第四十九話 狂戦士達の宴
魔王を含めた全魔王軍(総勢八名)は、封印魔王城の裏口から城外へ飛び出した。その際、魔王軍きってのエース、愛洲来寿様から幾つかの指示を受けた。
「刀を振るときは交互に。脚を斬る際は楔形に」
簡潔である。しかし、私を含めて人形達もコクリと頷いた。
私達は、鉄巨人ガルガンチュア討伐作戦を実行すべく、それぞれの班に分かれて行動開始した。
ガルガンチュアの右脚切断担当班、私と初夢トリオは、城の裏手から時計回りに進軍。
ガルガンチュアの左脚切断担当班、来寿様と松竹梅は、城の裏手から反時計回りに進軍。
こそこそ壁際を回り込みながら、私達は城正面付近までやってきた。城の影からコッソリ城の正面辺りを見た。すると、そこに黒い山がそびえ立っていた。
身長二十メートルの巨大鉄人形、ガルガンチュア。奴は魔王城の真正面、玄関前で大暴れの真っ最中であった。
山のような巨躯とは思えない素早い動作。身体能力に関しては、奴の体内に埋め込まれた十個の魔石が十全に機能しているようだ。
魔王城の樹木網壁を勢いよく蹴り付けたり、殴り付けたり、狂戦士の如く激しい攻撃を繰り返している。
このような状況で、如何にして脚を斬るか?
今は――待つ。待つしかない。
ガルガンチュアの攻撃は、言うなれば闇雲である。規則性が無い。同じ攻撃を繰り返している訳ではないのだ。或いは、色々な攻撃を試しているように見える。現在の動作は続かない。ならば、機会は必ず巡ってくるだろう。
私は息を潜めて機会が巡ってくるのを待った。後ろに控えた初夢トリオも、私に倣って身を屈めている。
機会を待つ間、私の視線はガルガンチュアの左脚に釘付けだ。それは――とても太かった。
脚の直径十メートルほど有るだろう。一回の攻撃で斬り捨てることは難しい。私達が使う打刀の刃渡りは一メートルほどなのだ。
因みに、私と来寿様の得物は鋼鉄製である。黄金人形達の得物は骨刀だ。何れ、全員分を鋼鉄製に差し替えるつもりである。
丁度、目の前に良い素材が有る。あれを使いたい。
私の脳内には、既にガルガンチュアの体を使った様々な武器や魔法道具が閃いていた。それらを製作したい欲求にも駆られている。
しかし、全ては奴を倒した後の話だ。その機会が巡ってくるまで、私はひたすら待った。
ガルガンチュアの脚は、今も行儀の悪い幼児のように忙しなく動き続けている。その足下には、未だ誰の姿も無い。どうやら、来寿様達も機会を窺っている様子。
出るときは同時。
来寿様ならば、確実に仕留める機会を狙ってくる。こちらも、来寿様に合わせて飛び出せば、目的の達成は容易だろう。その可能性を信じて、ひたすら待った。今は、待つしかない。だからと言って、永遠に我慢できるものではない。
魔王城の損壊は著しい。それこそ、雪崩か津波にでも飲み込まれたと錯覚するほどに。しかも、現在進行形で破壊し続けられている。その様子が目に入ると。今直ぐ飛び出したい衝動に駆られる。
私はなるべく魔王城が視界に入らないよう、視線を調節した。しかし、それも無駄な努力。徒労である。
例え視界に入れないようにしても、音や振動から現況が分かってしまうのだ。それを意識するほどに、私の脚はソワソワと浮足立ってしまう。もう、脚が前に出掛かっている。
しかし、耐えた。今は耐えねばならぬ。
私は魔王軍の将、魔王ウィルミア・デストランドなのだっ!!
私は歯を食い縛って、必死に自制した。その我慢の甲斐は、どうやら有ったようだ。
私の視界に映った鉄巨人の動きが、大きく変化した。殴る蹴るを止めて、城の壁に両手を掛けている。
どうやら、絡み合う樹木を引き剥がすつもりのようだ。それが可能であれば、有効な攻撃方法と思えなくもない。しかし、それは愚行であった。
ガルガンチュアは踏ん張ろうと、両足を地面に着けている。その光景が目に入った瞬間、私は――飛び出した。
私の後に、初夢トリオも続いた。来寿様達も、私達と同時に飛び出していた。
それぞれが向かった先は、当然ガルガンチュアの足下だ。
私と初夢トリオは、ガルガンチュアの左足首を四方から囲んだ。その際、ガルガンチュアの足を跨いで、「×」の字を描くように対角線上に並んだ。
それぞれが位置に着いたところで、私と、私の真向かいにいる鷹乃が打刀を真横に振るった。その際、私達は刃先を僅かに上向きにしている。
私達が打刀を振り抜いた後、今度は富士子と茄子華が打刀を振るった。彼女達も、私達と同じく刃先を僅かに上向きにしている。
富士子達が打刀を振り抜いたところで、再び私と鷹乃が打刀を振るった。
これが、来寿様が指示した「交互」である。
来寿様は、互いの打刀で互いを傷付けないよう配慮したのだ。その慧眼と心遣い、正しく王子様である。魔王の配偶者に相応しいと言える。
しかし、来寿様の有能振りは、これに収まらない。来寿様の慧眼は、より先を見通していた。
来寿様から頂いた指示は二つ。それを実行する為、私も、鷹乃も、二撃目は打刀の刃先を僅かに下向きにしていた。
先に付けた切り口に対して、刃先が最奥で重なるように企図して振り抜いたのだ。
これが、来寿様が指示した「楔型」である。要するに、木こりが木を切るときの方法である。
楔形に削ることで巨木の安定性を奪い、その自重で薙ぎ倒す。その木こりの技を、私達は二撃加えることで実現したのだ。
私と鷹乃の行為の後、富士子と茄子華が同じ要領で振り抜いた。
その直後、私達が斬った個所が外れた。作戦成功である。それを視認した後、私はチラと横目でガルガンチュアの左脚を見た。
そこには物凄く括れた巨大な脚が有った。来寿様達も目的を達成していた。しかし、実行者達の姿は無い。
どうやら、来寿様達は既に安全な場所まで離れている模様。その可能性を想像した瞬間、私は走っていた。
向かった先は、魔王城の反対方向である。
私の後ろから、初夢トリオも全力で付いてきている。
私達は湖畔沿いに結構な距離を走った。その事実を直感した瞬間、背後から轟音が鳴った。その直後、地面が大きく揺れた。
何事か?
私は振り返って魔王城の方を見た。すると、そこには仰向けに横たわったガルガンチュアの姿が有った。
先程まで、ガルガンチュアは魔王城の樹木を引き抜こうとしていた。その際、真後ろに加重していたのだろう。その加重、及び体重に対して、あの痩せ細った脚では支えきれなかったのだ。当然である。そのように斬ったのだから。
ガルガンチュアの両脚は、足首付近から折れていた。あれでも工夫すれば歩けないことも無い。しかし、それを許すほど、私達は甘くない。
遠距離から攻撃するか? 或いは接近して攻撃するか?
私が迷った時間は、コンマ数秒。私は踵を返して、再び鉄巨人の許へと走った。すると、初夢トリオも私の後に続いた。
私としては、横たわる巨躯を手頃な大きさまで解体するつもりであった。しかし、それを易々と許すほど、ガルガンチュアは甘くなかった。
ガルガンチュアは立ち上がろうとはしなかった。しかし、全く動かなかった訳ではない。何と、寝転がったまま暴れ出したのだ。
身長二十メートルの鉄巨人が、激しく手足をバタつかせながら、無茶苦茶に転げ回っている。その様子は駄々っ子そのものだ。
尤も、あの巨躯で捏ねる駄々は、駄々の領域を著しく超えている。
ガルガンチュアが暴れる度、轟音と共に地面が激しく揺れた。その巨大な手に届くものは悉く叩き潰された。最早災害そのものである。
今のガルガンチュアに近付くことは、台風接近中に、小舟で沖に出るのと同じ。自殺行為に他ならない。その可能性を想像して、私は脚を止めた。すると、後ろに続凍てた初夢達も脚を止めていた。
ここから狙い撃つ。
私は攻撃手段を魔法に変えた。しかし、放つことができなかった。いや、その必要が無くなったというべきか。
私の視界には、魔王城前で暴れまくる巨大駄々っ子が映っていた。しかし、それだけではなかった。
鉄巨人に向かって猛然と突っ込む影が、四つほど有った。
来寿様っ!? それに松竹梅っ!?
来寿様達の行為、正しく狂気の沙汰である。
四人とも、ガルガンチュアの攻撃を避けながら、鉄の巨躯に張り付いて――斬り付けた。
来寿様に至っては、ガルガンチュアの上に乗って、打刀を振るいながら走り回っている。宛ら軽業師か、或いは猿か。狂戦士を超える異次元の狂人振り。
来寿様は、暴れ回るガルガンチュアの上で、飛んだり跳ねたりを繰り返している。遠目にみると、楽しそうに踊っているように見える。しかし、相手の攻撃を食らえば一発でペシャンコ、二次元化するだろう。それなのに、果敢に攻撃を続けている。
何と言うお方なのか。何という――狂人どもだ。
私は口を開けながら固まっていた。しかし、呆けていたのは私だけであった。
私の後ろにいた初夢トリオが、暴れ回るガルガンチュアに突っ込んだ。それを見て、私も続くべきかと迷った。
しかし、私の脚は動かない。
私が潰されたら、誰が蘇生するのだ?
私は遠くから様子を見守った。隙有らば魔法で援護するつもりだった。しかし、私に活躍の機会は巡ってこなかった。
私が機会を窺っている間に、ガルガンチュアの巨躯は細切れに解体された。中に入っていた魔石も、殆ど斬り捨てられていた。残っていたのは、真紅に輝く拳大の丸石が一個。それだけである。
狂人達の大勝利である。
かくして、ガルガンチュア討伐作戦は完遂した。
私達は、古代ネフィリムの三つの国を滅ぼした魔物を倒したのだ。歴史書に載るほどの偉業を果たした。幾らでも誇って良い。幾らでも自慢して良い。
しかし、私は胸を張れなかった。私の鼻も伸びなかった。私は立ち尽くしたまま、茫洋と魔王軍の様子を眺めていた。
黄金人形達は円形に並んでいる。その中心に、黒革鎧に身を包んだ痩身の剣士が立っている。
その剣士、来寿様は右手に握った打刀を頭上に掲げた。それに倣って、黄金人形達も打刀を掲げた。
その直後、来寿様が大声を上げた。
「えい、えい、おうっ!」
アシハラの勝鬨である。それに合わせて、来寿様は打刀を上下した。それに倣って、人形達も打刀を上下する。その様子を、私は蚊帳の外で見守っている。
このとき、私の目の端に涙が滲んでいた。
ううっ、私が皆の主なのに。私だけ除け者は酷いよ。
私は輪の中に加われず、一人寂しくサメザメと泣いてしまうのだった。




