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第三十五話 魔力の回復薬

 焼け焦げた地面を裂いて、体長十メートルの大蜥蜴が這い出てきた。

 蜥蜴の体表は、目が痛くなるほど赤い。それもそのはず、燃え盛っているのだ。

  蜥蜴の巨躯から噴き出す炎は、世界を焦がすと錯覚するほど大きく、強く、激しい。それらの光景や特徴が、私に蜥蜴の正体を直感させた。


「サラマンダーっ!」


 創世記にのみ名前を記す規格外の魔物。即ち、女神の失敗作。その正体が知れたからには、やるべきことは唯一つ。

 私は即座に女神の大魔法を唱えた。


絶対零度の吹雪アブソリュート・ゼロ・ブリザード


 炎には氷。相克(そうこく)の魔法をぶつける。サラマンダーに向かって絶対零度の風が吹き荒れる――はずだった。

 ところが、現れたのは微風。私の前方、一メートルほどの空気を凍らせただけ。その事実を目の当たりにした瞬間、私は最悪の可能性を直感した。


 魔力が底を尽いたのか。


 今の今まで、私は森林火災を治めようと散々魔法を唱え続けていた。そのツケが、今頃になって回ってきたのだ。何たる不運。その事実は、私を絶望させた。


 これではサラマンダーを仕留められない。


 女神の大魔法を使用しなければ、女神の失敗作は倒せない。女神の大魔法を使う為には、魔力を回復する必要が有る。

 城に帰って、来寿様の手料理を食べて、お風呂に使って、ぐっすり就寝したならば、それなりに回復できる。尤も、それまでサラマンダーが待っていてくれればの話だが。

 淡い期待を寄せるには、相手が悪過ぎる。


 今、この場で倒すしかない。でも、どうやって?


 私は(すが)るような思いで来寿様を見た。すると、来寿様は石化ブレス噴出装置を構えて、サラマンダーに噴出孔を向けた。


 石化ブレスを浴びれば、サラマンダーとて石になる。その可能性に期待したい。しかし、現実は無情であった。石化ブレス噴出装置は作動しなかった。


 大袋の中に溜まっていた石化の呪いが枯渇していた。それも当然だ。来寿様は、私と一緒に消火活動をしていたのだから。残念、無念である。

 しかし、これで終わる来寿様ではなかった。


 噴出装置が作動しないと知るや否や、来寿様は装置を外した。続け様に、腰の打刀を引き抜いた。その瞬間、私の視界に虹色に輝く刀身が映った。


 妖刀村正。その虹色の刃に掛かれば、如何なるものでも真っ二つである。例えサラマンダーと言えども例外ではない。

 今、この場でサラマンダーを倒す方法は、妖刀村正しかないだろう。


 来寿様、頑張ってっ!


 私は、来寿様の勝利を祈念した。それに応えるように、来寿様はムラマサを八双に構えて突っ込んだ。


 来寿様が打刀の間合いに入ったならば、その勝利は確実である。しかし、それを易々と許すほど、相手は甘くはなかった。


 サラマンダーの炎が、一層大きく燃え上がった。それは拡散せず、一本の柱のように収束した。

 巨大な火柱が現れた。それこそ天まで届くと錯覚するほど長大である。それが柳のように大きく揺れた。そのまま鞭のように(しな)って、真正面に向かって伸びていく。その先には来寿様の姿が有った。


 彼我の距離は、未だ百メートル以上離れている。来寿様は一生懸命走っている。しかし、間に合わない。

 来寿様の痩身は、巨大な火柱に押し潰された。その刹那、来寿様の絶叫が轟いた。


「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 大きな声だ。化石の森が揺れている。その振動を受けながら、私は最悪の事態を想像していた。しかし、幸いにして杞憂に終わった。


 来寿様は健在であった。ツナギをまとった体が、火柱の中からヒョッコリ飛び出している。しかも、遠目からだと全く無傷のように見える。

 実際、来寿様は火柱の攻撃を避け切っていた。どうやったのか? その方法は、現況を見れば直ぐに理解できた。


 サラマンダーの火柱は、縦一文字、真っ二つに割れていた。来寿様は()()()()()()のだ。


 来寿様の持つ妖刀村正は、あらゆるものを斬る。その対象の中に、どうやら炎も含まれていたようだ。

 サラマンダーの攻撃は、来寿様には通じない。だからと言って、降参してくれるほど甘くはない。


 サラマンダーは、続け様に火柱を起こした。それを、今度は横薙ぎに振るった。

 来寿様は火柱を逆袈裟に斬った。その直後、新たな火柱が袈裟懸けに振り落とさされた。

 来寿様は、それも斬った。その直後、新たな火柱が来寿様を襲った。


 サラマンダーは、執拗(しつよう)に火柱を起こして、来寿様に連続攻撃を加えている。しかし、来寿様には通用しない。

 来寿様は、全ての火柱を斬って、斬って、斬りまくった。

 双方とも一歩も引かない。このまま千日手に入る可能性すら想像した。

 しかし、私には勝負の結末が見えていた。それがハッキリと視界に映っていた。


 火柱を斬る度、妖刀村正の刀身から虹色の輝きが()せていく。

 私が掛けた女神の大魔法、「鬼神の妖刀デモンローズ・カースドブレイド」の効果が切れ掛かっているのだ。その事実を直感した瞬間、私は最悪の可能性を想像した。


 このままでは、来寿様が負ける。焼き殺されてしまう。


 来寿様は、現在進行形で火柱を斬りまくっている。今の来寿様に、別の行動を起こす余裕は無いだろう。

 来寿様を救える者がいるとすれば、私しかいない。しかし、今の私に魔法は使えないのだ。

 魔王と言えど、魔力が無ければ只の人。今の私は、女神に似た見目麗しい美少女に過ぎない。


 魔力さえ、魔力さえ有れば。


 魔力を回復する。その為の方法が、今の私には――有った。それを直感した瞬間、私は首から下げた小袋を取り出した。続け様に、袋の中を開けた。


 小袋の中には、小型の試験管が有った。その中には、青色の液体が入っている。それを目にした瞬間、私の口の端が吊り上がった。


 こんなことも有ろうかと、用意していた甲斐が有った。


 私は試験管の栓を抜き、中に入っていた青い液体を(あお)った。その直後、思い切り――(むせ)た。


 これ、初めて飲んだけど、凄く、苦い。


 青い液体の味は、粉薬そのものだ。液体とは思えないほど粉っぽく、喉にへばり付く。正直、二度と飲みたいとは思わない。しかし、飲み(にく)さの代償は破格であった。


 青い液体が、私の食道を抜け、胃の中に入った。その瞬間、私の腹の底から沸々と熱が込み上がった。

 その感覚は、魔力復活の狼煙(のろし)だった。


 青い液体の正体。それは、私の魔力を詰め込んだ「魔力回復薬」である。


 我ながら素晴らしい発明品である。しかし、実は未だ試作品だ。もしかしたら、とんでもない副作用も有るかもしれない。検証する必要は有る。しかし、今は全て後回しだ。


 これで、女神の大魔法を放てるか?


 回復した魔力量は、期待したほどではなかった。攻撃系の大魔法がギリギリ一回いけるかどうか。

 一回限りとなると、魔法を選ぶ必要が有る。しかし、考えている暇は無い。制限時間は、たった今尽きた。


 妖刀村正から、虹色の光彩が消えた。それを直感した瞬間、私は反射的に呪文を唱えていた。


天帝の雷霆(ゼウスズ・ケラウノス)


 よりによって、最大攻撃力の魔法である。自分でも正気を疑った。しかし、今更変更する時間は無い。

 全力全開。私は生命力を懸ける覚悟で、無理やり魔法を完遂した。私の覚悟に、私の魔力が全力で応えてくれた。

 私の頭上に特大級の雷雲が発生していた。


 蜥蜴の頭を吹き飛ばせっ!!!


 天帝の雷が、真っ直ぐサラマンダーの頭部に伸びていく。その眩い光が、爬虫類の細い瞳孔を煌々と照らした。

 その刹那、サラマンダーは地面に潜った。


 サラマンダーの頭が地面に埋まった。しかし、逃げ切れない。私が逃がす訳がない。

 燃え盛る頭が埋まった直後、サラマンダーの首に雷の柱が突き刺さった。


 雷光が周囲を焼いた。それと同時に、サラマンダーの首が爆散した。それに遅れて、真っ赤な炎と、真っ赤な血潮が宙を舞う。

 私の視界に、首の無い巨大蜥蜴の巨躯が映っていた。


 サラマンダーの巨躯は、未だ炎を吹き上げていた。流石は炎の精霊と言ったところか。しかし、その勢いは目に見えて衰えている。その事実を直感した瞬間、私は現況の意味を理解した。


 勝った。


 サラマンダーの炎は、言うなれば「残滓(ざんし)」である。体内に残った残留魔力の効果に過ぎない。その事実を直感した瞬間、私の脳内に「初めてケルベロスの肉を食んだ光景」が閃いた。


 あのときの()()と同じだな。でも、あの肉は――うん、美味しくない。けど、美味しかったなあ。


 ケルベロスの肉自体は不味い。しかし、来寿様との食事に勝る調味料は無い。今も、来寿様を想うだけで胸が熱くなる。いや、あれ? 一寸(ちょっと)熱過ぎでは? え? 何? 何か体が――おかしい? 変だ?


 私の体が異様に火照っている。何故なのか? 理由を考えた瞬間、脳内に青い液体が閃いた。


 まさか、回復薬の副作用?


 今更ながら、回復薬が試作品であったことを思い出す。尤も、それと覚悟の上で呷った訳だが。そのお陰で、サラマンダーを倒せた。その判断に後悔は無い。

 しかし、安心できない。むしろ、危機感しかない。この後のことを考えると――あれ? 何だっけ? 上手く頭が回らない。


 私の目に薄い膜が張られた。そのように錯覚するほど、焦点が合わなくなっている。その覚束無おぼつかない視界の中に、見知った顔が映り込んだ。


「ミアっ」


 掠れた男性の声が、私の耳に入った。その瞬間、私の胸が激しく脈打った。その刺激が、私の頭の中をグチャグチャにする。


 何? 何なの? 貴方は――誰?


 私は男性の顔を見た。よく知っている顔だ。しかし、誰だったか思い出せない。思い出せないという事実が、私はとても、とても、とても――嫌だ。


 私は必死に思い出そうとした。すると、「王子様」という言葉が閃いた。私にとっての王子様。それが誰かと考えた瞬間、私は男性の名前を思い出した。


「来寿様」


 私の口から、男性――王子様の名前が零れ出た。その瞬間、私の脳が爆発した。そのように錯覚するほど強い刺激に襲われた。


 もう、何が何だか分かんない。どうなっても良い。どうにでもして。

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