第三十三話 魔王の宣言
化石の森で手に入れた三つのドラム缶。それらに魔法、加工創造を掛け、私が望む機能を付与した。
完成した作品は――二個。それらを中央広間に並べて、来寿様達に披露した。
樹木網の床の上に並ぶ二本のドラム缶。その傍らに立つ、女神の生まれ変わりと思しき美少女。
この私、ウィルミア・デストランドは、「どや」と胸を張っていた。その鼻が高く伸びた顔に、四対の視線が注がれている。
私の対面には、来寿様と三体の土人形達が並んで立っていた。
それぞれの視界には、私の傑作品がハッキリ映っている。私が得意げにしている意味も理解している――はず。
しかし、四人(一人と三体)は一様に首を傾げている。何故なのか? その理由が、来寿様の口から飛び出した。
「何も変わっていないように見えるのだが?」
確かに見た目は変わっていない。実のところ、二つの内一個は殆ど弄っていない。私は向かって左側のドラム缶を指差した。
「こいつは風呂の浴槽だ」
浴槽。つまり、水や湯を入れるだけの道具である。元のドラム缶の機能と大差ない。しかし、それなりに工夫は施している。
「ドラム缶の内側には、火傷防止の魔法防護を掛けている」
「ほう」
「底には、溜めた水を抜く栓を取り付けた」
「ほほう」
「他にも、お湯が冷めないように――」
私は、ドラム缶に施した様々な機能を解説した。それが終わったところで来寿様達を見た。すると――
「これは凄いな」
来寿様と土人形達は、頻りに頷きながら拍手していた。その反応を目の当たりにして、私は一層胸を大きく反らした。鼻も一層高く伸びた。口の端も吊り上がった。
しかし、私が浮かべた笑みは悪魔的である。含みのあるシニカルな笑みであった。その理由が、吊り上がった口から飛び出した。
「こいつの方が凄いぞ」
私は向かって右側のドラム缶を指差した。
そのドラム缶もまた、外観的には何の変哲も無かった。しかし、これには「世界初」と言える画期的な機能を付与している。それを口で説明しても良かっただろう。
しかし、私は敢えて説明を省略した。何故なのか? それは――来寿様を吃驚させる為である。
「ゆくぞ」
私はドラム缶の縁に右手を当てた。続け様に、掌から魔力を放出した。
すると、ドラム缶が「ゴウン、ゴウン」と音を立てて動き出した。底面の円心を中心に、横回転している。それらの現象は、来寿様達の視界にバッチリ映り込んでいた。
「これは――本当に凄いな」
来寿様達は、先ほど以上に強く拍手した。その反応を目の当たりにして、私の胸は一層反り返った。そのまま後頭部が床に着くと思えるほど反り返った。その際、私の口に会心の笑みが浮かんでいた。私の鼻も、天井に着くと錯覚するほど伸びている。
しかし、私が良い気になっていられたのは束の間だった。
来寿様達は一生懸命拍手していた。しかし、拍手を止めた途端、揃って首を傾げた。何故なのか? その行為の意味が、来寿様の口からポロリと零れ出た。
「で? これは――何なのだ?」
「は?」
来寿様の言葉を聞いて、私は思わず床に後頭部を打ち付けてしまった。痛い。しかし、それ以上に――呆れていた。
どうやら、来寿様も、土人形達も、意味も分からず感心していたようだ。
私は起き上がって、来寿様達をジト目で睨んだ。すると、来寿様達は揃って右手を顔の前に掲げて、その人差し指で鼻先を掻き出した。可愛い。しかし、そのような可愛い仕草でごまかせるほど、魔王は甘くない。甘くはないが――
「仕方がないな」
私は苦笑した。私は来寿様達の無知を許した。
そもそも、回転するドラム缶など我らの世界には無いもの。その機能を想像することは、一般ネフィリム人には不可能なのだ。
私は「ごほん」と咳払いをした。続け様に、回るドラム缶の名称を告げた。
「これは『全自動魔力洗濯装置』だ」
全自動魔力洗濯装置。その名の通り、衣服を勝手に洗濯する道具である。魔力を注ぐだけで起動する。
これを使用することで、手洗いの労苦から解放されるのだ。しかも、家事がチョッピリ苦手な私でも簡単に洗濯できる。その事実は、私に一つの役目を決意させた。
「それで――だ」
魔王の決意表明。その内容を考えると、誰しもが「世界征服」を想像するだろう。実際、今から私が宣言する内容は、世界征服と同列と言えるほど難度が高いものだ。少なくとも、私にとっては。
流石に、少し緊張する。
私は大きく深呼吸した。新鮮な空気が杯を満たす。それに伴って、心身ともに正常化されたように錯覚した。お陰で、少し落ち着いた。今ならば、自信満々で世界征服を宣言できる。
私は、世界を滅ぼす覚悟を決めた。それくらいの強い想いを込めて、全力で宣言した。
「これを使って、洗濯は私がやろうと思う」
「「「「!?」」」」
魔王の洗濯宣言。魔王という偉大な存在が、家事に手を染める。ありえない話だ。我が国の人間が聞いたら、私の正気を疑うこと間違いなし。そうでなくとも、誰しもが耳を疑うだろう。
実際、来寿様も、土人形達までもが、目と口を大きく開いている。その表情を見ていると、開いている口から「そんな馬鹿な」という幻聴が聞こえてくるようだ。
しかし、私の宣言に嘘偽りはない。
私は家事を手伝う。来寿様の、皆の役に立つのだ。
私もまた、この城の一員である。家事をする義務が有る。今の私は、そう思っている。私は変わったのだ。いや、正確には「変わったところも有る」というべきか。変わっていないところも、未だに沢山有った。
魔王として生きてきた故に、人を謀る性分はなかなか治らない。洗濯宣言の裏には、別の思惑が有った。それが、私の口から飛び出した。
「洗濯場は、私の寝室の隣に造ろうと思う」
私が担当になるのだから、作業場所は私の近くに在った方が良い。尤も、洗濯の際は私の寝室を通る羽目になる訳だが。
これで、来寿様は必ず私の寝室に来ることになる。じゅるり。
私の脳内で、来寿様が私の寝室に忍んで来る光景が閃いた。すると、私の口の端から涎が垂れた。それを直感した瞬間、私は右手の甲で涎を拭った。
焦るな。焦るな、魔王ウィルミア・デストランド。この作戦には、未だ強力な二の矢、三の矢が有る。
私の脳内では、既に二の矢、及び三の矢の発射準備が完了している。今直ぐにでも放てる。しかし、私は敢えて堪えた。
深呼吸して、逸る心を静めた。十分頭が冷えたところで、来寿様に向かって声を上げた。
「どうだろう?」
私は、敢えて来寿様の意向を尋ねた。
来寿様は、今は私の臣下である。私が強引に事を進めることも可能ではあった。しかし、敢えて強硬な手段は封じる。その理由が、私の脳内に閃いていた。
来寿様の意思を尊重しよう。
私は来寿様の回答を待った。
果たして、来寿様は私が放った一の矢(洗濯場の建設予定地)を受け入れるのか? その結果如何では、作戦の修正もあり得る。或いは、作戦自体を破棄することになるかもしれない。そのときは――残念だか、受け入れよう。
ああ、来寿様。どうか、お認め下さい。
私の脳内で、様々な可能性が閃いている。その中から最善のものが選ばれることを、私は祈念していた。その最中、私の耳に掠れた声が飛び込んだ。
「まあ、俺は構わないけれど」
私の一の矢は通った。その瞬間、私は「そうか」と素っ気ない返事をした。しかし、心中では全力でガッツ石松ポーズを決めていた。小躍りもしていた。そのまま夜通し踊り続けたいくらい喜んだ。しかし、これは未だ始まりに過ぎない。
私は脳内で番えていた二の矢、及び三の矢を放った。
「洗濯場は、脱衣所と兼用とする。その奥に、浴室を造る」
脱衣所に浴室。それらは確実に《《裸になる場所》》である。そんなものが私の寝室の隣に有るという事実。これが何を意味するのか? それを想像すると、私の脳内でアラクネが張った蜘蛛の巣が閃いた。
「どうだろう?」
私は再び来寿様に意見を求めた。その間、私の脳内蜘蛛の巣は、より大きく緻密に仕上がっていく。完璧な罠である。それに触れた瞬間、糸で雁字搦めである。
来寿様はどうする? 逃げるの? それとも立ち向かうの? それとも――裸で私のベッドに潜り込む? お勧めは三番目の選択肢。これ以外は愚行。
私は息を飲みながら来寿様の審判を待った。その判決が、たった今下った。
「まあ、俺は別に構わないが」
来寿様は許可した。その行為は、私との婚姻届けに判を押したも同然である。私の完全勝利である。間違いない。そう思った。
ところが、来寿様の言葉には続きが有った。
「俺は外で行水するからな」
「!!!」
有り得ない。有って良いはずがない。風呂が有るのに行水とは。私は来寿様の正気を疑った。しかし、あの来寿様ならやりかねない。
ここはもっと強力に、私の風呂に誘引する要素が必要だ。そんな必殺の切札が、私にの手の中には有った。
「因みに、私は残りのドラム缶で『全自動魔力湯沸かし器』を造ろうと思う」
湯沸かし器。即ち「温かいお風呂に浸かれる」ということである。この魅力には、流石の来寿様も抗えまい。
湯沸かし器が完成した暁には、私の崇高な計画が完遂したも同然である。
しかし、これには大きな問題が有った。
「ただ、素材が――足りん」
湯を沸かす為には、火、或いは熱を生じる素材が必要なのだ。無から生じる魔法も有るが、未知のものを創造(想像)することは、私にもできない。
因みに、ケルベロスの火袋は台所の竈に使用している。創世記に記された「コンロ」である。
湯沸かし器を造る為には、もう一体のケルベロスが必要だ。或いは、別の火を吐く魔物でも良い。
そんな魔物が、都合良く現れてくれないだろうか?




