第五十三話 発条仕掛けの人形
生い茂る石化した樹木群。その中で、巨大な獅子と鉄製の人形が対峙している。その様子を、石化した樹木の影から女神に似た美少女が見詰めている。
獅子は、獅子のようで、獅子ではなかった。その巨大な背中には、大きな山羊の顔が生えていた。その尻尾は、これまた大きな蛇、大蛇であった。
獅子は「キメラ」という魔物である。それと対峙する人形も、普通の人形ではない。
人形は魔法生命体、鉄人形である。その名を「蹄鉄」という。
残る一人、女神に似た美少女。彼女は可憐な乙女であった。清楚という言葉が服を着て歩いているような淑女である。しかし、普通の淑女ではない。
少女は魔王であった。その名を「ウィルミア・デストランド」という。即ち私のことだ。
自分の容姿に関しては、人目を惹く方だと自覚している。しかし、この場にいる者は、誰も私を見ていない。
キメラの三対の目は、完全に蹄鉄に照準を合わせている。
蹄鉄の方も、打刀を正眼に構えてキメラの様子を窺っている。
私一人蚊帳の外。しかし、これは好機である。それも二つの意味で。
私がキメラの不意を衝く好機。これを逃す手は無いだろう。
蹄鉄が真価を発揮する好機。しかし、今の蹄鉄の構えでは、その真価は発揮されまい。
蹄鉄は正眼。それ、即ち待ちの構えである。
待っていては駄目なのだ。蹄鉄の反応速度では、相手の攻撃を躱せない。もし、相手の攻撃が蹄鉄の体を破壊するほどの威力を持っていたならば、そこで戦闘終了だ。
現況を鑑みて、私は決断した。それを実行すべく、敢えて奇襲の好機を捨てた。
「蹄鉄っ!」
私は蹄鉄に向かって大声を上げた。すると、蹄鉄の体がビクリと震えた。それと同時に、キメラの三対の目の中に私の顔が映った。
私の存在がキメラにバレてしまった。今直ぐにでも襲われるかもしれない。しかし、その危険を冒してでも、蹄鉄に伝えるべき言葉が有った。それを叫んだ。
「発条を使えっ!」
発条。グルグル螺旋を描く鉄の棒である。私がそれを告げると、蹄鉄の構えが変わった。
蹄鉄は、打刀の切っ先をキメラに向けながら、刀身を顔の横に引き付けた。霞の構えである。
蹄鉄は構えを維持したまま、膝を曲げて腰を落とした。その際、キメラに頭頂部を見せるかのように前屈みになっている。その変化は、私だけでなく、キメラの視界にも映っていたようだ。
キメラは、再び蹄鉄を見た。続け様に、獅子の口が咆哮を上げた。それと同時に、蹄鉄の方へと突進した。
数秒前の蹄鉄であれば、反応できずにキメラの突進を受けている。しかし、今の蹄鉄であれば、余裕で先手を取ることができる。
私の想像は、直ぐ様具現化した。
キメラが突進した瞬間、蹄鉄の体が消えた。
蹄鉄はどこに行ったのか? 探す必要は無かった。
蹄鉄の体は、キメラの真ん前に有った。キメラの突進を抑え込むような状態になっている。
実際、キメラは動けない。動きたくても動けないだろう。
蹄鉄が握っていた打刀は獅子の額に埋まっていた。それも、鍔の辺りまで。普通の生き物であれば、完全に致命傷である。
一体、何がどうなって、こうなったのか? 私の視力(魔力底上げ済み)を以てしても、現況に至る過程をハッキリ視認できなかった。しかしながら、結果から推測することは容易だ。
蹄鉄は、キメラと同時に前に飛んでいた。
初動はキメラの方が速かっただろう。しかし、途中で蹄鉄が追い抜いた。蹄鉄の移動速度の方が速かったのだ。これには来寿様も吃驚であろう。
女神の失敗作に勝る驚異の瞬発力。それを可能にした要因は、蹄鉄の全身に埋め込まれた大小様々な「発条」であった。
内蔵した発条を収縮したり、開放したりすることで、蹄鉄の運動能力は爆発的に向上した。それが十全に機能するよう、関節も調整した。
鉄という強靭で粘り強い素材を活かした、私なりの鉄人形強化法である。そこに目を付けるとは、やはり私は天才だな。えっへん。
かくして、蹄鉄はキメラから先手を取った。
蹄鉄は、獅子に埋め込んだ打刀を真上に向かって斬り上げた。
蹄鉄の打刀には魔法「鬼神の妖刀」を掛けている。女神の失敗作の体であろうと、豆腐のように切り裂ける。
獅子の頭はアッサリ割れた。大きく開いた傷口から、血飛沫やら脳漿やらが飛び散っていく。即死級のダメージだ。
しかし、その程度の傷で倒せるほど、女神の失敗作は甘くない。
獅子の頭が割れた直後、キメラの背中に生えた山羊が鳴いた。耳をつんざくほどの大音響が化石の森に響き渡る。とても煩い。可憐な私の耳が悲鳴を上げている。思わず涙が出た。
しかし、泣いている場合ではない。その痛み以上に気になる現象が、私の視界に映っている。
割れた獅子の頭が、これまでの出来事を巻き戻すかのように、急速に修復されていく。「あっ」という間に元通りである。恐ろしい回復力だ。しかし、魔法を使う私にとっては既知、見慣れたものである。
あの山羊は、回復魔法を使うのか。
私の回復魔法も、致命傷から完全修復することができる。しかし、それを敵が使うとなると厄介この上ない。
要するに、山羊の頭が有るとキメラを倒すことは不可能だ。その事実は、私達にとっては大変不都合である。しかし、都合の良いことも一つ有った。
山羊が大声で鳴いたことで、初夢トリオが現場に駆け付けたのだ。味方が増えたこと、とても心強く思う。しかも、初夢トリオは殺る気満々だ。
初夢トリオは、現場に着くや否や抜刀。今にもキメラに飛び掛かろうとしている。例え女神の失敗作であっても、私達が束になって掛かれば倒すことは容易だろう。しかし、私は――
「待て」
敢えて初夢トリオを制した。すると、初夢達は不満げな顔で私を睨んだ。しかし、私は怯まない。
私は初夢達の視線を受けながら、彼女達を止めた理由を告げた。
「ここは、私と蹄鉄で仕留める」
初夢トリオは、依然として不満げな表情を浮かべている。しかし、脚は動かない。私の指示に従って、その場に踏み止まっていた。その様子を確認したところで、私は蹄鉄に向かって声を上げた。
「蹄鉄っ、奴の動きを止めろっ」
私が声を上げるや否や、蹄鉄は再び打刀を獅子の顔に突き立てた。しかし、その行為の意図は攻撃ではない。
蹄鉄は打刀を埋め込んだ後、それを手放した。これにより、蹄鉄の両手が空いた。蹄鉄は、私の命令を忠実に実行した。
蹄鉄は、両手を獅子の口に捻じ込んだ。右手は上顎、左手は下顎である。そのまま強引に獅子の口を開こうとする。しかし、当然ながらキメラも抵抗する。
獅子の前足が蹄鉄の肩を引き裂いた。蹄鉄の体に深い爪痕が穿たれた。
尻尾の大蛇が蹄鉄の体に巻き付いて、それをきつく締め上げる。その力はすさまじく、蹄鉄の鉄の体にひびが入っていく。
このまま放置すれば、蹄鉄の体はバラバラに分解されてしまうだろう。しかし、それを許すほど、魔王は甘くもなく、薄情でもなかった。
蹄鉄がキメラを抑え込んでいる間に、私の呪文は完成していた。
「天帝の雷霆」
私の頭上には、既に暗雲の渦が発生中。その中心から、落雷の如き極太の雷光が迸った。
雷光は、私の頭上からキメラの胴体へと伸びていく。その眩い光は、キメラの三対の目にも映っているだろう。しかし、躱せない。
私が放った雷光は、キメラの胴体に直撃した。その光の中に、山羊の頭も巻き込まれていた。大蛇の胴体までも巻き込まれていた。
雷光が収まった後、後に残っていたのは獅子の顔と獅子の四肢。後は――臀部。この状態から回復する能力も、手段も、今のキメラには無かった。
キメラは立ったまま絶命していた。
かくして、私と蹄鉄のコンビで女神の失敗作を討伐したのだ。蹄鉄偉い。私も偉い。初夢トリオも拍手している。
今回の件、とても良いサンプルとなった。蹄鉄の改造は大成功である。この成果は、早速他の人形達にもフィードバックした。
しかし、素材が黄金であるが故、蹄鉄ほどの強化はできなかった。だからと言って、鉄の体にすることにも躊躇いを覚える。
黄金の優秀な魔力伝達率を犠牲にするのは勿体ない。
黄金人形は、鉄人形より活躍の場が多い。汎用性が高いのだ。その事実を鑑みて、私は敢えて現況で妥協した。
以降、私達の中では「技の黄金人形、力の鉄人形」として、個別の戦法を確立していくこととなった。だからと言って、私は更なる強化を諦めた訳ではない。
二つの性能を併せ持つ人形を、いつか造ってやろうじゃないか。その名もV――いや、うん? 何を言うつもりだ? 私は。




