第四十二話 幽霊船、襲来
草木も眠る丑三つ時(午前二時。創世記由来の表現)。
私、ウィルミア・デストランドは封印魔王城の寝室にいた。その中央に置いた天蓋付きのベッドの上で横たわっている。何をしているかと言えば、コカトリスの羽毛布団の中で泥のように就寝中である。
私は今日も良く働いた。洗濯もした。土人形達の造形も整えた。自分自身のことも、料理以外は色々できた(多分)。新たな魔法道具も幾つか造った。それらを魔法道具倉庫に保管した。
充実した一日であった。このような生活は元の世界では考えも及ばなかった。何の不満も無い。
やりたかったこと、自分の役目と心得ていることを全て果たした。このまま昼まで寝ていたとしても惰眠とは思うまい。他の者も文句は言うまい。
我が眠りを妨げるものは、自分自身を含めて何も無い。
私は本能が求めるまま、気の済むまで寝ていた。そのつもりであった。
ところが、我が眠りは妨げられた。
突然、落雷のような轟音が起こった。それと同時に、地震のような凄まじい衝撃が起こった。私の体どころか、城全体が大きく揺れている。
この状況で目を覚まさない人間は、人類種の中では少数派だろう。繊細な私は当然多数派である。
私は直ぐ様ベッドから飛び起きた。
「何事っ!?」
樹木網の床に足を着くなり、直ぐ様移動しようとした。ところが、襦袢の裾がまとわりついた。とても邪魔臭い。
私は裾を捲り上げ、それを帯に突っ込んだ。脚を太腿辺りまで晒した状態で寝室を飛び出した。
ドアを開け、中央広間に入った瞬間――
「!?」
私は思い切り息を飲んだ。その反応の原因が、私の視界一杯に広がっていた。
中央広間は、見るも無残に破壊されていた。それこそ、内部で竜巻が発生したかと錯覚するほどズタボロだ。
その竜巻と思しき傷跡は、玄関から真っ直ぐ奥まで貫いている。
要するに、玄関から一直線に風穴が開いた状態だ。最悪の光景である。
私は恐る恐る奥の方を見た。そこは、位置的に魔法道具倉庫の場所であった。
少し前まで、木製のドアが有ったはず。しかし、今は無い。それどころか、大きな風穴が開いている。
私の視界には、向こう側の外の光景が映っていた。その事実が、私に最悪の現実を知らしめた。
魔法道具倉庫は大破した。後で調べたが、中に入っていた道具は全滅であった。今日造ったものは元より、石化ブレス噴出装置など、絶対に替えの効かないものを含めて。
それらの事実を目の当たりにした瞬間、私は頭を抱えて叫んだ。
「何じゃこりゃあああああああああああっ!?」
最悪を超えた最悪の事態。一体、私が何をしたというのか? 天罰にしても度が過ぎる。
私のやったことなど、精々周辺国の軍隊を壊滅させたり、デストラ樹海に巣くう魔物を全滅させたりした程度。序に言えば、女神の失敗作も何体か討伐している。それらは全て褒められて然るべき行為だろう。
そもそも、私に挑んだ時点で運命も結末も決まっている。相手も覚悟してのこと。私を恨むなど筋違いも甚だしい。それくらい、女神様もご承知して欲しいものだ。ぷんすか。
世界的善人である私に何の咎が有って斯様な仕打ちを受けたのか? 一体、原因は何なのか? 私は外の様子を確認すべく、玄関に開いた巨大な風穴の方へと近付いた。その際、私の至近に誰かの気配が伝わった。
いつの間にか、私の隣に着流し姿の男性が立っていた。その男性は、腰の帯に打刀を差していた。
その男性は、我が騎士にして我が王子様(予定)、愛洲来寿様であった。
私達は身を寄せ合いながら、息を潜めて外の様子を窺った。すると、私の視界に大きな影が飛び込んできた。
封印魔王城の正面に広がる湖畔に、山と錯覚するほど巨大な影が浮かんでいた。
山の影には三本の巨大な柱が立っていた。それぞれの柱には大きな布が垂れ下がっている。それらの特徴を目にした瞬間、私は影の正体を直感した。
帆船か?
湖に浮かぶ帆船。しかし、それは有り得ない。何故ならば、石化の森の湖に繋がる川は無いからだ。森を抜けてくる以外に辿り着く手段がない。しかも、湖畔付近は水深が浅い。現況の位置では船体が埋まっている。そのはずだ。
ところが、私の想像は外れた。
私の視界には、丸みを帯びた船底が映っている。
そう、その船は水面に浮かんでいるのだ。その事実を目の当たりにした瞬間、ここまで来た航法も直感した。
まさか、空を飛んできたのか?
それこそ有り得ない話だろう。空飛ぶ帆船など、元の世界のどの国も所有していない。どこにも無いのだ。
一体、あれは何なのだ?
私は目を凝らして船の様子を観察した。その最中、私の首は盛大に傾いでいた。
船の構造は、ネフィリムでは一般的なものであった。
三本の柱が有り、それぞれに帆が付いている。しかし、それらを一つひとつ具に見ると、一層首を傾げざるを得ない。
それぞれの柱に付いた帆は、下端が破れて外れていた。あれでは風を受けても靡くだけ。帆として機能しないだろう。
柱自体もボロボロだ。前と中央は至る所に破損が目立つ。真っ直ぐ立っていることが不思議に思えるほど。後ろに至っては、柱の中ほどから折れている。この状態で船の向きを操舵することは不可能だろう。
他人事ながら「早く直せ」と言いたくなる。それを可能にする設備は、有るには有るようだ。
一応、それぞれの柱には縄梯子が掛かっている。柱に登ることはできるのだろう。実際、鐘楼(柱の見張り台)には人影が見える。しかし、それが真面な人間であるはずは無かった。
そいつは「人骨」だった。生意気にも水兵の格好をしている人骨だ。その姿が目に入った瞬間、私は相手の正体を直感した。
あれは「スケルトン」か。
スケルトン。元の世界にもいた魔物である。死者の人骨からできた、所謂「不死」である。
不死と言っても、最近倒したヒドラのそれとは真逆の存在だろう。
ヒドラは規格外の回復力を持つ化け物。
対してスケルトンは不死の呪いを受けた人間、或いは死を許されなかった人間のなれの果て。そのように、元の世界では言われている。
魔物として創られた魔物と、結果として魔物になった人間。前者と後者では有り方に差が有り過ぎる。
そもそも、ヒドラは世界の理から外れた存在。理の中にいる者には倒せない。
対してスケルトンは理の中の存在。普遍的な対処方法が確立されている。当然ながら、魔王にとっては雑魚である。
あんなものが幾らいても物の数ではない。しかし、謎の船に乗っている魔物は、スケルトンだけではなかった。
襤褸帆船の舳先に、一層巨大な人骨が立っていた。
人骨に見える。しかし、絶対に人間のものではない。その身長は三メートルに迫るほど高い。その巨躯に、ドス黒い襤褸ローブをまとっている。他のスケルトンより一層みすぼらしい格好だろう。しかし、それを否定して余り有る宝物が頭上に乗っていた。
黄金に輝く王冠。その煌めきと巨躯が、他のスケルトンと一線を画している。実際、その巨大人骨はスケルトンではなかった。
王冠を頂く巨躯を見た瞬間、私の脳内に創世記に出てくる魔物の名前が閃いた。それが、私の口を衝いて出た。
「あれは『リッチ』か」
リッチ。創世の女神ネフィリアから「不死の王」の異名を賜った魔物である。その名に違わず、それなりに特殊能力を持っている。
魔物のくせに、何と魔法を唱えるのだ。それも、私と同じく女神の大魔法まで使い熟す始末。魔王のお株を奪うとは、度が過ぎる生意気振りである。
それらの事実を想起した瞬間、現況の原因も理解できた。それが、私の口からポロリと零れ出た。
「奴め、天帝の雷霆を使ったのかっ!?」
天帝の雷霆。私が使う攻撃魔法の中で、最大の攻撃力を誇る魔法だ。その言葉が自分の耳に入った瞬間、私の全身の毛が一斉に逆立った。




