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第三十六話 夢か現か

 私、ウィルミア・デストランドは森の中にいた。しかし、現場はこの世のものではない。それを確信できるほど、私の周りを囲む樹木群は異様であった。


 燃えていたり、凍っていたり、石になっていたり――何だこれは?


 斯様(かよう)な樹木は私の国(デストランド)には無かった。恐らく、世界(ネフィリム)中のどこを探しても無いだろう。その可能性を直感した瞬間、私は現況の正体を理解した。


 ああ、これは夢だ。


 私は夢の中にいる。しかし、一人ではなかった。私以外にもう一人いた。


 黒革の鎧を着た、痩身長躯の男性。その腰には奇妙な形状の曲剣が差してあった。初めて見るもの――ではない。私は、その曲剣の正体を知っていた。

 打刀だ。アシハラの戦士達の主要武器。その名称を想起した瞬間、アシハラの戦士と思しき男性の名前が閃いた。


 この人は――愛洲来寿(アイス・ライス)


 とても素敵なお名前である。それを想起した瞬間、私の心臓がドクンと跳ねた。それと同時に、私の前に立つ男性の体が輝き出した。


 何て眩しい。


 目が眩む。しかし、目が離せない。それどころか、もっと見たい。叶うならば、触りたい。抱き締めたい。

 もし、現況が現実であったなら、私は行動することを躊躇(ためら)っていただろう。何しろ、私は魔王である。威厳を保つ必要が有るのだ。

 しかし、今は夢の中にいる。夢ならば、躊躇う必要など全く無い。


「来寿様ぁ」


 私は痩身の男性、来寿様に抱き付いた。私の腕の中に、ゴツゴツした硬い肌触りと熱を覚えた。

 その瞬間、私の腹の底からマグマのような熱情が込み上がった。その感覚が明確な言葉となって、私の脳内に閃いていた


 もっと、もっと来寿様に甘えたい。

 

 私は、来寿様の逞しい胸板に顔を埋めた。続け様に頬擦りした。その際、猫のように喉が鳴った。


 ああ、とても、とても、とても――心地良い。


 頬擦りするほどに幸福感が増す。しかし、全く満足できない。私の胸の奥から、より強い衝動が込み上げた。それが言葉となって、私の口から溢れ出た。


「来寿様、好き」


 私は想いを告げた。すると、来寿様の顔に困ったような苦笑が浮かんだ。それが、私の視界に入った。その瞬間、私の口から止めどなく想いが溢れた。


「好き好き大好き愛している」


 私の思いの丈を綴り続けた。その最中、頭上から「どうした?」とか、「大丈夫か?」とか、私を気遣う言葉が振り削いだ。しかし、全て的外れ。意味不明だ。


 どうもこうもあるか。夢の中くらい、素直になっても良いではないか。


 私はさらに力を籠め、来寿様の細い胴をギュウと抱き締めた。その逞しい胸板でスリスリ高速頬擦りした。現実の来寿様に届けとばかりに、思いの丈を存分にぶち撒けた。その都度、頭上から不安げな声が上がった。


 全く、夢の中の来寿様は無粋(ぶすい)だなあ。


 来寿様の言動が、私の気分に水を差している。私が何かする度に、不快な言葉が降ってくる。それが、たまらなく嫌だ。文句の一つも言いたくなる。

 私は顔を上げて来寿様の顔をジト目で睨んだ。その際、私の視界に来寿様の表情が写り込んだ。

 来寿様は――愁眉を浮かべていた。その不安げな表情に、私は強い違和感を覚えた。


 何故、そのような顔をしておいでか?


 私は来寿様の表情の意味に付いて考えた。しかし、分からない。そもそも、私の中に答えは無い。それを知りたくば、来寿様本人に尋ねる他無い。私は口を開いて声を上げた。


「来寿様、何で――」


 私のは「何でそのような顔を?」と言いたかった。しかし、その途中で私の視界が真っ暗になった。両手に抱いていた来寿様の感触まで消えている。

 私は、暗闇の中で一人ぼっちになっていた。その事実を直感した瞬間、私は大声を上げた。ところが、


「っ――――……」


 声が出ない。いや、叫んでいるのに、全く音が聞こえない。何がどうなってしまったのか? 夢だから、何でもありなのか? 

 私は途方に暮れた。思わず頭を抱えた。その時、私は確かに頭のある位置に両手を掲げていた。

 ところが、掌に頭の感触が伝わらない。触覚が消えているのか? 或いは頭が無くなっているのか? それらの可能性が、私に最悪の可能性を想像させた。


 もしかして、死んでしまったのか?


 来寿様に甘え過ぎて、心臓が破裂したのかもしれない。それはそれで、幸せな最期だろう。魔王の散り様としては百点満点と言える。尤も、現況は夢なのだが。


 ああ、来寿様にもっと甘えたかった。


 私は必死にもがいた。貪欲い来寿様を求めた。その想いに駆られるまま、暗闇に右手を伸ばした。それと同時に、声にならない声を上げ続けた。

 すると――声が聞こえた。


「ミ――っ、ィ――アっ」


 何だろう? 私は声を上げながら、耳に全神経を集中した。すると、明確な言葉が聞こえた。


「ミアっ!」


 低音の掠れた声。それを意識した瞬間、私の胸が熱くなった。その感覚を意識した瞬間、私の視界に光が溢れた。

 私は――夢から覚めた。


 瞼に光の刺激を受けて、私は目を覚ました。

 私の開けた視界に()()()()()()()()()()が映った。その光景を直感した瞬間、私は現在地と現況を理解した。


 ここは――私の寝室か。


 どうやら、私は寝室のベッドで寝ているようだ。

 仰向けに横たわった私の体に、コカトリスの羽毛を敷き詰めた掛け布団が掛かっている。それは自力で掛けたものか? 或いは誰かに掛けられたものか? その答えが、私の枕元から聞こえた。


「気が付いたか」


 掠れた声。それを意識した瞬間、私は視線を巡らせて枕元を見た。その瞬間、私の視界に見知った顔が映った。


 凹凸の少ないノッペリとした顔と、裂け目のような細い目。紛れもなく私の騎士にして王子様(仮)である。その事実を直感した瞬間、私は声を上げていた。


「来寿さ――来寿」


 うっかり「来寿様」と言い掛けた。それを堪えて、言い直した。すると、


「はぁ」


 来寿様は大きく息を吐いた。その反応の意味は、私には分からない。

 そもそも、自分がベッドで寝ている理由が分からない。現況に至るまでの経緯に関する情報が欠如している。それを持っているであろう存在が、直ぐ目の前にいた。


「私は――どうなった?」


 私は来寿様に尋ねた。すると、来寿様は咎めるようなジト目で私を睨んだ。続け様に、溜息を吐いているような草臥(くたび)れた声を上げた。


「お前さんはなあ、気を失って倒れたんだよ」

「倒れた?」


 一体、何が有ったのか? 魔王が倒れるなど、只事ではない。気になる。私は直ぐ様直近の記憶を想起した。

 すると、私の脳内に「青い液体入りの試験管」が閃いた。


 そうか、魔力回復薬の副作用か。


 正直、正確な原因は分からない。情報が欠如している。しかし、一つだけ分かっていることが有った。それが、私の口から零れ出た。


「だからあんな夢を見たのか」


 あんな夢。私が来寿様に甘える夢である。その内容を想起した瞬間、顔が熱くなった。その感覚を意識するや否や、


「ふん」


 私は鼻を鳴らした。それと同時に、来寿様とは反対側の方向に顔を背けた。その行為は、来寿様の視界にバッチリ映っている。

 横を向いた私の耳に、来寿様の声が飛び込んできた。


「夢? 夢って――何の話だ?」


 当然の疑問である。しかも、質問のタイミングが絶妙である。

 このとき、私の脳内には夢の内容が閃いていた。私は反射的に声を上げてしまった。


「私が来寿に――……」


 私は答え掛けた。しかし、途中で口を噤んだ。言い掛けて止めたのだ。来寿様が気にならない訳が無い。


「俺? 俺に何――あっ」


 来寿様は何事か言おうとした。しかし、途中で口を噤んだ。その言葉の続きは何なのか? とても気になる。その想いに駆られて、私は声を上げた。


「何か有ったのか?」


 来寿様は「何か」を知っている。それを知りたい。私は来寿様の反応を窺うべく、再び顔を来寿様の方に向けた。


 来寿様は口を「S」の形にしていた。その行為は、私には全力で口を噤んでいるように思えた。

 来寿様が何を堪えているのか? より一層気になった。是が非でも問い質したい。私は来寿様をジト目で見詰めながら、再び同じ質問を繰り返した。


「何が有った?」


 私はより一層厳しい視線で来寿様を睨んだ。すると、来寿様の「S」字に曲がった口が僅かに開いた。


「う~ん、何と言って良いものか」


 来寿様は「うむむ」と唸って、どうやら考え込んでいる様子。その行為が一分ほど経ったところで、再び来寿様の声が上がった。


「お前さんが」


 お前さん。私である。呼ばれたからには反応する。


「私が?」


 私は声を上げた。すると、来寿様は先の言葉の続きを告げた。


「俺に――()()()()()()


 じゃれ付いた。その言葉を聞いた瞬間、私の脳内に、先程まで見ていた夢の内容が閃いた。その瞬間、私の脳が沸騰した。その反応の原因が、私の脳内に閃いていた。


 まさか、まさかなあ?


 自分の想像が、とても怖い。しかし、確認せずにはいられない。


「もしかして、抱き着いたり?」

「あ――うん」

「もしかして、頬擦りしたり?」

「あ――うん」

「もしかして――……」

「…………」


 来寿様の言動が、私に最悪の可能性を直感させた。


 あれは現実だったのっ!?


 私は来寿様の前で痴態を晒した。あれでは魔王の威厳も何も無い。来寿様に合わせる顔が無い。故に、私は来寿様の視界から私の顔を消すことにした。


「来寿」

「何だ?」

「暫く、一人にしてくれ」

「分かった」


 来寿様は素直に寝室から出ていった。その間、私はジッと来寿様の背中を見詰めていた。それが完全に消えて、寝室の扉が閉まった。

 その直後、私は掛け布団を引き上げて、頭まで被った。続け様に、布団の中で悶絶した。


「うあああああああああああああああああああああっ、やらかしたああああああああああああああああっ!!」


 私は絶叫しながらのた打ち回った。その様子を来寿様が見ていたならば、ケルベロスの最期の様子に例えられていただろう。ちくせう、ちくせう。おうまい、がでぃす。

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