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魔王と侍の封印生活 The Survivors  作者: 霜月立冬


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第六十一話 魔王の日常

 あの忌まわしい封印の壺に封じられてから、かれこれ三カ月以上経っているだろう。しかし、未だ脱出の目途は立っていない。

 そもそも、この世界(封印世界)の調査も、研究も、殆ど進んでいない。その事実を想起する度、私の口は「へ」の字に曲がる。その歪んだ隙間から、度々(たびたび)愚痴も零れる。


「いい加減、本腰入れて調査したいものだ」


 別に、誰かに聞いてもらいたいわけではない。只の独り言だ。しかし、偶々(たまたま)居合わせた者にとって、それは文句の言葉として受け止められるようだ。


 居合わせた者が人形達の場合、彼奴(あやつ)らは眉根を曲げた微妙な表情を浮かべる。それを見ていると「うわ、また何か言っているよ」という幻聴が聞こえる。

 人形達は喋れないので、飽くまで私の勝手な想像である。文句を言う筋合いではない。しかし、私の顔も(いささ)か不機嫌に歪む。


 居合わせた者が来寿(ライス)様の場合、その想いをハッキリ口に出して言う。


「そりゃ、できれば俺もそうしたい」


 来寿様は、必ず一旦は同意する。しかし、毎度顔には苦笑が浮かんでいる。その表情の意味は、続け様に出てきた言葉で直感できた。


「今は色々忙しいからなあ」


 忙しい。そう、忙しいのだ。日々の生活を維持するだけで、いや、生きていくだけで大変な労苦を強いられる。封印世界とは、正しく修羅の世界なのだ。


 魔王の森に襲来する魔物の処理。諸々必要な道具や設備の充実。将来起こり得る最悪の事態(ドラゴン襲来)に対する備え――等々。やるべきことが多過ぎる。

 しかしながら、何もしていない訳ではない。時間が有れば、封印世界の研究もしている。尤も、その度に私の睡眠時間が大幅に削られてしまう訳だが。


 そもそも、私は魔王にして魔術師だ。魔法にかかわる研究は、それなりに拘りが有る。夢中にもなる。

 一度研究を始めると、研究室に籠り切り。一応、寝るときは寝室を使うようにしている。しかし、遅い時間に眠ればどうなるかは想像に易い。


 私は一度寝てしまうと、疲労が癒えるまで起きない。昨夜も遅くまで起きていた。その為、起きた時間はそれなりに遅かった。

 起きて早々、やることが目白押し。息吐く暇も無い。


 目が覚めるや否や、風呂に直行。脱衣所兼、洗濯場で脱衣、及び洗濯。その間、風呂場でシャワーを浴びて汗を流す。再び寝室に戻ったところで、奥の隠しクローゼットから部屋着を取り出し、それを身に着けた。


 因みに、部屋着はアラクネ糸の小袖(こそで)である。動き易さを考慮して、裾は太腿辺りで切り詰めている。


 着替え終わったところで、直ぐ様寝室から飛び出した。向かった先は、魔王城の中心、中央広間。何をしに行くかと言えば、朝食である。


 現在時刻を鑑みると、来寿様は既に朝食を取り終えている。その可能性を想像しながら広間に足を踏み入れた。

 その瞬間、私の鼻腔(びこう)に甘い香りが突き刺さった。


 魔王城の中央広間の奥には台所が有る。調理をすれば、その匂いは広間全体に充満する。


 私の鼻腔は、()()()()()()()()()()()で満たされた。その現象が、私の腹を激しく唸らせる。その変調の意味は、考えるまでもない。

 匂いを嗅いだ瞬間、私は全てを理解していた。


 (アボレス)の蒲焼きだっ!


 女神ネフィリア(世界の造物主)さえも魅了した奇跡の料理。その匂いや味に抗う者などいるはずがない。魔王()といえども例外ではない。

 鰻の蒲焼は、毎日毎食、何時でも食べていたい。それが叶うだけの食材は確保している。毎日鰻の蒲焼きという極楽メニューを躊躇う者もまた、この世界(ネフィリム)には存在しないだろう。そう思っていた。

 ところが、意外にもこの城(封印魔王城)に抗う者がいた。


 魔王城の料理長、愛洲(アイス)来寿様である。


 来寿様は栄養のバランスに煩い。しかしながら、それも当然だろう。そうせざるを得ない状況にあるのだ。


 周知のとおり、食事は体の資本である。毎日の食事が体を作っている。

 鰻の蒲焼きのコレステロール値は、実は結構高い。余計な肉が付き易いのだ。その弱点は、来寿様だけでなく、私にとっても致命的である。


 女神の失敗作との戦闘は人知を超える。一瞬の油断が命取り。余計な肉は、千載一遇の勝機を奪いかねない。

 故に、魔王城の食卓に於いて、鰻の蒲焼きの出番は少なくなる。だからこそ、それが出るとなれば心が弾む。


 朝食が鰻の蒲焼きと知るや否や、私は台所に走った。すると、私の視界に長身痩躯の男性の姿が映った。来寿様である。


 来寿様は小袖に(たすき)掛けをして、腰に前掛けをまとっている。調理スタイルである。

 来寿様は、台所に設置した七輪の前で、()()を焙っていた。その行為を見た瞬間、私の唾液腺が決壊した。


 ああ、鰻の蒲焼きだ。間違いない。


 私の全身が、鰻の蒲焼きを欲した。それは、もう直ぐ私の口に入るだろう。その可能性を想像した瞬間、私は右拳を突き上げて飛び跳ねていた。


「ひゃっほーっ!」


 私は奇声を上げた。当然、来寿様の耳にも入っている。

 来寿様は振り向いた。その顔に苦笑が浮かんでいる。それを見て、私の脳内に「その表情は何だ」と文句の言葉が閃いた。しかし、私の顔は笑顔のままだ。


 ああ、鰻の蒲焼き。鰻の蒲焼き。


 私の脳内は鰻の蒲焼きで一杯になっている。それを食した過去の記憶が、走馬灯のように閃いている。その中に、新たな記憶が追加される。もう直ぐ、それは叶う。そうなるはずだ。そうなるべきだ。

 ところが、そうはならなかった。


 私が「ひゃほーっ」の後に「うほほーいっ」と奇声を上げた直後、魔王城内にけたたましい音が鳴り響いた。

 それを聞いた瞬間、私の体が凍り付いた。しかし、私の思考回路は優秀だ。現況を正確に理解している。


 こんなときに魔物だと!?


 魔王の森には魔物感知器が設置されている。それが反応したことで、城内に警報が鳴り響いたのだ。

 音が大きい。間違いなく女神の失敗作だろう。これを放置したならば、絶望的な運命が待っている。私の脳内に、女神の失敗作がもたらした数々の惨劇が閃いた。


 魔物を放置する訳にはいかない。しかし、目の前には鰻の蒲焼が有る。

 二者択一。しかし、考えるまでも無い。結論は出ている。


 魔物の処理が先だ。


 私は魔物討伐を宣言すべく、来寿様を見た。

 このとき、来寿様は七輪の上から金網を取り去っていた。金網の上には、タレに塗れたアボレス(鰻の王)の切り身が乗っている。それが目に入ると、私の食欲が大いに騒いだ。

 しかし、耐えた。奥歯を思い切り噛み締めて耐えた。背に腹は代えられないのだ。


「来寿」


 私は来寿様に声を掛けた。すると、来寿様は割烹着を脱ぎながらコクリと頷いた。

 起きて早々の魔物退治。互いに、それを面倒とは思うまい。しかし、恨みには思う。


 食べ物の恨み、無粋な魔物の体と魂に存分に刻み付けてやる。


 私の全身から殺意の炎を吹き上がった。それを周囲に撒き散らしながら、来寿様と共に戦闘準備に取り掛った。

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