に手を当てた。
ここに魔力を注ぎ込めば、砲身の中で薬莢が爆発する。その威力で、真銀弾が飛び出す。完璧である。
私は早速魔力を注ぎ込もうとした。ところが、できなかった。その理由が、私の口を衝いて出た。
「目標は――どこだ?」
砲身の先は虚空に向いたままだ。その先には、毒々しい色を吐く大渦以外何も無い。砲口を相手に向けなければ意味がないではないか。そもそも、相手の位置が分からなければ照準の定めようもない。
このまま弾を撃っても当たるまい。
私は辺りを見回した。来寿様も、人形達も辺りを見回している。
十対の目である。それなりに視野も広い。必ず誰かが敵を見付ける。その可能性に期待した。
ところが、誰も目標を発見できなかった。何故ならば、敵の出現場所は私達の視界、及び想像の埒外であったからだ。
私達が「どこだ? どこだ?」と探し回っている最中、《《頭上から》》巨大な何かが振ってきた。
その存在を直感した瞬間、凄まじい轟音が起こった。それと同時に、地面が激しく揺れた。その事実は、衝撃を直感した瞬間理解していた。
敵襲っ!?
敵は私達の直上にいた。そこから私達目掛けて急降下したのだ。流石に、誰も頭上までは目が届かなかった。とほほである。
幸いにして魔王軍に被害は無かった。誰も押し潰されなかった。しかし、素直に喜べない。別のところで甚大な被害が出ていたからだ。
私達の代わりに、真銀弾射出装置が犠牲になっていた。
敵は、よりにもよって砲身を直撃した。衝撃で砲身は折れ曲がった。その光景は、私達の視界にバッチリ映っている。
その瞬間、私の全身の血の気が音を立てて引いた。
砲身を潰した奴は、後ろ足で砲身を踏み付けていた。かなりの巨躯である。それこそ、山と錯覚するほど。体色が黄土色の為、山そのものに見える。しかし、絶対に山ではない。
その正体は、言わずもがなの魔物である。
大まかな外観は蜥蜴であった。目の上に角のような棘が付いている。その特徴を持つ蜥蜴は、元の世界にもいるだろう。
しかし、此奴にはネフィリム産の魔物には無い特徴が有った。
前脚が蝙蝠の翼になっていた。
蝙蝠の翼を持つ蜥蜴。その身体的特徴を見た瞬間、私も、魔王軍の皆も、相手の正体を直感していた。
新たな飛竜。
恐らく、前回の飛竜とは別のドラゴンの眷属だろう。その事実を思うと、私の額と背中に冷や汗が滴る。しかし、逃げる気など毛頭無い。それどころか、今の私の目には強い殺意の蒼炎が燃え上がっている。
此奴、よくも私が造った武器を壊してくれたなっ!
真銀弾射出装置は、その大役を果たすことなく生涯を閉じてしまった。時間を掛けて造ったものが、一瞬で破壊されたのだ。その事実を思うと、目に涙が浮かぶ。こんちくせう。




