第五十二話 警報の森
凡そ、この世のものとは思えない森林地帯。石の樹木、凍り付いた樹木、樹木型の炭。異常な樹木が立ち並んでいる。
ここは魔王領、通称「化石の森」。しかし、その呼称も今日限り。
領主である私、ウィルミア・デストランドは、化石の森改造計画に着手した。魔王軍総出(九名)の大事業である。
森というだけあって、それなりに範囲が広い。その為、魔王軍を二つの班に分けている。私の班と、愛洲来寿様の班である。
来寿様班のメンバーは、来寿様と松竹梅。
私の班のメンバーは、私と初夢トリオ。それと――蹄鉄である。
班の分け方に付いては、私も色々考えた。正直に胸の内を言えば、私は来寿様と一緒に行動したい。しかし、それでは戦闘力の偏りが著しい。
私は泣く泣く、渋々、仕方なく、来寿様とは別の班に入った。この判断に関しては、我ながら成長したなと思う。
少し前の私であれば、全力で駄々を捏ねていた。そんな訳はないと否定したいが、その様子が鮮明に想像できてしまう。
嘗ての私は、無様というか、我が儘が過ぎるというか――まあ、考えないようにしよう。
私と来寿様が別の班になったことで、私の脳内に「男女」というカテゴリーが閃いた。その直感に従えば、蹄鉄は来寿様の班に入ることになる。
しかし、私は躊躇いを覚えた。
蹄鉄は、私の目の届くところに置いておいた方が良いのでは?
蹄鉄には様々な改造を施している。それが十全に機能するか否か、造物主としては確認しておきたい。そもそも何か有った場合、対応できるのは私しかいないのだ。
私は造物主としての責任を果たすべく、蹄鉄を自分の班に入れた。その判断に対して、来寿様達も「それが良い」と首肯した。
班分けが完了したところで、私達は早速行動開始した。
封印世界では何が起きるか分からない。できるときにやらなければ、永遠に機会が巡ってこない可能性は否定できない。
私達は、それぞれ秘密道具が入った革製リュックを背負った。結構重い。魔力で膂力を底上げしていなければ、持ち上げることすらできなかっただろう。重いので、荷車を使いたい衝動に駆られる。
しかし、今回の作戦は個々で作業することになる。荷車はお城で留守番だ。
私達はリュックを背負ったまま、それぞれ森の東端(来寿班)、西端(ミア班)を目指して移動開始した。
移動に関しては、魔力で体力を底上げしているので余裕である。
私達は調子に乗って、結構な速度で走った。その甲斐有って、一時間と経たずに森の際(西端)に到着した。その事実を直感したところで、私達は本格的に森の改造を開始した。
具体的に何をするかと言えば、森の樹木群に「音叉」を付けて回るのだ。
音叉。「U」字型に曲がった鉄の棒である。衝撃を与えることで特定の振動、或いは音を発生する。しかしながら、私が作ったものは衝撃では機能しない。
私の音叉は、魔力に反応して振動する。
音叉の振動は、周囲の音叉と共鳴して、森全体に響き渡る。その振動が、封印魔王城に設置した巨大音叉を震わせる。その際、城内に警報が鳴り響くよう設計している――と、いう訳だ。
要するに、森に魔物が入ったことを知らせる警報装置である。
警報装置に付いては、以前から構想を練っていた。ガルガンチュアの巨躯を得たことで、漸く完成することができた訳だ。ガルガンチュア様々である。
その事実を思う度、私は蹄鉄に向かって手を合わせている。
今も、初夢トリオの後ろ(最後尾)にいる蹄鉄に向かって、心中で礼を言いながら頭を下げたところだ。
蹄鉄の方も、私に向かって会釈した。私が頭を下げたのだから、当然の反応だろう。そもそも、私は蹄鉄の造物主である。蹄鉄が私に敬意を払うのは当然なのだ。そのはずなのだ。
しかし、何事にも例外は有るようだ。
私はチラと初夢トリオに一瞥をくれた。それぞれの額に浮かんだ文字(富士、鷹、茄子)を見ると、私の眉は歪に歪む。脳内には文句の言葉が閃いた。
何で? この子達は、私ではなく、来寿様に懐くの?
一体、誰に似たのだろう? 私は「はあ」と溜息を吐いた後、引き続き音叉設置作業に取り掛かった。
私達は現場で散開した。それぞれが、リュックに仕舞った音叉を樹木に取り付けていく。
因みに、音叉の最下部(『U』の字カーブ辺り)にはドリル状の太い針が付いている。樹木に取り付ける際、針を木の幹や枝に捻じ込めば良い。我ながら、気が利いていると思う。来寿様からもお褒めの言葉を頂いている。
掛かる手間は、なるべく省いた方が良い。例え自分がやらない作業であっても。
私達は鼻歌を歌いながら、楽しく音叉設置作業を続けていた。その最中、私が握る音叉が震え出した。
一瞬、私の魔力に反応したかと錯覚した。しかし、直ぐに「それは無い」と思い直した。
私の魔力の周波数は分かっている。それに反応しないよう、予め設定している。それに反応してしまっては、警報がずっと鳴り響くことになるからな。
私は咄嗟に周囲を見回して、魔力の許を探った。すると、近距離から音叉が震える音が聞こえた。
結構な数の音叉が震えている。その事実が、私に一つの事実を確信させた。
これは、間違いなく魔物だ。
私は最も音が煩い音叉の方へと走った。
化石の樹木が密集する中に、リュックを背負った蹄鉄の姿が有った。他の人形達の姿は無い。未だ作業中なのだろう。
蹄鉄は作業を止めていた。いや、できなかったというべきか。
蹄鉄は、腰に差していた金属製の打刀を抜いていた。それを正眼に構えている。蹄鉄の足下には、取り付けそこなったと思しき音叉が落ちていた。
音叉は、現在進行形で激しく震えている。その変調の原因は、蹄鉄の真正面にいた。
そいつは巨大な獅子であった。全長は五メートルほども有るだろう。別の生き物と錯覚するほど大きい。しかし、外観は獅子そのものである。それを見て、私は巨大な獅子と錯覚した。
しかし、どうやらそうではないようだ。
獅子の頭の上から、大きな山羊の顔が覗いている。獅子の顔に匹敵するほど。それを見て、私は獅子の背に巨大な山羊が乗っているのかと錯覚した。
しかし、そうではなかった。
私が山羊の頭を見た直後、今度は獅子の背後から大蛇の顔が飛び出した。それを見て、私は獅子の体に大蛇が絡みついているのかと錯覚した。
しかし、そうではなかった。
山羊の頭(及び首)は、獅子の背中から生えていた。大蛇は、獅子の尻尾であった。その異様な全容を直感した瞬間、私の脳内に創世記に記された魔物の名前が閃いた。
こいつ「キメラ」か。
キメラ。様々な生物を合体させた合成魔獣、或いはその総称である。以前戦ったコカトリス、及びグリフォンもキメラである。
キメラの語源というべき存在が、蹄鉄の目の前にいる魔物であった。




