第四十七話 造物主の葛藤
不気味な渦を巻く空の下、百を超える樹木が合体した奇怪な城が有る。
奇怪。今のところそのように表現する他無い。私、ウィルミア・デストランドの城、封印魔王城のことだ。
外観に関しては、今のところ手の施しようがない。複雑に絡み合った樹木群を弄れば、内部を含めて他の樹木まで影響を及ぼす。新たに外装を造るしかないだろう。
しかしながら、何を被せれば良いものか? 今一つ良い考えが思い浮かばない。考えが無いなら、行動もできない。
故に、私は朝から優雅に茶を嗜んでいる。魔王らしい高尚な暇潰しだ。
魔王城の中央広間。その中心に据えられた円卓には、私と来寿様が並んで座っている。
私達は、それぞれアシハラの着流し姿であった。尤も、私の衣装はスカート丈を詰めた改造和服である。アシハラには無いだろう。邪道だろう。しかし、それなりに気に入っている。
故に、他の者にもお勧めした。その成果が私の至近に並んでいた。
私、及び来寿様の後ろには、それぞれ三人ずつ和装の給仕が並んで控えている。
私の背後には、私と同じ格好をした、黄金の肌を持つ少女達が並んでいる。
来寿様の背後には、小袖袴姿をした、黄金の肌を持つ少年達が並んでいる。
前者は初夢トリオ(富士子、鷹乃、茄子華)で、後者は松竹梅(松太郎、竹次郎、梅三郎)である。
黄金人形達の傍に、テーブル付きのワゴンが有る。その卓上には、注ぎ口から湯気を上げる陶器のポットが乗っている。中身は薬草を煎じた茶だ。
因みに、薬草は城内菜園産である。その効能が如何ほどか、魔王自らが確認しているところであった。
私と来寿様の手元(卓上)には、薬草茶が入ったティーカップが置かれていた。私は早速取っ手を右手で掴んで一口啜った。
その瞬間、鼻腔に早朝の空気のような爽快感が突き抜けた。
美味しい。
一般人であれば、百点満点中百点を出す味だ。しかし、魔王である私の採点は厳しい。九十九点である。味に関しては、未だまだ改良の余地は有るだろう。しかし、今は満足せざるを得ない。いや、既に満足を超えて昇天しそうだ。
そもそも、現況では何を飲んでも百点以上の値になって当然なのだ。
来寿様と飲むお茶は世界一美味しい。
私の全身全霊が、無上の幸福感に打ち震えている。こんな時間がいつまでも続けば良い。そう願わずにはいられない。この機会を用意した黄金人形達には、感謝してもし切れない。
私は茶を啜りながら、チラと黄金人形達の様子を窺った。
黄金人形達は、直立不動で畏まっている。その姿を見ていると、質実剛健とか、実直勤勉という創世記由来の四文字熟語を想起する。
しかし、中身は意外に生意気だ。その事実を思うと、私の口が「へ」の字に歪む。その一方で、別の想いが胸を衝いた。
此奴らには意思が有る。
意志を持つ被造物。それはもう人間だろう。その事実を思う度、脳の重さが倍になったように錯覚する。その変調の理由が、私の脳内に閃いていた。
果たして、これからも人形を造ってしまって良いものだろうか?
人形が増えれば、より以上に快適な生活が送れる。外界の脅威に対しても、より多彩な対応策を講じることができる。
私と来寿様が生き残る為、人形を増産すべき。頭では理解できている。しかし、私は次の人形製造を躊躇っていた。理屈ではない。飽くまで気分的な問題だ。我ながら「魔王のくせに」と情けなく思う。
自分でも良く分からない真理である。何だろう? 何なのだろうな――と考えてみた。しかし、答えは出ない。いや、出させて貰えなかったというべきか。
私が考え込んでいると、外界から強烈な邪魔が入った。
突然、私の耳に何かの打撃音が飛び込んだ。その直後、床が僅かに揺れた。その振動を直感した瞬間、私はカップを卓上に置いた。続け様に、隣の来寿様を見た。
来寿様は、私と同じくカップを置いて、私の方を見ていた。私も来寿様を見ていたので、視線がバッチリあった。
その瞬間、私の心臓がトゥンクと鳴った。しかし、今はトキメキよりも気になることが有った。それが、私と来寿様の口から飛び出した。
「「地震?」」
地震。地面が揺れる自然災害である。来寿様も、私と同じことを考えていた。その事実に運命を覚える。私の脳内でチャペルの鐘が鳴り響いた。しかし、その幸せな未来を迎える為には生き延びる必要が有る。
私も、来寿様も、カップを片手に円卓の下に隠れた。少し遅れて、黄金人形達も円卓の下に隠れた。
私達は、それぞれ身を屈めながら、揺れが収まるのを待った。直ぐに収まってくれることを念じた。
しかし、揺れは収まらない。それどころか、ドンドン大きさを増していく。それに伴って、轟音が響き渡った。地震にしては奇妙な現象である。
謎の轟音を聞いていると、物凄く重いものを叩き付けているように錯覚する。
一体、何が起こっているのだ?
外の様子を確かめたい。しかし、揺れている最中に立ち上がることは難しい。それに、本当に地震だったら――怖いではないか。
私達は引き続き揺れが収まるのを待った。すると、至近でより一層大きな轟音が鳴った。
振動で体が跳ねた。円卓で頭を打った。滅茶苦茶痛い。私は涙目になって頭を抑えた。
このとき、他の者達も頭を打っている。
来寿様は根性で耐えていた。
黄金人形達は――頭を摩っただけ。此奴らに痛覚は無い。その反応も当然か。
もし、打った箇所が凹んでいたらならば修復せねばなるまい。しかし、今は後回しだ。
私も、来寿様も、黄金人形達も、一層体を小さくして身構えていた。私達は、それぞれ地震の本命、主揺動に備えていた。ところが、私達の想像は外れた。
最大の振動が起こった後、何故か揺れは収まっていた。
暫く待ってみたものの、再び揺れ出す気配はない。その現象を目の当たりにして、私は首を捻った。
これ、やはり地震ではないのでは?
私の脳内で、魔物の襲撃を含めた様々な可能性が閃いた。それを直感した瞬間、私は円卓から飛び出していた。
「一寸、外を見てくる」
私は直ぐ様玄関に向かおうとした。その矢先、来寿様が円卓から飛び出した。
「俺も行こう」
言うが早いか、来寿様は玄関の方へと走った。その様子を目の当たりにして、私も直ぐ様後を追い駆けた。
因みに、この城には窓は無い。世界全体に魔法「照らす光」が掛けられている。光を取り入れる必要が無い。換気に関しても、周囲を埋め尽くす樹木が常に酸素を供給している。
要するに、窓は必要が無いのだ。必要が無いので作っていなかった。外の様子を確認する為には、外に出る他無い。
私達は玄関扉の前に立った。
来寿様は、直ぐ様扉に掛かった閂を外した。それを脇に置くや否や、私は左側、来寿様は右側の扉を押した。
重厚な木製のドアがユックリ開かれていく。その空いた隙間を覗くと、視界に外の光景が映った。
魔王城の前には湖が有る。玄関を開ければ、真っ先にそれが目に飛び込んでくる。しかし、今は見えない。城と湖の間に巨大な影が有る為だ。
黒い――山? いや、人か?
山のように大きな黒い巨人であった。その身長は二十メートルほども有るだろう。人間の領域を超えていることは言うまでもない。
しかも、太い。マッシブな巨人だ。その逞しい体は金属のように光沢を帯びている。その威容を目にした瞬間、私と来寿様は同時に動いた。
私達は、開け放った扉をユックリと引き戻した。扉が閉まった瞬間、来寿様が声を上げた。
「あれは――何なのだ?」
あれ。黒い巨人である。正直に言えば、私も全くの初見である。知っているはずが無い。一般人であれば首を捻っている。
しかし、我はデストラ樹海の魔王ウィルミア・デストランド。博識な私の記憶の中に、それと思い当たる節が有った。
巨人の威容を見た瞬間、私の脳内に一つの言葉が閃いていた。それが、私の口を衝いて出た。
「あれは――『ガルガンチュア』だ」
ガルガンチュア。魔物である。しかし、その名称は種族名ではない。個体名だ。序に言えば、奴は女神の失敗作ではない。元の世界に存在していた魔物である。
ガルガンチュアの名前は、ネフィリムの歴史書で確認できる。
古代ネフィリムに於いて、三つの国を滅ぼした黒い巨人。
ガルガンチュアの所業を鑑みると、悪逆非道な魔物と思える。実際、歴史書にも恨み事が掛かれていた。
しかし、私の考えは違う。ガルガンチュアにとって、国を滅ぼすことは本意ではなかったはずだ。
何故ならば、奴は人間の被造物だからだ。
ガルガンチュアの正体、それは――人形。最初に滅んだ国の宮廷魔術師達が造った鉄人形だった。




