第六十五話 下問を恥じず
私、ウィルミア・デストランドは悩んでいる。原因を簡潔に言えば、「真銀の鱗に、如何に対抗すべきか」である。
尤も、これは私に限った話ではない。魔王軍全体の問題である。しかし、皆、答えは得たようだ。
来寿様は剣の修行に打ち込んでいる。人形達も、来寿様に倣っている。それぞれがやるべきことを見付けて、それを実行しているのだ。それができていない者は、私だけである。
私は対抗策が分からない。それどころか、努力の目途、方針が全く立たないのだ。故に、未だに頭を抱えている。だからと言って、全く何もしないことを許されるほど、現況は甘くなかった。
魔物は、毎日のように魔王の森に侵入する。その中に、真銀の鱗を持つ者が紛れていたとしても、不思議でもなければ予想外でもない。
できることが有るならば、できる内にやっておかなければならい。気は乗らなくとも、やらねばならない。
私は自分の問題を先送りにして、本意ではない裏方作業に勤しんだ。その内容は、時系列で分けると大きく三つほどになる。
最初に行ったこと、それは来寿様から預かった村正の強化である。
日課として、毎日村正に女神の大魔法「鬼神の妖刀」を掛けている。尤も、鬼神の妖刀を重ね掛けする必要は無い。少なくとも、今までは無かった。それでも、やりたい。やらねばならぬ。
少しでも切れ味が増すならば――と、願掛けの意味も込め、毎日欠かさず魔法を掛けている。その効果は、実は目に見えて表れている。
日を追う毎に、村正の刀身が禍々しい色になっていく。
色の変化の理由は、魔力の濃度が増しているということ。その事実は来寿様にも伝えている。
その際、来寿様は微妙な表情を浮かべながら「任せる」と許可して下さった。故に、現在も継続中である。
最終的に、村正がどのような妖刀に仕上がるのか? それは、再び来寿様が村正を手にしたときに分かる。
きっと、私は来寿様は満足して頂ける。私もお褒めの言葉を授かるだろう。その瞬間を想像すると、私の口が緩んでいく。思わず、他のことまで手を出したくなる。
やりたいことは、やってしまう。それが私の心情だ。
私は飛竜の鱗で新たな武器を製作した。
幸いにして、私の許には「真銀」という希少金属が有る。これを使って、アシハラ風の打刀を造った。
出来上がった打刀は、真銀特有の光沢の有る白い刀身になった。その色を見た瞬間、私は「これならば」と確信した。
真銀の魔力伝導率九十九パーセント。来寿様の村正を凌駕する。
真銀の打刀ならば、人形達でも飛竜に傷を付けられるだろう。
これを皆に披露したところ、それぞれ眼を輝かせて喜んでいた。来寿様からも、「流石だな」とお褒めの言葉を頂いている。
人形達は、全員真銀の打刀を愛用した。ところが、来寿様だけは鋼の打刀を用いている。何故なのか?
来寿様曰く「今は修行中」とのこと。頑ななお人である。
それでも、私的には満足している。皆に評価され、来寿様からお褒めに預かったこと、大いに満足である。
この成果を受け、私は防具の方にも手を出した。尤も、これは少々手を抜いているのだが。
防具製作、いや、防具強化と言うべきか。
新造はしなかった。従来の革鎧に、真銀の胸当てと背甲を取り付けただけだ。しかしながら、新造が面倒という訳ではない。それなりに理由は有る。
そもそも、皆の戦闘スタイルは激しい動きを前提としている。全身金属鎧など動きの妨げになる。何より、あれは着脱が面倒だ。
デストランドにいた頃、私は全身金属鎧を使っていた。しかしながら、あれを着用する際は、複数名の侍従達が、それなりに時間を掛けている。デストランドでは、それだけの人手と時間的余裕が有った。
しかし、今は望むべくもない。皆で着用している間に、魔物に殺さてしまっては本末転倒だ。
私の鎧製作理念は、魔王軍では常識である。
鎧を披露した際、これまた全員に好評であった。来寿様からも「有り難い」と感謝されている。そのお言葉もまた、私の気分を大いに高揚させた。
私は調子に乗った。真銀を使った更なる大事業に着手してしまった。
対ドラゴン用大型武器、及び人形達の新たな体の製造。
これが完成した暁には、ドラゴンなど恐れるに足らずである。しかし、これはとても、とても、とても――手間が掛かる。しかも、今の私は大問題を抱えている。
それでも、やりたいときにやる。それが私の心情だ。
先ず、対ドラゴン用大型武器の制作を始めた。研究室に籠って、どんなものにしようかと考えた。しかし、ここで作業に邪魔が入った。
あれやこれやと考えていると、脳内に件の大問題が閃いた。その度に、私の口から大きな溜息が出る。その音が耳に入ると、ヤル気が一気に無くなる。
対ドラゴン用武器の制作は後回しとなった。
続いて、人形の体製造に着手した。これもまた、それなりに時間が掛かる作業だ。
研究室に籠って、今度はどんなものにしようかと考えた。すると、またしても例の大問題を想起してしまう。溜息が出る。ヤル気が無くなる。
人形の体製造も後回しとなった。
今現在、私は研究室に籠ったまま、何もせずに溜息を吐いている。私の脳内には、飛竜に天帝の雷霆を防がれた場面ばかりが閃いている。
天帝の雷霆は、私が使える魔法で最大威力を誇る。それが通用しないとなると、打つ手がない。ならばどうすれば良いのか?
真っ先に閃いた手段は、新魔法の開発である。しかし、これは無理が過ぎる。
そもそも、天帝の雷霆を含めた女神の大魔法は人の身に余るもの。魔王と呼ばれていても、私は人間だ。造物主に勝る魔法を生み出すなど不可能だ。それができるなら、私自身が女神である。その可能性を想起する度、私の口が歪に吊り上がる。
私は自嘲した。
その直後、決まって盛大に溜息を吐く。
毎度、これの繰り返しだ。
本当に、どうしたら良いのだ?
答えなど、有るはずが無い。それでも、悩まずにはいられない。
今日も研究室に籠ったまま、何もせず溜息を吐いてばかりいる。毎度のこと故、今日も、このまま無為に時間を過ごすと想像していた。
しかし、今日は少し違った出来事が起こった。
私が溜息吐いていると、外から凄まじい奇声が聞こえた。
「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
今、私は城内にいる。それでも、耳をつんざくほどの絶叫だ。その刺激を覚えた瞬間、私は声の主の正体、及び状況を直感した。
来寿様だ。来寿様が剣の修行をしている。
来寿様は、村正を曲げたこと(第六十三話)を恥じている。その失態を挽回すべく、今日も剣術修行に精を出している。その姿を想像すると、私の胸は熱くなる。
しかし、私の眉間には深い皺が刻まれていた。その皺の理由が、私の脳内に閃いている。
来寿様は飛竜を倒しているのに。
飛竜討伐は、私が成しえなかったこと。今は、それが目標である。それを達成している人間が、直ぐ近くで更なる精進を重ねている。対して私は動けずにいる。
現況を思うほど、私の眉間の皺が深くなる。その想いが、私の口から零れ出た。
「来寿様が羨ましい」
泣き言だ。それが耳に入った瞬間、私の脳が鉛のように重くなった。思わず、頭を下げた。下げ過ぎて、床で額を打った。
それなりに強い衝撃が頭に奔った。痛かった。涙まで出た。しかし、それだけではなかった。
額を打った瞬間、女神の天啓が下りていた。
もしかしたら、来寿様が何か良い方法を考えてくれるかもしれない。
気が付くと、私は研究室から飛び出していた。そのまま中央広間を通り抜け、魔王城の玄関からも飛び出した。
私は来寿様の声のする方向に走った。
来寿様は森の中にいた。今尚、奇声を上げながら石化した樹木を木刀で叩いている。その姿が目に入った瞬間、
「ら――」
私は来寿様に声を上げ掛けた。しかし、直ぐ様口を噤んだ。
来寿様の修行の邪魔をする訳にはいかない。
私は来寿様から離れた位置で立ち止まった。その場を動かず、来寿様が一息入れるのを待った。
私としては、完全に身を隠したつもりだった。しかし、来寿様には気付かれていたようだ。
私が見詰める中、来寿様は唐突に木刀を振るのを止めた。続け様に、クルリと踵を返して、背後に控えていた私を見た。
「何の用だ?」
「!」
来寿様の声は、少し硬い。私は来寿様が怒っている可能性を想像した。
しかし、その程度で挫けるほど、今の私は弱くはない。それに、斜に構える精神的余裕も無い。
「実は――」
私は自分の悩みを来寿様に打ち明けた。
来寿様は、相槌も打たず、無言で私の話を聞いている。私が話し終わったところで、漸く声を上げた。
「参考になるかどうかは分からんが――」
来寿様は、再び石化した樹木に向き直った。その際、木刀を左手に持ち替えている。それを霞に構えて、右掌を柄頭に当てた。
「俺ならば、こうする」
来寿様は、私に話し掛けながら腰を落とした。その姿勢を維持しながら深呼吸をしている。
一回、二回、三回。
四回目、息を吸った。その瞬間――来寿様が動いた。
来寿様は前に出た。人間の視力では追い切れないほどの超加速である。
来寿様の進行方向には石化した樹木が有る。そこに向かって突進していく。
来寿様と樹木を阻むものは何もない。来寿様の木刀の切っ先は、真直ぐ樹木に突き立った。
その瞬間、ズドンと重厚な炸裂音が鳴り響いた。それと同時に地面が揺れた。その現象の意味は、来寿様が教えてくれた。
「まあ、こんなところだ」
来寿様は木刀から手を離した。しかし、それは地面に落下しない。何故なのか? 見れば分かる。
木刀の刀身は樹木に埋まっていた。それも、柄の近くまで。
来寿様は木刀で樹木を、いや、石像を貫いたのだ。その光景を見て、私の目と口は大きく開いてしまった。
まさか、こんなことができるとは。
この偉業、流石と言う言葉すら追い付かない。とても人間技とは思えない。私に真似できるものとは思えない。
そもそも、私の剣技は来寿様どころか人形達にも及ばないのだ。
それでも、来寿様は私に期待する。
「お前さんなら、こういこともできるんじゃいか?」
こういうこと。私は樹木に埋まった木刀を見た。
来寿様達が使っている木刀には、折れないようにと強化魔法を施している。しかし、当然ながら石像を貫く機能は無い。それでも、来寿様は貫いてしまうのだ。
それを可能にした要素は、何なのか? 考えずとも、直ぐに閃いた。
尋常ならざる集中力。思えば、最初に来寿様に守られたときも、そうだった。
ケルベロス戦に於いて、来寿様は二度の膝蹴りでケルベロスの心臓を突き刺している。
あの戦い以降も、来寿様には度々来寿様の奇跡の技を見せ付けられている。飛竜戦など最たる例だろう。その度に、私は驚嘆させられた。
人間の集中力とは、ここまでのことができるものなのか。
来寿様は「集中力」と言う人間の可能性を示した。しかしながら、これを剣術で再現することは、私には無理だ。挑む気も無い。
しかし、剣術とは別に、私には人より優れた才能が有る。
「これを、『魔法に応用しろ』と言いたいのだな?」
私の問い掛けに、来寿様は静かに頷いた。




