第四十四話 魔王対不死の王
幽霊船の甲板は、想像以上に損耗が激しかった。腐食し切った板を踏む度、底が抜けるかと錯覚する。それに伴って、私の額に汗が滲む。不快である。サッサと降りたい。しかし、その前に果たすべき目的が有る。
今現在、幽霊船の甲板には無数の人骨が群がっている。スケルトンの大群である。その奥、舳先の方に一層大きな人骨が立っていた。
不死の王リッチ。
王と言いながら、身にまとった黒いローブはズタボロだ。しかし、頭に被った王冠は見事。私の国のそれより豪華だ。不死のくせに生意気である。サッサと退治してしまいたい。それを望む気持ちは強い。「今直ぐ攻撃を開始すべき」と、頭では理解している。
実際、魔王軍の精鋭達は、甲板上のスケルトンどもと交戦を開始している。私も参加すべきである。右手に握った聖刀は、その為のもののはずだ。
しかし、私は直ぐには動けなかった。その理由が、私の視界に映っていた。
リッチの傍に、巨大なスケルトンが四体立っていた。その身長は三メートルに迫るほど。リッチと殆ど同じである。絶対に人骨ではない。だからと言って、リッチではない。
巨大スケルトンの頭蓋骨は、人ではなく猛獣のそれであった。しかも、左右の側頭部から角が突き出している。
その威容が目に入った瞬間、私の脳内に創世記に出てくる魔物の名前が閃いた。
まさか、「竜牙兵」なのか?
竜牙兵。その名の通り「ドラゴン」という魔物の牙を触媒として創られたスケルトンだ。その体はドラゴンの牙と同等の硬度を持っている。
因みに、ドラゴンとは女神ネフィリアが「世界最強」を企図して創った魔物である。当然ながら、それもまた女神の失敗作。いや、その枠に収まらない化け物だ。
女神が世界を創世した際、気に入らない箇所を破壊する役目を担っていたとか。創世初期などは、世界規模でやり直ししたことも有ったとか。それを破壊したのもドラゴンである。要するに、一匹で世界を破壊する化け物なのだ。その力のほどに関しては興味が有る。実物を見てみたいとも思う。
しかし、会いたいとは絶対に思わない。会った瞬間、それが魔王、大尾魔王軍、及び世界の最期になるだろう。くわばら、くわばらである。
ドラゴンなどいなかった。精神の平静を保つ為には、そう思い込む他無い。竜牙兵がいるからといって、ドラゴンまでいるとは限らないのだ(切望)。
私は頭を振って雑念を払った。その頃には、甲板上にスケルトンの姿は消えていた。
残っているのは四体の竜牙兵と、リッチだけ。人数的には五分と五分である。
竜牙兵は、それぞれ右手に長大な曲剣を握って構えている。しかし、何故かこちらに向かってこようとはしない。飽くまでリッチの守護に徹するつもりのようだ。
対して魔王軍はというと、少々特異な態勢を取っていた。
魔王軍は、全員私の前面に立っている。それも横陣、横一列に並んでいる。
私の正面に来寿様。来寿様の右側に二体の土人形。左側に一体の土人形。土人形達は、それぞれ聖刀を正眼に構えている。しかし、来寿様だけは違っていた。
来寿様は聖刀を鞘に納めていた。続け様に、左手で妖刀村正の鞘を掴んだ。それを見た瞬間、私は村正を引き抜く可能性を直感した。しかし、それは微妙に違った。
来寿様は、村正を鞘毎引き抜いていた。それを自分の眼前に掲げている。その際、左手は鞘の鯉口付近を握っていた。右手は柄に添えられている
大陸の人間が見れば、「何の構えだ?」と首を捻っただろう。しかし、その中に私は含まれていない。
私と来寿様との付き合いは、それなりに長い。来寿様の構えを見た瞬間、私は来寿の意図を直感した。それと同時に、私の口の端が吊り上がった。
この勝負、私達の勝ちだ。
私は聖刀を鞘に戻した。続け様に呪文を唱えた。その行為は、リッチの暗い眼窩にも映っていたようだ。
リッチは、私と殆ど同時に呪文を唱え出した。
私達が選択した呪文は、奇しくも同じものだった。
「「ギリシャ神話の最高神のお力、お借りいたします」」
天帝の雷霆。私に使える魔法の中で最高威力の攻撃呪文である。これを食らえばリッチどころか竜牙兵も只では済まないだろう。尤も、それはこちらにも言えることだ。
魔法の抜き打ち。先に唱え終わった方が勝つ。そのように、誰もが思うだろう。仮にそうであったなら、この勝負は私の――負けだ。
リッチの方が先に呪文を唱え終わっていた。
その直後、私の視界を雷光が埋め尽くした。それに飲み込まれたら、女神に似た美しい魔王の姿がこの世から消えて無くなる。その可能性が、私の脳内にチラリと閃いた。しかし、不安や恐怖は微塵も覚えない。
何故ならば、私には世界随一の剣豪にして、最愛の王子様が付いている。
来寿様が傍にいる。何も怖くない。
来寿様は、私の信頼に行動で応えてくれた。
その確証が、私の視界に映り込んだ。
雷光の中に、虹色の光彩が混じった。その色が目に入った瞬間、私は現況の全てを理解した。その後の展開も含めて。
それは、直ぐ様具現化した。
リッチが放った雷霆は、途中から二つに増えた。その起点に来寿様が立っている。
その現象をより正確に言えば、雷霆は来寿様の前方、打刀の間合いから縦一文字、真っ二つに裂けていた。
割れた雷霆は私達の真横を通り抜けた。そのまま直進して、船体に大きな風穴を二つ開けた。大損害である。
しかし、甲板上の私達は全くの無傷。当然ながら、私の詠唱は余裕で継続中であった。
程無くして詠唱完了。私は魔法を解放した。
「天帝の雷霆」
巨大な雷撃が甲板上を奔った。その進路方向には、五体の巨大スケルトンが立っている。全員、漏れなく巻き込まれた。
リッチも、竜牙兵も、雷霆に骨身を焼かれながら粉々に砕け散った。その破片の一部は、船外まで飛び出している。
叶うならば、全て聖刀で念入りに処分したいところ。必要が有ればやるつもりだ。しかし、その苦労を省略できるアイテムが甲板上に転がっていた。
私の視界には、黄金に輝く輪が映っていた。私はユックリ近付いて、右手で拾い上げた。
それは、先程までリッチの頭上に乗っていた王冠であった。
王冠の材質は、紛う事無き黄金であった。しかも、所々宝石がちりばめられている。宝物である。それなりに高値で売れるだろう。
尤も、そんな下世話な思考は魔王には無用。何の意味も無い。
私にとって意味が有ること。それは「王冠がリッチの依り代である」ということだ。
そもそも、不死の魔物はこの世のものではない。この世とあの世の境、幽世の存在である。
この世界に干渉する為には、この世界の出入り口となり依り代が必要なのだ。その手の情報は、創世記にも記されている。
これを破壊すれば、リッチは蘇らない。
私の脳内に、幾つかの破壊方法が閃いた。その中で、私は最も確実にして即効性が有るものを選択した。
「来寿、頼む」
「応っ」
私は王冠を放り投げた。それが来寿様の打刀の間合いに入った。
その刹那、来寿様の右手が閃いた。
虹色の光彩が縦横無尽に駆け巡る。縦、横、斜め、斜め、斜め、斜め、斜め――恐らく、十回ほど斬っている。その動き、余りに速い。魔力で底上げした私の視力でも追い付かない。
しかし、来寿様の行為の結果は意外なものだった。
リッチの王冠は、何と原形を留めたまま甲板の上に落ちた。全くの無傷に見える。しかし、それも束の間だった。
来寿様が村正を鞘に納めた瞬間、王冠の表面に無数の亀裂が生じた。
王冠に奔った亀裂は、瞬く間に拡大した。それがハッキリ視認できた途端、王冠が砕け散った。
破片と化した王冠は急速に劣化、腐食した。どす黒く染まりながら崩れていく。最終的に塵となり、風に巻かれて消えた。これが不死王の最期であった。
かくして、魔王と不死の王の対決は、魔王に軍配が上がった。その結果については何の文句も無い。私は胸を張った。鼻も伸びた。
しかし、私の額には嫌な汗が滲んでいる。その理由が、私の脳内の片隅に閃いていた。
ドラゴン対策、講じておかねばなるまい。




