第三話 孤独な王女
私は無窮の闇の中を落下していた。何も見えない。全てが黒一色。
一体、どこまで落ちていくのか?
このまま無限に落下し続けていくのだろうか。或いは、闇の中に取り込まれるのかもしれない。私の脳内に、様々な最悪の可能性が閃いた。その度に、私の意識までもが真っ黒に染まっていく。
いつしか、私は考えるのを止めた。いや、できなくなったと言うべきか。
私は意識を失っていた。いや、眠ってしまったと言うべきか。
私は夢を見ていた。しかし、その内容は荒唐無稽なものではない。過去の記憶と言う紛れもない現実の出来事。
私が籠の鳥であった頃のこと。
夢の中で目を覚ますと、そこは豪奢な寝室だった。私は天蓋付きのベッドに横たわっていた。
「誰か有るか?」
私が声を上げると、複数名の侍女達が現れた。それぞれ挨拶をした後、私の傍で跪いた。
私は立っているだけで良かった。侍女達が勝手に動いて、私の身なりを整えてくれる。その間中、彼女達は口々に私を褒め称えた。
「とてもお美しいです」「お世話できて光栄です」
どれも耳当たりの良い美辞麗句ばかり。しかし、侍女達の口調は淡白で、全く気持ちが籠っていない。気に入らない。しかし、思い当たる節も有る。
私が「魔王」だから。
このウィルミア・デストランドは、人並み外れた魔力を持つ異質な存在である。
この世界に於いて、異質を受け入れる人間は、存外に少ない。その事実は、生まれたときから身に染みて思い知らされている。
私が魔法を使う度、誰もが息を呑む。その後、私を見る目が変わる。そう、化け物を見るような陰惨な目付きだ。
誰も彼もが私を恐れ、腫れもののように扱う。それは家族も同様であった。
父王シュバリスは、私を傍に寄せなかった。母も、妹達も、誰も私を真面に見ようとしない。
私は、ずっと王城の奥深くに押し込められていた。外に出る許可が下りたのは、偉大な祖母が身罷られた後のこと。
私は祖母の後を継いで宮廷魔術師長を拝命した。それに伴って、国防の任も仰せつかった。誰もが私に祖母同様の働きを期待した。
しかし、私自身への対応は、全く変わらない。
父王も、臣下達も、誰もが私から目を背けている。一緒に戦うはずの王国の騎士達も、言い訳ばかりして誰も共に戦おうとはしない。
皆、私が怖いのだ。
敵が攻め入ろうと、誰も私の傍に来なかった。その為、私は一人で国を守った。何百、何千の敵が攻め込もうとも、私一人で退治した。
私が活躍する度、王城内を含めて、国中から賛辞の声を上がった。しかし、それは全くのお為ごかしだ。皆、私の力を利用したいだけに過ぎない。
皆、陰で私を罵っている。「魔王」、「化け物」と。
人々の陰口は、風に乗って私の耳に入る。その度に、私の眉根と性根が醜く歪んだ。皆、私一人を頼みとすることに慣れきっている。それが当然と思っている。その事実が、私を激しく苛立たせる。
私は、私の周りにいる人々が嫌いだ。
私を人間扱いしない奴らの為に、私はこれからも体を張り続けなければならないのか? そんな自問自答を、何度も繰り返してきた。
その度に、私の心中に住む「幼少の頃の自分」が声を上げる。
「私だって『人間』だ」
人間。そう、私には人の心が有る。人間扱いされなければ不満に思う。だかと言って、本音を漏らすことはできない。そもそも、誰もそんなものを期待していないのだ。
人々が望んでいるのは「魔王ウィルミア」。
私が人間であることなど、誰も望んでいない。私自身、かくあるべきと思っている。そのように教え込まれた。それ以外の生き方など知らない。
しかし、辛い。本心を偽るほど、それをぶちまけたい思いが募っていく。
ああ、いつか私を救う者が現れてくれないだろうか? 私を人として扱ってくれる者が現れてくれないだろうか? 私の――「王子様」が現れてくれないだろうか?
いつしか、私は王子様の来訪を強く望むようになった。しかし、それが叶わない望みであることも、よく分かっている。
私は魔王なのだ。魔王を人間扱いする者など、この世界にはいない。今も、そう思っている。
ところが、それも今、この瞬間までのこと。
不貞腐れていた私の耳に、掠れた低音の声が響き渡った。
「俺が、お前さんを守ってやる」
初めて聞く男性の声。余程疲れているのか、老人のようにしわがれている。お世辞にも耳当たりが良いとは言い難い。
それなのに、私の耳に清水のように染み込んでいく。
ああ、もしかして――私の王子様?
炎のような熱い激情が胸を衝いた。激しい痛みを覚えた。その感覚が私を覚醒させた。
私は目を開いた。その直後、私の視界に絶望的な光景が飛び込んできた。
私の王子様と思しき男性が「三つの頭を持つ巨犬」に食い殺されようとしていた。




