第二十七話 剣士の宿業
コーン、コーン、コーン。
どこか遠くから、何かを叩く音が聞こえる。それを意識した瞬間、私の視界に光が射した。その直後、様々な像が閃いた。
開かれた視界に、複雑に絡み合った樹木が映っている。それを直感した瞬間、現況の意味を理解した。
ああ、寝てしまっていたか。
体を起こして周りを見る。すると、雑多に積み上げられた素材と、幾つかの書物を視認した。
ここは封印魔王城内、魔王の研究室。封印世界の謎を解明したり、新たな魔法道具の創作活動に勤しんだりする場所である。
昨日、私は気の向くまま、食指が動くまま、雑多な創作活動に没頭した。それに夢中になる余り、寝所に行くことなく、この場で眠ってしまった訳だ。我ながら研究熱心と思う。
しかし、同居人に言わせれば「不健康極まりない」のだそうな。そうだろうか? 私にはよく分からん。
私は寝ぼけ眼を擦りながら起き上がった。すると、汗を吸った着物が体にまとわりついた。気になる。未だまだ研究し足りないが、現況のまま続行する気にはなれない。
一先ず、体を洗って着替えよう。
私は研究室から退出した。すると、外から「コーン、コーン」と、何かを叩く音が聞こえた。それを耳にした瞬間、私を覚醒させた音と同じものだと直感した。
何だろう? 城外から聞こえるようだ。
城外の異音。その原因に付いて想像すると、真っ先に魔物を想起した。
魔物とは、この世界に於いては女神の失敗作を意味している。我々にとっては強敵、難敵、不倶戴天の敵である。放置する訳にはいかない。
私は直ぐ様封印魔王城の玄関へと向かった。
魔王城の玄関は、中央広間の南端に有る。そこには通路が伸びていて、突き当りに一際大きな木製の扉が有った。それが城と外界の境界線、玄関扉である。
魔王城の玄関扉は両開き(内開き)になっている。その横幅は二メートル、高さは三メートルもある。内側には閂を掛ける金具も付いている。閂は――扉の傍らの壁に立て掛けてあった。
閂が外されている。その事実は、私に一つの可能性を想像させた。
来寿様が外に出ておられる。
恐らく、魔物討伐に出たのだろう。来寿様ならば、有り得る話だ。
普段の来寿様は、穏やかで、落ち着いて見える。しかし、存外無鉄砲である。敵と見れば、相手が何者であろと単騎駆け、誰より先に突っ込んでいってしまう。その事実を想起した瞬間、私の体が勝手に動いていた。
私は両掌を玄関扉に当てた。そのまま「ふんぬ」と力を込めて押した。すると、玄関扉は「ズズッ」と音を立てながら外に向かって押し出されていく。
押していく内、扉の間に体一個分の隙間ができた。その事実を直感するや否や、私は外に向かって飛び出した。
その直後、私の視界に大量の水が映った。
化石の森の玉座、湖である。それを直感した瞬間、咄嗟に水際を見た。すると、そこに一人の男が立っていた。
白銀の着流し姿の男だ。斯様な格好をしている者は、この世界に一人しかいない。その事実を、私はよく知っていた。
愛洲来寿様。我が近衛騎士にして、私の王子様(予定)。
来寿様の格好は、いつもの普段着である。しかし、城内のときとは仕様が異なっている。
上半身に「襷」という紐が蒔き付いている。恐らく、袖を抑える為の工夫だろう。アシハラの着物は着崩れし易いのだ。その事実を考慮してか、下半身にも工夫が施されていた。
裾を捲り上げ、その端を帯に絡めている。その為、来寿様の脚は剥き出しになっている。その引き締まった腿が目に入ると、私の心臓がドキリと跳ねた。
これで褌までも見えていたならば、私の視線は釘付けになっていただろう。しかし、呑気に鑑賞している場合では、どうやらないようだ。
来寿様は両手に木製の刀剣を握っていた。それを頭上に振り上げ、大上段に構えている。明らかに戦闘態勢である。
しかし、攻撃対象は魔物ではなかった。
来寿様の前には大きな切り株が有った。その上に、大きく切り取られた木の幹、薪が乗っていた。
それらの存在を視認した瞬間、来寿様が刀剣を振り下ろした。
木製の刀剣が薪の上底面を打った。その衝撃で、薪は左右真っ二つに割れた。その際、「コーン」と小気味い音が鳴り響いた。
その光景を目の当たりにした瞬間、現況に至るまでに起こった数々の現象の原因を理解した。
私を起こしたのは、来寿様の薪割りであったか。
どうやら、来寿様は早朝から薪割りに勤しんでいたようだ。その行為は賞賛に値する。しかし、私の首は斜めに傾いだ。
何故、来寿様は自ら薪割りをするのだろう? 何故、態々「木刀」を使うのだろう?
木刀。アシハラの木剣である。一応、私の魔法で強化している。しかし、所詮は打撃武器。薪を割るには不向きである。
そもそも、私に頼めば「全自動魔力薪割り機」が手に入るのだ。何なら土人形に任せても良い。何より、来寿様には妖刀村正が有る。あれを使えば、薪割りなど造作も無い。
それでも、来寿様は木刀で薪を割る。何故なのか? 訳が分からない。
私の脳内に、来寿様の奇行の答えは無い。それを知りたくば、直接本人に尋ねる他無い。
私は来寿様の傍に近付いた。
私が接近する間、来寿様は新たな薪を用意して、それを木刀で割った。その行為を見届けてから、私は声を上げた。
「来寿」
「ん?」
来寿様は即応した。ユックリ首を回して、私を見た。その尊顔を拝した瞬間、私の心臓がドクンと跳ねた。
ああ、来寿様。今日も良い笑顔。す、て、き。
来寿様は笑顔であった。そもそも、いつも笑顔である。いつも、私に微笑み掛けてくれる。尤も、本人にはその気は無い――らしい。
来寿様曰く、「俺の目が細いから、そう見えるのだろう」とのことである。そうなのだろうか? いや、そうでは有るまい。私には全てお見通しである。
来寿様の益体も無い言い訳は、只の照れ隠しである。
来寿様は、今日も今日とて私に微笑み掛けている。それに対して、笑顔で応えることが筋であろう。しかし、私は一般人ではない。魔王なのだ。
「ふん」
私は敢えてソッポを向いた。その行為に因って、赤くなった顔を隠した。見事な体裁の繕い方である。名女優も真っ青である。誰もが私の行為を自然なものと受け止める。
しかし、来寿様の洞察力は異次元である。来寿様の目には、私の行為は奇行として映っていたようだ。
「何なのだ?」
来寿様は首を傾げた。その反応を直感するや否や、私はソッポを向きながら「ごほん」と咳払いした。その行為に因って、来寿様の機先を制したのだ。これから先は、私のペースで会話が進むだろう(願望)。
私はソッポを向いたまま、続け様に声を上げた。
「其方、何故に木刀で薪割りなどしている?」
私には、来寿様の行為こそ奇行なのだ。意味が分からない。故に、本人に直接訪ねた。
すると、来寿様は右手を自分の眼前に掲げた。続け様に、人差し指を鼻に伸ばして、その先をコリコリと掻いた。
その仕草、まるで幼い子どものようだ。ケルベロスを単騎で倒した勇者にしては、可愛らしいが過ぎる。思わず来寿様の頭をグリグリ撫で回したくなる。
私はソッポを向きながら、来寿様との距離を詰めた。手の届くところまで近付いた。右手が来巣様の頭に伸びる。しかし、残念。触れられなかった。
私が手を伸ばしたタイミングで、掠れた声が私の耳に飛び込んでいた。
それは、私の疑問に対する、来寿様の回答だった。
「まあ、修行だな」
「修行?」
「習慣、いや、習性かもしれん」
修行、習慣、習性。来寿様にとっては大事な行為のようだ。
私も、知的好奇心に駆られるまま研究に没頭する習性が有る。そういう意味では共感できる。
しかし、私の首は一層斜めに傾いだ。その反応の意味が、私の口から飛び出した。
「自分が辛いだけではないのか?」
楽ができるのに、楽をしない。それどころか、一層困難な方法を採用する。その考え方は、私には理解できない。それと同時に、寂しさも覚えていた。
何故、来寿様は私に甘えて下さらないのか?
私はソッポを止め、来寿様の方を見た。
私の視界に来寿様の顔が映っている。そこには――苦笑が浮かんでいた。その事実を直感した瞬間、視界に映った薄い口が開いた。
「そうかもしれんな」
来寿様は、ご自分の行為を奇行、或いは愚行と認めた。その点に関しては、頷けるし共感もできる。しかし、だからこそ分からない。
「其方、もしかして自分を追い詰めることが好きなのか?」
変わった習性、或いは性癖である。来寿様には申し訳ないが、一般的には異常であろう。
尤も、私ならば受け入れられる。来寿様に如何なる性癖が有ろうとも、全力で受け入れる覚悟が有る。
そもそも、私以外に来寿様を受け入れられる存在はいない。その事実を思うと、現況は好機と思えなくもない。
来寿様が「そうかも」と認めたならば、「ならば結婚しよう」と提案しよう。この求婚は絶対に成功する。タイミング的にも最善と言える。成功確率は、少なく見積もっても百二十パーセントは有るだろう。
私は告白の覚悟を決めた。その直後、私が望んだ言葉が耳に飛び込んできた。
「そうだな」
来ましたわあああああああっ!!!
来寿様は認めた。ご自分の変態性をお認めになられた。その瞬間、私の脳内で教会の鐘が鳴り響いた。
白亜の教会に、純白の衣装に身を包んだ私と来寿様が並んで立っている。そこまで想像したところで、来寿様が更なる追い打ちを掛けてきた。
「長い付き合いになるかもしれんのだから――」
長い付き合い。即ち「永遠」である。来寿様は永遠を誓った。ならば、応えるのが道理であろう。私は来寿様との距離を詰めた。
この間合いなら、絶対に外さない。
私は来寿様の唇に狙いを定めた。誓いの口付けを繰り出すつもりだった。ところが、私の覚悟は空振りに終わった。
私が口を突き出すより先に、来寿様が声を上げていた。
「俺のこと――少し、話しておこうか」
「!」
来寿様の自己紹介。その生い立ちが分かる。それに興味を覚えない訳がない。誓いの口付けは、その後で良いだろう。その僅かな間に、余計な邪魔者が介入するかもしれんのだ。
そもそも、外に出ていることも問題だ。魔物どもに目を付けられる可能性は高いのだ。ならば、
「中で聞こう」
私は来寿様に場所変更を要求した。すると、来寿様は「ああ」と即応した。その返事を聞くや否や、私は即座に踵を返した。
ああ、来寿様の――あんなことや、こんなことが分かる。楽しみが過ぎる。
私の鼻の下は、私の意志とは裏腹に、勝手に伸びた。その変調を、来寿様に知られる訳にはいかない。私は全力でソッポを向いた。その状態を維持しながら、来寿様を先導して、開きっ放しの玄関扉を潜った。




