第二話 封印の壺
この世界には、女神様が使用した「神器」が幾つか残されている。その内の一つに「封印の壺」というものが有る。その名の通り、対象を封印する神器だ。
壺の使用方法は存外に簡単で、「相手の名前を呼んで、相手が反応すれば起動する」というもの。逆に言えば、無視してしまえば起動しない。単純な対策だ。誰にでもできる。
しかし、当時の私は――できなかった。ちくせう。
あれは――そう、新緑生い茂る春の頃。
周辺国中最大の大国、シグムント王国が攻め込んできた。祖母ウィルリル様の頃から数えて五回目の侵攻である。しつこいという他無い。
尤も、私にとっては初めての対戦だ。ドキドキする。しかし、負けるとは微塵も思わない。いつものように女神様の魔法で蹴散らせば良いだけのこと。
「造物主の力に敵うものか」
私は漆黒の鎧をまとって、樹木網の城壁の上に立った。いつものように、たった一人で。
因みに、漆黒の鎧はデストランド王家に伝わる秘法である。魔法で防御力を高めている。尤も、私に言わせれば普通の鎧である。
女神の大魔法を駆使すれば、もっと良い防具が造れるのに。
父王が「これでなければ王家の示しがつかない」と言うので、とりあえず身に着けている。面倒なことこの上ない。そもそも、私に防具は不要なのだ。顔さえ隠れるならば何でも良いのだ。私が可憐な乙女と気づかれなければ何でも良い。
私は、祖母譲りの美貌を隠す漆黒の兜の隙間から、敵軍の様子を茫洋と眺めた。その光景は、宛ら雪原であった。
デストランドの前に広がる更地に、白銀に輝く鎧がひしめき合っている。雪崩の直前といった様子である。押し寄せられたならば、樹木網の城壁など簡単に押し潰されるだろう。
まあ、そんなことは――私がさせない訳だが。
私は早速大魔法の呪文を唱えた。その気配を察したか、しぐむんと王国騎士団が動いた。
白銀の雪崩が、デストランドを飲み込もうと押し寄せる。そこに向かって、私は百本の魔法の矢を放った。
女神の大魔法の一つ、「魔法の流星群」である。
一般的な魔術師にとって、魔法の矢は一撃必殺の最上位攻撃である。それなりに威力は高い。だからこそ、それなりの魔力を消費する。放てるのは一日一発が限度と聞く。中には一日二発放った者もいると聞く。三発放った者はいないようだ。
しかし、この魔法の流星群は一度に百発の魔法の矢を放つ。単純に、魔術師百人分の必殺技といえる。
それぞれの矢が一撃必殺。当たれば絶命する。その事実は、今まで何度も確認している。それでも、私は躊躇いなく使用する。
無慈悲だろうか? しかし、敵に掛ける情けなど無い。
私が放った魔法の矢は、外れること無く白銀の騎士達に突き刺さった。
最前列を走っていた百人の騎士が倒れた。この時点で勝負有りだろう。あきらめて帰ればいい。そう思う。
しかし、シグムント騎士団は帰らない。倒れた味方を踏み付けながら、尚も突進し続けている。その根性は見上げたものだ。こちらも相応の報酬を用意してやろう。
私は、再び魔法の流星群を唱えた。
放たれた魔法の矢は、全て騎士達の体に突き刺さった。これで、合計二百人の騎士が倒れたことになる。白銀の雪崩も、勢いが衰えている。目視で数が確認できるほどに。これで結果は見えた。白旗の揚げ時だろう。
ところが、騎士達の脚は止まらなかった。
こいつら――全滅する気か?
シグムント騎士団の狂気的な行為を目の当たりにして、私の額に汗が滲んだ。だからと言って、敵の攻撃を許す気は微塵もない。
私は再び呪文を唱えた。
私は未だまだ余裕だ。魔法の流星群ならば、後三回分の魔力が残っている。相手が全滅を望むならば、それを叶えてやれる。
私に躊躇いは無い。ところが、私は呪文を唱えることができなかった。邪魔者が現れたのだ。
痩身長躯の――男だ。のっぺりとした顔立ちをしている。異邦人だろうか? しかし、身にまとう衣装はこの地方のもののようだ。尤も、戦闘用の衣装ではない。
平服である。しかも、男は靴を履いていなかった。裸足である。どうやら、城壁をよじ登ってきたらしい。
一体、何をしに来たのか? その答えは、男の右手が雄弁に語っていた。
男は両手に奇妙な曲剣(後で知ったが『打刀』という)を握っていた。その存在を直感した瞬間、男の姿が掻き消えた。
速いっ!?
再び男の姿を目にしたとき、既に曲剣の間合いに入っていた。
男は躊躇うことなく曲剣を振り上げ、私の頭目掛けて振り下ろした。こちらに防ぐ間を与えない超速の剣技である。
しかし、どれだけ早く打ち込もうとも、今の私には通じない。
骨董品とはいえ、王家の秘宝を被っているのだぞ。
真面に攻撃を受けたところで傷一つ付かない。私の口の端が吊り上がっていく。しかし、それは途中で凍り付いた。
男の剣技は私の想像を超えていた。
「ちぇすとおおおおおおっ!」
耳をつんざく絶叫が、男口から迸った。その刹那、私の兜に曲剣の刀身が――埋まった。
まさかっ!?
私は咄嗟にしゃがみ込み、続け様に後方に飛び下がった。しかし、僅かに間に合わなかった。
漆黒の兜に亀裂が入った。私の髪も何本か切り取られている。頭皮を抉られたかもしれない。
幸いにして、頭(脳)だけは無事だ。その事実は、私にとっては僥倖である。
しかしながら、敵にとっては無念以外の何物でもない。続け様に攻撃を繰り出す可能性は、容易に想像できた。
この男の技は、私を殺すかもしれない。
私は生まれて初めて恐怖、生命の危機を覚えた。だからと言って、負けるとは微塵も思っていない。
私はデストラ樹海の魔王である。私の体もまた、魔王と呼ばれるに相応しい特別製なのだ。
この身に宿った膨大な魔力が身体能力を人外の領域まで強化している。だからこそ、男の攻撃を間一髪で躱すことができたのだ。
この私が、人間相手の格闘戦で負けるはずが――有る訳ないだろう。
私は男と対峙した。その最中、私が被っていた兜の亀裂が広がった。その事実を直感した瞬間、兜が二つに割れて、地面に落ちた。
私の顔が露になった。対峙する男の瞳に、私の顔が映った。その事実を直感した瞬間、男の目が大きく開かれた。
驚いている? まさか――いや、驚くか。
味方を半壊させた魔王が、実は可憐な美少女であったのだ。驚くのも無理はない。
男は大きく息を飲んで固まった。その様子を目の当たりにした瞬間、私は一気に距離を詰めた。
このまま殴り殺す。
私は右拳を掲げた。拳の一撃で絶命させるつもりだった。
ところが、またしても邪魔が入った。
「魔王ウィルミアっ!!」
男の後ろから、別の男の声が上がった。どうやら、もう一人壁をよじ登ってきた奴がいたようだ。そいつに名前を呼ばれて、私は――
「未だいるのかっ!」
反応してしまった。その瞬間、私の体が引っ張られた。私の力を以てしても、抗えないほど強力に。
何か掴まるものっ!
私は咄嗟に両手を伸ばした。そこには曲剣の男が立っていた。
私は反射的に男に抱き付いた。男を支えにして、謎の引力に抗うつもりだった。ところが――抗えなかった。
私は、抱き付いた男毎引っ張られた。その瞬間、男の声(私の名を呼んだ方)が響き渡った。
「来寿っ、引き剝がせっ!」
男の声の後、私の頭上から掠れた声が上がった。
「えっ? あっ」
私がしがみ付いている男が反応した。その瞬間、謎の吸引力が倍増しする。私だけでなく、男まで引っ張られているのだ。
私達は抗うことができなかった。二人とも、引っ張られるまま宙を舞った。その最中、それぞれの体が急速に縮小していく。豆粒大まで縮小したところで、小さな「壺」の穴に吸い込まれた。
その壺こそ、女神が使った神器。シグムント王家の秘宝「封印の壺」だった。
かくして、私と曲剣の男――愛洲来寿様は壺の中、封印世界に閉じ込められてしまったのだった。おぅまい、がでぃす。




