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第二十九話 アシハラ随一の剣士

 俺、愛洲来寿(アイス・ライス)生国(しょうこく)「アシハラ」は、フォリス大陸には存在しない。大陸の東端、海を隔てた場所に浮かぶ小さな島国だ。

 島国であるが故、大陸の国々とは少々文化が違うようだ。その違いを一言で言い表すことは難しい。しかし、敢えてアシハラを一言で言い表すならば、「武士の国」だろう。


 武士。他国で言うところの兵士階級である。それも、兼を生き甲斐にしている連中だ。武士が行う政治は、厳格であり、排他的、隠ぺい体質、剣呑(けんのん)である。


 因みに、他国に於いては「(サムライ)の国」と呼ばれている。

 何故に侍なのか? その原因は、アシハラに来た外国人に対する問答である。


「武士とは何ですか?」

「武士とは『(さぶろ)う者』である」


 侍うとは「人に仕える」という意味である。これは分かり難い。件の外国人に分かり易く説明していたならば、アシハラは「騎士の国」と呼ばれていただろう。

 ともあれ、武士とは人に仕え、民に尽くす者。これが武士の本分である。その宿業に、俺も殉じた。しかし、俺は生粋の武士ではなかった。いや、ハッキリ断定することはできない。

 そもそも、俺の生誕の地は不明なのだ。

 俺が物心ついたときには、既に養父と共に旅を続けていた。


 養父の名は「愛洲久寿アイス・キュウス」という。俺を拾い、俺に「来寿」という名前をくれた。


 養父は、嘗て「アシハラ随一の剣士」と呼ばれた天才剣士であった。全国剣術大会で優勝した功績を以て、将軍(アシハラの実質的な支配者)の剣術指南役に抜擢されている。

 その頃が、養父の人生に於ける絶頂期であったろう。しかし、その期間は存外に短かった。


 養父は。将軍家の跡取りを巡る政変に巻き込まれた。所謂「お家騒動」である。


 養父が組していた陣営は、お家騒動に破れた。その時点で、養父は地位を失っている。以来、養父は()連れで旅を続けている。


 定住を持たない生活は、それなりに不便ではあった。しかし、それを凌駕(りょうが)して余り有る生き甲斐が、俺には有った。

 

 武士が武士たる所以(ゆえん)、最も拘る技――剣術。


 養父の剣術に、俺は魅せられていた。それを使い(こな)そうと、養父にせがんで稽古を付けて貰った。

 養父は強い。俺は全く歯が立たない。しかし、剣を振るうこと、養父に挑むことは楽しくて仕方がなかった。

 俺は夢中になって剣を振るった。すると、寝床が無くとも気にならなくなった。食う物が無く、腹が鳴っても気にしない。俺は全てを忘れて養父の剣術にのめり込んだ。


 剣術漬けの毎日。お陰で、それなりに俺の腕前が上がっただろう。しかし、それを測る機会には、中々恵まれない。


 そもそも、俺の稽古相手はアシハラ随一の剣士なのだ。何度挑もうと、結果は全て同じ。俺の完敗だ。

 これでは「自分は強い」などと思い上がれるはずもない。それでも、俺は挑み続けた。


 俺には養父ほどの才能がない。俺は養父に敵わない。そう思っていた。それでも、俺には剣しか無かった。だからこそ、一身に剣に打ち込み続けた。その努力は、決して無駄ではなかった。


 俺が養父と旅を続けて十五年後、俺が十七歳(推定)になった春、俺は初めて養父から一本とった。


 何百、何万回も挑んだ果ての、たった一本。それでも、嬉しかった。しかし、この成果は気持ちの問題だけに止まらなかった。

 俺には破格の報酬が用意されていた。


「俺がお前に教えらることは、もう何も無い」


 俺は養父から免許皆伝の認可を受けた。養父に一人前の剣士と認められたのだ。その事実は、俺に「他の武士と同格である」と錯覚させた。しかし、それは大きな間違いであった。

 俺が間違いに気づいたのは、同年の冬のこと。


 当時、俺は養父と共に辺境の(はん)(アシハラの地方領)に滞在していた。そこで藩主(アシハラの地方領主)から食客として(ぐう)されていた。


 実のところ、養父の隠れファンは存外に多い。その勇名はアシハラ全土に知れ渡っている。「養父が藩内にいる」と知られたならば、当地の藩主から「是非、我が藩の剣術指南役に」と望まれる。しかし、養父はにべもない。


「お家騒動に巻き込まれるのは、もう懲り懲りだ」


 養父は士官を頑なに拒む。このとき滞在した藩でも同様だ。食客以上の扱いは固辞している。

 しかし、このときばかりは少々事情が違った。


 当代の藩主は養父の縁者(えんじゃ)であった。その上、(すこぶ)る諦めが悪い。養父が駄目ならと、


「ならば、久寿の弟子を指南役に」


 何と、俺に目を付けたのだ。その要請に対して、養父は返事をしなかった。その役目を、何と俺に託したのだ。


「お前が決めろ」


 俺は既に一人前であった。それを認めた養父の為にも、俺は自分のことは自分で決めるべきだろう。

 しかし、頭で考えても迷うばかり。(らち)が明かない。ならば――俺は最後の手段に打って出た。


 剣術に於いて心掛けている選択手段、即ち「無心」である。


 俺は心を無にした上で、自分の本心に「どうしたい?」と問い掛けた。すると、心底から沸々と熱い想いが込み上げた。


 養父に認められた腕前を試したい。養父の剣術を、今一度世に知らしめたい。


 俺は決断した。藩主の要請を受け、藩の剣術指南役となった。その上で、藩の代表として、将軍家主催の全国剣術大会に出場した。

 その際、俺は養父から知恵を授かった。


「他流派を名乗れ。俺の流派と知られたら、出場資格を失うやもしれん」


 嘗て、養父は将軍家のお家騒動に巻き込まれた。そこで敗者となり、放逐された。その事実を鑑みると、養父の知恵は妥当と思えた。


 俺は他流派を(かた)り、その剣術を真似た。それも徹底的に。そのせいで、今もたまに口から他流派の掛け声が出る。我ながら間抜けな話と思わなくもない。しかし、その奇行の甲斐は有った。


 俺は大会で優勝を果たした。それも、圧勝である。その成果を以て、俺は養父と同じ「アシハラ随一の剣士」という異名を得た。その証として、アシハラ随一の刀鍛冶の打刀を拝領(はいりょう)した。


 その打刀こそ、現在の我が愛刀「村正」だ。


 村正を得た俺は、真実無敵であった。少なくとも、アシハラ内では。

 真剣勝負であれば、養父にも勝つ。そのように、俺も、養父も、誰しもが確信していた。

 しかし、俺の絶頂期は存外に短かった。そもそも、武士の国(アシハラ)に於ける最強とは、厄介な面倒事に巻き込まれる呪いだ。


 過去に於いて、「アシハラ随一の剣士」の称号を得た者は、全員、漏れ無くお家騒動に巻き込まれている。

 その宿業から、俺も逃れられなかった。

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