第五十一話 物質の魔力伝導率
封印魔王城内には、剣の技を磨く鍛錬場が有る。今、その部屋に私、魔王ウィルミア・デストランドを含めた魔王城の住民が集結している。総勢九名。
それぞれが、樹木網に囲まれた十メートル四方の広間で座っていたり、立っていたりしている。
今日は、我が騎士にして王子様(予定)、愛洲来寿様の剣術指南の日。私達は、それぞれ小袖と袴を身に着けて、剣の鍛錬に臨んでいる。
鍛錬場の中は、女神の神殿ような厳かな空気が漂っていた。その中心で二人の剣士が対峙している。
一方は、指南役である来寿様。もう一方は、松竹梅の松太郎である。
それぞれ中央部から一・五メートルほど離れて、木刀を正眼に構えている。
彼我の距離は凡そ三メートル。木刀の間合いに入るには、もう少し距離を詰める必要が有る。攻撃する為には、移動するしかない。
しかし、どちらも全く動かない。
何れが先に動くか。先に動いた方が勝つのか? 負けるのか? 私達観客は固唾を飲みながら試合の様子を注視していた。
暫く、凡そ一分ほど経った。それを直感した瞬間、事態が動いた。
先に動いたのは――来寿様だ。
来寿様は、正眼から下段に構えを変えた。その際、これまで張っていた気が緩んだ。その感覚が、私に「隙ができた」と直感させた。
私ならば、ここで攻撃する。
私の考えは、松太郎の脳内にも閃いていた。
松太郎は一足飛びに突っ込んだ。「あっ」という間も無く、松太郎の体が木刀の間合いに入った。
その刹那、来寿様の両腕が神速で奔った。来寿様の木刀が、下から上へと刷り上がる。
このとき、既に松太郎は木刀を上段から来寿様の頭目掛けて木刀を振り下ろした。しかし、それは届かなかった。来寿様の木刀が、松太郎の木刀を下から上へと弾き返したのだ。
来寿様は、弾き返すと同時に松太郎の左側に擦り抜けた。その際、木刀を真横に振るって、松太郎の左脇下の胴を打った。勝負あり、である。
この結果を間近に見たことで、私は漸く来寿様の太刀筋の意図を直感した。
来寿様は態と隙を作って相手を誘ったのか。
相手を動かして、その先手を取る。来寿様の流派、陰流(正式名称は『愛洲陰流』)の極意「後の先」である。
後の先。本当は別の名前らしい。確か「マロバシ」と言ったか。臨機応変という意味のようだ。しかし、私達には「こちらの方が分かり易かろう」ということで、後の先と呼称している。
相手がこちらの意図通りに動いたならば、制することは容易い。松太郎はしてやられたという訳だ。
尤も、後の先にも対処法が無い訳ではない。
相手の動きを誘発することが極意ならば、こちらから動かなければ良い。
不動の構え。しかし、それは来寿様に対しては悪手である。
来寿様は、陰流だけでなく、他流派の技も極めているのだ。それを習得した理由(第二十九話)は、来寿様にとっては不本意なのだが。
兎にも角にも、来寿様は真実剣の天才である。それを目にする機会は、存外早く巡ってきた。
来寿様と松太郎が互いに礼をした後、今度は最奥に控えていた大柄な男子が立った。
鉄の肌をした、十五歳くらいの男子である。他の黄金人形達より一回り大きい。その額には、丸まった「U」の字が浮かんでいる。
その人形は、ガルガンチュアの体と魔石から造った鉄人形だ。名前は「蹄鉄」という。額の文字は、その名前通り蹄鉄を表していた。とても、格好良いと思う。
一体、誰が蹄鉄という素敵な名前を考えたのか? そのセンス抜群の偉人の名は、ウィルミア・デストランド。私である。えっへん。
蹄鉄の名前を考えたとき、私の脳内に馬の蹄が浮かんだ。何故かは不明だ。しかし、私は敢えて直感に従った。
その名前を告げると、蹄鉄はコクリと頷いた。その瞬間、私はその場で小躍りした。初めて私の名前が採用されたのだから当然だ。
世界一可愛い魔王と言えど、歓喜の舞を披露しても不思議ではない。
蹄鉄の額を見る度、私の胸は躍った。今も、心中で「蹄鉄頑張れ」と応援しているところだ。
造物主が見守る中、蹄鉄は来寿様と対峙した。
来寿様と蹄鉄は、先ほどの試合と同じく、どちらも正眼の構えを取った。それを維持したまま、一分ほど時間が過ぎた。それを直感した瞬間、またしても来寿様が先に動いた。
来寿様は、木刀の切っ先を蹄鉄に向けたまま、刀身を真横に引き付けた。霞の構えである。
その際、来寿様は一瞬気を緩めている。その事実は、私も、恐らくは黄金人形達も直感している。それに対して蹄鉄はというと――微動だにしていなかった。
正しく不動。誘いに乗らなければ、後の先を取られることも無い。私は心中で「蹄鉄偉いぞ」と拍手した。その直後、再び来寿様が動いた。
来寿様は木刀を大きく掲げて――大上段に構えた。それを見た瞬間、私と黄金人形達の体がビクリと震えた。全員、両手を掲げて耳を塞いだ。
その直後、来寿様が絶叫した。
「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
私達の体が震えた。鍛錬場まで震えた。私達が衝撃を実感したとき、既に来寿様の体が前に飛んでいた。
来寿様は、一足飛びに蹄鉄の間合いに入った。対戦相手が来寿様であったなら、打ち込まれているだろう。しかし、来寿様は止まらない。
蹄鉄の至近まで近付いて、大上段から木刀を振り下ろした。神速の真っ向唐竹割りである。
来寿様の攻撃に対して、蹄鉄は対応できなかった。いや、もっと正確に言おう。
蹄鉄は全く動いていなかった。
蹄鉄は、正眼に構えたまま脳天に木刀を受けていた。その事実を目の当たりにして、私は蹄鉄が不動であった真の理由を直感した。
此奴、来寿様の動きに全く反応できていなかったのか。
蹄鉄は、どうやら一寸鈍いようだ。少なくとも、他の黄金人形達より反応速度、及び反射神経が劣っている。その事実を、今更ながら思い知った。
蹄鉄と、他の人形達との能力差。その原因は何なのか? 調べてみると、どうやら本体の構成物質が原因であると判明した。
原因を一言で言うと「魔力伝導率」である。どうやら、鉄より黄金の方が魔力の通りが良いようだ。
人形にとって、魔力は人間でいうところの血液であり神経である。その巡りが良ければ、運動能力も、思考能力も向上する。
私が創った人形の中では、今のところ黄金が最も伝導率が高い。序に言えば、同じ構成物質であっても純度の違いで伝導率は変わるようだ。それは、全ての物質に共通する。
しかし、何事にも例外が有る。私の知るものの中では、来寿様の村正である。
村正の刀身は炭素鋼、即ち様々な物質を混ぜた合金である。しかも、部位によって炭素含有量の異なるものを使っている。それなのに、魔力伝導率が高い。何故なのか?
村正の構造を解析したところ、特殊な魔力伝達回路が組み込まれているようだ。一体、如何なる製造方法を用いたのか?
私は自分に分かる範囲で真似をしてみたた。すると、それなりに魔力伝導率が向上した。流石私である。
尤も、村正には遠く及ばない訳だが。
村正の製造方法。それが分かれば、魔王軍の更なる強化が望める。しかし、私の知識の中に、それは無い。来寿様も「造ったことが無いから分からん」とのこと。製造方法を知る方法は、外に出る以外に無いのだ。
要するに、現状では手に入らんということだ。
無いものを強請ったところで得られるはずもない。有るもので工夫する以外にないのである。蹄鉄の強化も然りである。
私は有るものから、蹄鉄の強化方法を考えた。
鉄人形の強み。それは何なのか? 考え抜いた末、私は閃いた。その力を蹄鉄に与えるべく、私は改造手術を行った。当然、結果は大成功である。
ああ、皆に新生した蹄鉄の力を披露したい。
私の望みが叶う機会は、存外早く巡ってきた。




