第四十三話 女神の威光
奇怪な渦を巻く禍々しい空の下、絶海の湖に浮かぶ幽霊船。この世のものとは思えない光景に、私も、来寿様も、遅れてきた土人形達も、目を見張りながら息を飲んでいる。
例え魔王ウィルミア・デストランドと言えど、心中で「夢なら覚めてくれ」と絶叫したくなる。
しかし、残念ながら夢ではなかった。
私達の視線が集まる中、幽霊船は回頭し始めた。船首を九十度回し、封印魔王城に船腹を向けている。その際、船の甲板の様子がハッキリ確認できた。
甲板の上に、人骨の山ができてる。スケルトンの群れである。
船の回頭が終わるや否や、奴らは縄梯子を下ろした。梯子の先が地面に届くのを待たず、一斉に船から飛び出している。その様子は、宛ら人骨の雪崩、或いは大瀑布と言ったところ。
先に降り立ったスケルトンは、そのまま真っ直ぐ魔王城へと向かってくる。その様子を視認した瞬間、来寿様と土人形達が動いた。
来寿様達は、腰に差した打刀を引き抜いた。それを八双に構えてスケルトンの群れに突撃していく。多勢に無勢である。私も、流石に「無茶、無謀」と思う。
しかし、魔王軍は一騎当千の猛者揃いであった。
戦況は、魔王軍が圧倒していた。
来寿様は元より、土人形達もスケルトンを圧倒、近付く敵をバッタバッタと斬り倒す。スケルトンは手も足も出ないまま、その身を千々に分解されている。
しかし、不死の魔物に「死」は許されない。斬られようが、砕かれようが、バラバラになっても動き続けている。真面な攻撃ができない状態になろうとも、果敢に来寿様達を責め立てる。
その往生際の悪さが、奴らの真骨頂である。
何れ、来寿様達も限界を迎える。そうなれば、今度はスケルトンが一方的に攻め立てる番だ。
しかし、その展開は無い。それを許さない者が、この場にいる。
さあ、真打登場だ。
私は満を持して魔王城から打って出た。群がるスケルトンどもを視界に収めたところで、右手を翳して呪文を唱えた。
「女神ネフィリア様の威光よ、我らの行く道を照らし給え。我らの敵を祓い給え。聖なる光」
私の右掌から眩い光が溢れ出す。それが、湖畔に群がる人骨の集団を明るく照らした。創世記に出てくるスポットライト、或いはサーチライトである。
私の光を浴びたスケルトンは、その場で硬直した。その直後、バラバラになって地面に倒れた。
湖畔は砕けた人骨で埋め尽くされた。これを掃除するのは結構な手間だろう。しかし、その必要は無い。
全ての人骨は、湖畔に転がった瞬間から急速に腐敗していた。直ぐ様形を保てなくなり、粉末と化している。その状態を目の当たりにした瞬間、私は反射的に両手を合わせた。
成仏しろ。
不死の魔物とは、言うなれば「死を許されなかった人間」である。
生前、女神の意に反する言動を行った為、黄泉の国に続く道が示されなかったのだ。その為、不死となって現世に留まり続けている。
その道に迷う死者どもに、私が女神の威光を使って黄泉の国への道を示したのだ。その光に導かれて、スケルトンどもは黄泉の国へと旅立った――と、そういうことらしい。
今の話は、フォリス大陸を席巻する最大宗教「ネフィリア教」の神官の受け売りである。
ネフィリア教。その名の通り創世の女神ネフィリアを信奉する宗教である。
女神が広めたものではない。とある人間が勝手に大神官を名乗り、勝手に広めたものだ。
不死の魔物に関する内容は、件の初代大神官が告げたもの。それが女神の真意かどうかは定かでない。要するに眉唾である。調べてみたい気持ちは微塵も沸かない。
そもそも、私は教典の真偽に興味は無い。不死に効果が有る魔法を使い熟せれば、それで良い。
尤も、ネフィリア教由来の魔法なんぞ、この世界で通用し切れるものではない。
少なくとも、幽霊船の船長には女神の威光も届くまい。
女神の失敗作を倒す魔法は、女神の大魔法以外に無い。その事実を、私は嫌になるほど思い知らされている。
故に、来寿様達の装備では倒し切れないことも理解していた。実際、来寿様達はスケルトン如きに苦戦している。
何か手を講じねばならない。尤も、この魔王ウィルミア・デストランドに抜かりなど無い。
あれを使うか。
私は踵を返した。急いで城内に戻り、とある一室に飛び込んだ。
そこは――武器庫。これを魔法道具庫と分けていて正解だった。
武器庫内部、樹木網の部屋の壁には複数本の打刀が並んで掛けられている。それらの殆どは骨刀だ。しかし、中には金属製の打刀も有る。化石の森で見つけた金属品から造り上げたものだ。
金属の打刀は、その殆どが来寿様の村正を参考に造った一般的なものだ。しかし、特殊なものも、何本か紛れている。
ズラリと壁に並んだ打刀の中に、鞘が光っているものが有った。その数、丁度五振り。私は、それを全て取り上げた。
五振りの内、一振りは自分の腰に差した。後の四振りは、両手に担いだ。その状態を維持しながら、私は再び来寿様達の許へと走った。
私が戻ってくると、来寿様達は既に敵の第二陣と戦闘中であった。
来寿様達は、それぞれ獅子奮迅の活躍を披露している。しかし、結果は前回と同じ。
幾ら斬ってもスケルトンの抵抗は止まない。その様子を見た瞬間、私の脳内に「何とかの一つ覚え」という創世記に記された皮肉が閃いた。
尤も、現況では止む無し。私が手を貸す以外、打開策は無いのだ。
故に、私は直ぐ様助力した。
「来寿っ、これを使えっ!」
私は、両手に抱えていた打刀を放り投げた。これに来寿様が反応した。遅れて土人形達も反応する。
四人とも、右手で打刀を振りながら移動開始。
並みいるスケルトンどもを斬り伏せながら、私が投擲した打刀の落下地点まで辿り着いた。そこで左手を掲げて、見事打刀を受け取った。創世記で言うところの「ナイス、キャッチ」である。その後の行動も素早い。
来寿様は口で鞘を噛みながら、打刀を左手一本で引き抜いた。土人形も来寿様に倣っている。このときの為に、私は土人形の顔に口を造っている。流石、私である。
四人が抜いた打刀から眩い光が溢れ出した。その光こそ、魔王が打刀に掛けた女神の大魔法である。
その名も「女神の聖なる刃」。
女神の大魔法にしては、珍しく女神の名を冠する魔法である。この世の理に戻す魔法だから――らしい。
例え失敗作であろうとも、造物主が本気で滅しに掛かったならば抵抗し切れるものではないだろう。
これならば、リッチも迷わず黄泉の国に旅立てる。
私は期待を込めて、聖なる光の打刀を来寿様達に託した。その期待に、来寿様達は即応した。
来寿様達は、左手に握った聖なる光の打刀(略して『聖刀』)を振り回し、群がるスケルトンを悉く撫で斬った。
光の刃に斬られたスケルトンは、光の粒を撒き散らしながら消失。女神の大魔法の効果によって、スケルトンの優位性は完全に失われた。
第二陣は瞬く間に壊滅した。しかし、直ぐ様第三陣が現れた。一体、あのリッチはどれだけの眷属を従えているのか? 恐らく、幽霊船の中は人骨で埋まっているのだろう。最悪である。
尤も、現況に於いては何の役にも立つまい。創世記でいうところの「焼け石に水」である。
スケルトンどもは、全て光の刃の前に屈した。
我々は光の軌跡を露払いにして進軍し続けた。
船の傍まで来たところで、一旦停止。甲板から垂れ下がった縄梯子を掴んで、それをよじ登った。
しかし、私達の行為を易々と許すほど、相手は甘くない。
私達の登攀中、上から槍や弓が降ってきた。それを打刀で払いながら、必死によじ登った。このままいけば登頂確実である。
しかし、私達の目論見を見す見す許すほど、相手は甘くない。
業を煮やしたスケルトンが縄を切ろうとし始めた。万事休すである。しかし、こちらには優秀な猿がいた。
来寿様は、人外の超速度で縄梯子を上り切った。そのまま甲板に上がるや否や、縄梯子を切ろうとしたスケルトンを成敗。流石、来寿様。殊勲である。褒美に私と一緒に幸せになる権利を永遠に与えよう。
いつか、その言葉を素直に言えたら――いや、今は考えまい。
来寿様の活躍により、私と土人形達(いい加減、固有名詞を付けねばな)は無事に甲板上に出ることができた。
後は、首魁を倒すのみ。
魔王と不死の王。果たして何れが上位職か? 雌雄を決する時が来たのだ。




