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魔王と侍の封印生活 The Survivors  作者: 霜月立冬


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第五十四話 湖底から

 石と炭と氷の樹木が立ち並ぶ、奇怪な森林地帯。

 嘗て、そこは「石化の森」と呼ばれていた。しかし、今は森の支配者に因んで「魔王の森」と改称している。


 美しき森の支配者(魔王)の名はウィルミア・デストランド。即ち私である。


 現在、私は森の湖畔の居城(封印魔王城)にて、我が騎士にして王子様(予定)である愛洲来寿(アイス・ライス)様と一緒に、優雅な朝食を摂っている。


 魔王城の食堂は、樹木網に囲まれた三十三平方メートルほどの中央広間である。その中心に設置した円卓で、私と来寿様は並んで着席している。

 私達の手元の卓上には、それぞれ一人前の膳が置いてある。

 私達の背後には、魔王軍の精鋭達が並んで立っている。精鋭と言っても人間ではない。人形(ゴーレム)である。


 そもそも、この世界(封印世界)には、私達以外の人間はいないだろう。それを寂しく思う者もいるかもしれない。しかし、今の私にとっては「だからどうした」と言ったところだ。

 そもそも、元の世界(ネフィリム)に会いたいと思う人間などいない。こちらに来られても迷惑なだけ。


 私にとって、必要な人間は来寿様唯一人。


 二人きり(人形はカウントしない)の状況に、不満など有ろうはずはない。私は内心で胸をトキメかせ、心を弾ませながら、来寿様が作った手料理を存分に堪能している。これ以上の幸せが有るだろうか? 例え料理に不満が有ったとしても。


 因みに、今日のメニューはキメラの肉を使った野菜炒めとスープ、各種芋類の煮物である。芋を含めた野菜は城内菜園から採ったものだ。

 メニューの中で、前者二つは日によって変わる。しかし、後者の芋は絶対付いてくる。私達にとっては重要な栄養素、炭水化物の供給源だ。

 何しろ、私達は毎日のように命懸けの激しい戦闘を繰り返している。エネルギーの消耗が激しいのだ。


 因みに、私は薩摩芋が好きである。この世界に自生していたことは、私にとっては二番目に嬉しい奇跡である。

 一番は、言わずもがな来寿様と一緒にいることだ。


 芋は、まあ、薩摩芋が多ければ文句は無い。しかし、他の料理に関しては、時折文句の言葉が喉元まで込み上げる。

 キメラの肉は、正直マズ――美味くは無い。とても筋張っている。来寿様は長時間煮込んだようだ。それでも、未だに藁を噛んでいるような歯応えが残っている。いや、それしか無い。野菜が柔らかい分、違和感が凄まじい。どれだけ手を加えようとも、絶対に美味しくならないと確信できる。

 しかし、実のところ味などは些事である。私にとって、()()は世界最高峰のご馳走なのだ。


 来寿様(私の王子様)の手作り。その上、来寿様(私の王子様)と一緒に食事している。これ以上、何を望めと言うのか? 


 私は緩む頬を必死に引き締めながら、藁の如きキメラの肉を噛み締めている。百回くらい咀嚼して、飲み込んだ。

 その直後、掠れた声が耳に飛び込んできた。


一寸(ちょっと)、気になっていることが有るのだが」

「?」


 来寿様が食事中に声を上げた。その事実に対して、私は首を傾げた。


 来寿様は、食事中は終始無言なのだ。それがアシハラの作法なのだ。それを、来寿様は尊寿している。それなのに、敢えて声を上げた。

 真面目な来寿様が、作法を破ってまで言いたいこと。それが何なのか、気にならないはずもない。

 私はフォークを置いて、来寿様に向き直った。続け様に、来寿様の糸目をジッと見詰めた。

 すると、来寿様の薄い口が僅かに開いた。


「城の前の湖のことなのだか」


 湖。その言葉を聞いて、私は反射的に南側に視線を向けた。


 封印魔王城の前には、海と錯覚するほど巨大な湖が有る。その豊富な水源が、私達の生活を強力に支えている。その事実を思うと、思わず頭を下げたい衝動に駆られる。

 ぺこり。私は会釈した。続け様に、再び来寿様の方を見た。

 私が振り向いた瞬間、再び来寿様が口が開いた。そこから飛び出した言葉は、私にとっては意外なものであった。


「あの中に、魔物がいるということは――無いよな?」


 来寿様の言葉を聞いて、私の眉根が僅かに歪んだ。

 湖の中に魔物。そんなもの、いてたまるかである。私は「ふん」と鼻で笑った。


 そもそも、魔王の森(我が領土)には警報装置が有る。それは城内にも設置している。先だって、来寿様も一緒に設置したではないか。

 もし、魔王城の至近に魔物がいたならば、今頃警報が鳴り響いて――と、そこまで想像したところで、私の脳内に過去の出来事が閃いた。


 湖には「ヒドラ」を沈めたよな?


 ヒドラ。九つの頭を持つ不死身の魔物、女神の失敗作である。それを退治する際、私は奴を樹木球の中に封印して湖底に沈めた(第四十一話参照)。

 恐らく、ヒドラは未だ生きている。しかし、警報は鳴っていない。ヒドラが発する魔力が警報装置まで届いていないのだ。


 ヒドラほどの強力な魔物の魔力が届かない。そもそも、装置を設置したのは地上なのだ。湖底に他の魔物が潜んでいても、装置が作動しない可能性は否定できない。


「有り得る――のか?」


 私は眉根を歪めながら、様々な可能性を想像した。その最中、再び来寿様の声が耳に飛び込んできた。


「俺は何度か湖で魚釣りをしているのだが――」


 来寿様の言い分には、それなりの根拠が有った。


「ここの湖、魚がいないよな?」


 魚どころか、他の水生生物もいない。その事実は、私も毎日の食事で思い知らされている。

 しかし、生き物が全くいない訳ではなかったようだ。


「この前、奇妙なものが釣り上がった」

「奇妙なもの?」

「『スライム』だ」


 スライム。粘液状の魔物である。対象のへばり付き、覆い尽くして捕食する。

 元の世界(ネフィリム)にもいる魔物だ。この世界(封印世界)に於いては雑魚と言う他無い。スライム程度の微小な魔力では、私が造った警報器も作動しない。今更スライムなどと、鼻で笑いたくもなる。

 しかし、笑えなかった。スライムが存在していたという事実が、私の首を傾げさせた。


「湖にスライムがいるのか」

「いた」

「妙だな?」

「妙だろう?」


 この世界(封印世界)元の世界(ネフィリム)の魔物は殆どいない。例外と言えるものは、今のところガルガンチュアだけだ。

 女神がスライムを封じるはずもない。女神の神機をスライムに使うもの好きも、いるとは思えない。

 しかし、スライムがいた。何故なのか? 考えてみたものの、答えは閃かない。それを解明する方法は、今のところ唯一つ。


「調べてみるか」


 私は湖底探索を決意した。

 優雅な食事を終えた後、私は直ぐ様探索に必要な道具作成に着手した。

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