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魔王と侍の封印生活 The Survivors  作者: 霜月立冬


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第六十四話 真銀の鱗

 飛竜との対決以降、来寿(ライス)様は一層剣術の修行に打ち込むようになった。自戒と称して村正を封印。今は(もっぱ)ら私が造った打刀を使用している。しかしながら、村正が使い物にならなくなった訳ではない。


 曲がった村正は、既に補修済みである。過去に解析した村正のデータを参照して、寸分違わず修正している。それが完了するや否や、私は来寿様にムラマサを返却した。すると、来寿様は――


(かたじけな)い」


 私に向かって平伏した。額を床板に擦り付けている。その様子を見て、私の胸は痛んだ。その想いが、私の口零れ出た。


「こちらこそ、すまなかった」


 私もまた、来寿様に頭を下げた。

 来寿様の心中を察すると、私の脳内は謝罪の言葉で溢れ返ってしまう。そのような思考は、以前の私には考えられないものだ。今の私は、来寿様を励ましてあげたいとすら思っている。

 しかし、適当な言葉が全く閃かない。そもそも、そんなものは最初から無い。


 デストランドにいた頃の私は、他者を省みることなど一度も無かった。


 当時の自分や、当時の環境を想起する度、粉々に破壊したい衝動に駆られる。だからと言って、実行する訳にはいかない。その想いに囚われている場合でもない。

 そもそも、私の方がより一層深刻な問題を抱えている。


 飛竜に天帝の雷霆(ゼウスズ・ケラウノス)が通用しなかった。


 天帝の雷霆は、私が使用できる魔法の中で最大威力と言えるもの。その事実を思う度、私の脳が鉛のように重くなる。

 このままでは、私は女神に似た可愛い役立たずである。少なくとも、前線に出て戦うことは難しい。だからと言って、裏方に徹するなど魔王の誇りが許さない。次に飛竜並みの魔物に会ったとき、其奴(そやつ)は必ず一撃で止めを刺す。

 明日の戦闘の為に、私は今の自分がやるべきことを実行する。


 その一、魔法が効かなかった原因究明。

 その二、対策を講じる。


 私は飛竜の体を徹底的に研究した。そこで、私の魔法が敗れた理由を発見した。それは、来寿様の村正が曲がった原因でもあった。周知せねばなるまい。

 私は直ぐ様全魔王軍を招集した。


 樹木網に囲まれた中央広間に、九名の男女が集った。全員、広間中心の大円卓に着席している。

 北側の席に私、その右隣に来寿様。私の左隣に初夢トリオ。来寿様の右隣りは松竹梅、蹄鉄である。

 皆、私の方に顔を向けている。それぞれの視線は、私の手前(卓上)に集中していた。そこには、黒い楕円形の物体が置いてあった。端が先細りしている為、菱形に見えなくもない。


 爬虫類や魚類を見た者ならば、それを鱗と直感しただろう。しかし、その大きさは異常である。

 五十センチメートル超。一体、どれだけ巨大な生物の鱗なのか? その正体を説明する必要は、この場には無い。


 私は卓上に両肘を着き、眼前で両手を汲みながら口を開いた。


「飛竜のことだが」


 飛竜の名前を出した途端、皆の視線が移動、私の顔に集中した。九人分の眼圧で顔に穴が開くかと錯覚してしまう。

 しかし、今の私にとっては蚊に刺された程度の傷みである。


 今の私には、顔に穴が開く以上に辛い想いが有った。それを口にすることに躊躇(ためら)いを覚える。しかし、言わねばならぬ。

 私は「はあ」と溜息を吐いた後、続け様に最悪の現実を告げた。


「私の魔法が通じなかった理由が分かった」


 認めたくはない。しかし、これを認めずには、何も始まらない。私は込み上がる涙を堪えながら、組んでいた両手を解放した。

 私の右手の人差し指が、手前の卓上に向く。そこには例の鱗が有った。


()()だ」


 これ。即ち飛竜の鱗である。それを告げた瞬間、来寿様の口から小声が漏れた。


「やはり――」


 来寿様は、続け様に何かを言おうとした。私は反射的に来寿様を見た。

 すると、来寿様は口を(つぐ)んでしまった。続け様に、私から視線を外している。その反応の意味は、私には何となく理解できた。


 来寿様も気付いていたのだ。鱗のことも、魔法のことも。


 来寿様は、分かっていて言わなかった。村正が曲がった理由を「自身の未熟が原因」と思い込もうとしているようだ。来寿様とは、そういうお方なのだ。

 それなりに付き合いが長い。ともに死線を潜り抜けている。来寿様の性分は分かっているつもりだ。

 だからこそ、厳重注意しなくてはなるまい。


「来寿。気付いたことがあるなら、直ぐに言ってくれ」


 私は来寿様を睨み付けた。すると、来寿様は「すまん」と言って頭を下げた。


 来寿様は真面目なお方だ。「すまん」と言った以上、次は気を付けてくれると期待したい。

 私は「はあ」と溜息吐いた後、卓上の鱗に視線を戻した。


「それで――だ」


 私が声を上げると、再び全員の視線が私に集中する。その眼圧に耐えながら、私は飛竜の鱗に付いて判明した事実を開示した。


「この鱗は特殊な金属――『真銀(ミスリル)』でできている」


 真銀。元の世界(ネフィリム)に存在する金属である。その名の通り、銀の一種である。しかし、その価値はあらゆる金属を凌駕する。

 真銀は希少にして、他の金属には無い特殊な効果を有する。当然ながら、一般には出回っていない。採掘場を有する国は、その事実を秘匿している。それらの事実は、来寿様もご存じであった。


「真銀――だと?」


 私が真銀と告げた瞬間、来寿様の目が大きく開いた。しかし、直後に首を傾げている。その反応の意味が、来寿様の口から零れ出た。


「真銀は、()()のでは?」


 私達の知る真銀は、真珠のような光沢を放つ()である。しかし、目の前の鱗は真っ黒だ。来寿様が首を傾げるのも当然だろう。私もそう思う。故に、


「そうだ」


 一旦、頷いた。しかし、黒い色の理由も知っている。それを説明することもできた。しかし、私は敢えて何も言わない。

 私は(おもむ)に右手を前に突き出して、鱗の上に右掌を(かざ)した。


解呪(リムーブ・カース)


 私は|ネフィリア教由来の呪文《普遍的汎用呪文》を唱えた。すると、鱗の色が黒から白へと変色していく。その現象は、来寿様達の視界にもハッキリ映っている。


「おおっ」


 私の右隣から来寿様の声が上がった。横目で来寿様を見ると、細い糸目が思い切り開いている。

 (ついで)に人形達の顔を見ると、それぞれ来寿様と似たような表情を浮かべている。


 皆が瞠目(どうもく)する中、黒い鱗は真っ白に――それこそ真珠のような艶やかな白となった。

 真銀を知る者ならば、これは本物だと直感するだろう。その事実を明かしたところで、私は翳していた右手を下げた。


「こういうことだ」


 飛竜の体は、真銀の鱗で覆い尽くされていた。真銀は、希少金属だけあって、それなりに硬度が高い。ネフィリムに存在する武器では傷一つ付けられまい。その事実だけでも厄介極まりない。

 しかし、真銀にはより以上に厄介な特性が有った。


「真銀の魔力伝導率は九十パーセントを超える」


 真銀に魔法付与すれば、その魔力分の効果を発揮する。これは世界(ネフィリム)に有る全ての物質の中で最高値。別次元と言っても良い。

 因みに、鉄は四十五十パーセント。金銀は、それぞれ五十パーセントである。


「飛竜が魔法防護を掛ければ、殆どの魔法は通じまい」


 飛竜の魔法防護。その言葉を告げた瞬間、私の脳内に大きな縦長の瞳孔が閃いた。


 彼奴(あやつ)、ジッと私を見ていたな。


 飛竜と対戦した最中、奴は暫く動かなかった。ずっと私を観察していた。あのとき、奴は私を魔術師と見抜いていたのだろう。その上で、魔法防護を唱えた。そう思いたい。

 もしかしたら、魔法ではなく、元から魔法防御力が高いのかもしれないのだが。


 前者(魔法防護)であれば未だ望みは有る。後者(魔法防御力)であれば――今の私では歯が立つまい。

 

 飛竜のことを考えるほどに、私の脳が重みを増す。それに耐え切れず、私は「はあ」と盛大な溜息を吐きながら卓上に突っ伏してしまった。

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