第五十話 被造物の悲哀
身長二十メートルの鉄巨人、ガルガンチュアを討伐した。歴史的快挙である。
しかし、魔王軍の偉業を称賛する者は、この世界にはいない。その事実を思うと、ほんの少し眉根が歪む。
しかし、魔王ウィルミア・デストランドにとっては些事である。どうでもいい。
私が気になっていることは、偉業達成の為に払った代償の方だ。
封印魔王城半壊。
玄関部分は完全に破壊された。その周辺から、外の景色を眺めることができる。とほほである。外部からの侵入を防ぐためにも、早めに修復すべきところ。
しかし、今はできない。何故ならば、私を含めた魔王軍一同、誰も動いていないからだ。
私達は円卓を囲んで睨めっこしている。私達の視線の先には、円卓の上に乗る拳大の赤い球が有った。
ガルガンチュアの魔石。
十個ある内、九個までは破壊した。相手は城を破壊した憎き敵。全部破壊しても良かっただろう。
しかし、一個だけ残された。何故なのか? その理由は、来寿様が教えてくれた。
「俺は壊そうとした。だが、人形達が止めたのだ」
何と、黄金人形達の意志である。人形達は、この魔石に何を見たのか? 興味が有る。
故に、我らは円卓の上に魔石を置いて、それを囲んで睨めっこしている。
私の視界に映った魔石は、綺麗な真紅である。凡そ狂った人形のものとは思えない。その事実が、私の首を斜めに傾げさせていた。
私自身、魔石は何個か造っている。魔石に関する知識も万全だ。尤も、私が創る物に間違いはない。不具合のある魔石など、見たことは無い。それでも、それが如何なるものかは分かる。
真面な魔石は綺麗な赤。不具合が生じるほど濁り、くすみ、黒に近付いていく。その知識が有るからこそ、今見ている魔石が正常であると分かる。その想いが、口から零れ出た。
「真面な魔石も有ったのだな」
ガルガンチュアは狂った人形だ。奴の暴走で、三つの国が滅んだ。その例を鑑みると、奴に埋め込まれた魔石が真面であるはずが無い。しかし、その想像は外れていたようだ。
因みに、破壊された魔石は全て真っ黒であった。ガルガンチュアの体が鉄であるが故、見分けが付かずに斬り捨てられている。
しかし、この一個。胸部から飛び出た魔石だけは綺麗な真紅であった。何故なのか?
私は首を捻った。来寿様も首を捻っている。しかし、六人の人形達は、直立不動の姿勢で魔石をジッと見詰めていた。
一体、此奴らは魔石に何を見ているのか?
人形達が話せたならば、その胸の内も分かるのだろう。しかし、それを可能にする手段は、今の私には無い。私にとって、現況の原因を知る手掛かりは、ガルガンチュアが記されたネフィリムの歴史書の知識だけ。
歴史書を紐解けば、何か分かるのかもしれん。
私は脳内に記憶された知識の断片から、ガルガンチュアに関する記述を諳んじた。
「昔、昔。或るところに聡明にして暗愚な王がいた」
何という国だったか。滅んだ国に興味は無いので覚えていない。しかし、ガルガンチュア誕生の記述だけは、忘れようもないほどハッキリ脳内に刻み込まれている。
「彼の国は山の際に在り、鉄が豊富に有った。王『鉄を使って、最強の兵を造る』と宣った」
巨大鉄人形開発計画。その発案者が、件の王である。王命とあらば是非も無し。
王国宮廷魔術師団を中心にして、国を挙げて巨大鉄人形の制作に取り掛かった。
このとき、現場で指揮を執っていた者が宮廷魔術師団長である。その名前は不明である。忌み名として、件の王共々歴史書には記載されていない。
魔術師団長に付いて分かっていることは、若年の女性であったということ。それから、王国始まって以来の天才ということ。その下りに関しては、私も共感を覚える。私も「魔王」と呼ばれるほどの天才だからな。
天才は、常人に無い発想をするが故に天才だ。例の十個の魔石は、魔術師団長の発案であった。初期案では、彼女一人で十個の魔石を造ることになっている。
ところが、ここで王の横槍が入った。
「魔石は、師団の魔術師が一個ずつ造るが良い」
彼の国の宮廷魔術師団は、師団長を含めて丁度十人いた。それぞれが魔石制作を担当することで、ガルガンチュア制作時間の短縮を企図していたようだ。王命とあらば是非もなし。
しかし、この判断が裏目に出た――と、私は思っている。
王の目論見通り、ガルガンチュアの完成は幾日か早まった。しかし、それは自らの最期を早めることとなった。
出来上がったガルガンチュアの威容を見て、王は浮かれた。身長二十メートルの鉄人形である。それが手足の如く動くとなれば、是非もなし。
王は、自身が世界の主になったかのように錯覚した。
王はガルガンチュアに隣国侵攻を命じた。その際、王城を含めた国の重要施設の破壊を第一義としている。
ガルガンチュアは、王命に従って、王城を破壊した。しかし、それは他国のものではなかった。
ガルガンチュアが真っ先に破壊した城は、自国のものであった。
ガルガンチュアは狂っていた。その変事を目の当たりにして、王は錯乱した。彼は宮廷魔術師団長を捕らえ、彼女に全ての罪を被せて処刑した。
この愚行が、王国の滅亡を決定的にした。
師団長が処刑されたところで、ガルガンチュアは止まりはしない。引き続き国の重要施設を破壊して回っている。
この事態に際して、王は漸くガルガンチュアの強制機能停止を命じた。しかし、それの命令を遂行できた者は、誰もいなかった。
強制停止方法を知っていたのは、処刑された魔術師団長だけ。その事実を知らされて、王も、国民も絶望した。
かくして、彼の王の国は自らが生み出した鉄巨人に滅ぼされた。
ガルガンチュアは、自国以外にも二つの国を滅ぼした。さらに被害が拡大する可能性も有った。しかし、忽然と姿を消している。
ガルガンチュアの消失。その理由に付いて、歴史書では「女神の奇跡」と記されている。
確かに、女神の奇跡と言えなくもないだろう。ガルガンチュアは女神の神器、封印の壺に封じられたのだから。
ここまでが、私が知るガルガンチュアに関する記述である。
全てを諳んじた後、私は「はあ」と息を吐いた。その直後、不意に視線を覚えた。それも複数個。
何となく、誰が見ているのか直感した。ユックリ視線を巡らせると、私の視界に黄金人形達の顔が映った。
黄金人形達は、それぞれ何か言いたげに私を見ている。もし、此奴らに声が出せたならば、私に想いを伝えただろう。私も、視線だけで意図や意思を理解できるとは言い難い。
それでも、言わんとしていることが何なのか、何となく分かった気がした。此奴らの想い、汲みたいと思う。しかし、その前に言わねばならぬことが一つ有る。
「この魔石、恐らく処刑された魔術師団長のものだろうな」
唯一真面に機能した魔石。件の師団長が全ての魔石を造っていたならば、歴史の内容は変わっていたのだろう。
私が魔石の正体(推測)を告げると、魔王軍一同「そうですね」と頷いた。
これにて魔石の謎は解決した。しかし、皆の顔に笑みは無い。それぞれ、顔に愁眉を浮かべている。私の顔にも、きっと似たような表情が浮かんでいるのだろう。
ガルガンチュア、及び魔術師団長のことを想うと胸が痛い。何とかしてやりたいと思う。しかし、全て過去の出来事。私達には、ガルガンチュアも、彼の魔術師団長も救えない。だからと言って、何もできないという訳でもない。
私達の目の前には、魔術師団長の遺志が籠った魔石が有った。
私は、私にできる唯一の弔い、魔術師団長の遺志を継ぐ方法を告げた。
「私は、これを使って新たな人形を造ろうと思う」
新人形の制作。それを告げた後、私は来寿様を見た。
来寿様は、私を見ていた。私と視線が合うと、コクリと頷いた。その反応を確認した後、続け様に黄金人形達を順番に見た。
黄金人形達は、全員私を見ていた。私と視線が合う度、それぞれコクリと頷いた。
かくして、魔王軍に新たな仲間が加わった。




