第二十五話 世界随一の至宝
複雑に絡み合う樹木の部屋。その中心にそびえる白銀の幕の山。それを見詰める黒革衣装の男女が二人。
樹木の部屋は、封印魔王城の紡績工房である。
白銀の幕は、アラクネの糸で織った布である。
黒革衣装の女は、私、ウィルミア・デストランドである。
黒革衣装の男は、我が騎士にして我が王子様(予定)、愛洲来寿様である。
私達は、服の素材となる布を作った。しかし、魔王の織機が頑張り過ぎた。結果、私達の前に白銀の山がそびえ立っている。
何十着分か、或いは百着まで届くのか? 布の量を鑑みるほどに、「作り過ぎだ」と愚痴りたくなる。私としては、来寿様との二人分。二着だけで良かった。
しかし、斯様な事態を迎えた原因を考えると、私の脳内に天上の美貌が真っ先に閃く。
魔王の織機は全自動である。それを良いことに、私達は他所事にかまけていた。そのツケが巡ってきた――と、いう訳だ。因果応報である。
しかしながら、この程度でめげていては魔王など務まらない。私は「次」を考えている。私の脳内では、自動魔力裁断機とか、自動魔力縫合装置など、様々な便利道具が閃いていた。
私の閃きを具現化すれば、白銀の山を簡単に処理できる。
可能となれば、魔王である私に躊躇う理由は無い。私は隣を見て、そこに立つ黒衣痩身の男性に向かって声を上げた。ところが――
「来寿」
「ミア」
「!」
私と同時に、来寿様も声を上げていた。その事実を直感して、私は息を飲んだ。
一体、来寿様は何と仰りたいのか?
来寿様の発言。無視する訳にはいかない。とても気になる。
私は来寿様の発言を促すべく、敢えて口を噤んだ。すると、来寿様は「これ幸い」とばかりに、続け様に声を上げた。
「この布の裁断、俺に任せて貰いたい」
「!」
何と、来寿様が私に我が儘を言った。
尤も、来寿様の我が儘自体は、余り珍しいものではない。実際、今まで何度か言っている。私との同衾を拒否するという極刑級の無礼まで働いている。
しかし、こと「ものづくり」に関しては別だ。私の記憶が正しければ、来寿様が我が儘を言った例は無い。
今も、着心地の悪いケルベロスの衣装を身に着け続けている。その事実を目の当たりにしているからこそ、少し意外に思った。思わず息を飲んでしまった。当然ながら、興味を覚えないはずもない。理由を尋ねたい気持ちも沸く。
しかし、私が尋ねるまでも無かった。
瞠目している私の視界の中で、来寿様の薄い口が開いた。その裂け目のような僅かな隙間から、私が求める答えが飛び出した。
「着物――『アシハラの衣装』を作りたい」
アシハラの衣装。それがどんなものなのか? 残念ながら、私の記憶には無い。未知のものに素材を委ねるなど、一般人であれば「却下」と言っていただろう。
しかし、私は違う。それに、我が儘を言った相手も特別な存在だ。
私の王子様(仮)たっての願い。それに、来寿様の国の衣装となれば、興味も覚えないはずがない。それより何より、ここで私が了承すれば、私に対する来寿様の好感度は爆上がりする。
もしかしたら、この場で求婚されてしまうかも? 答えは「喜んで」――じゃない、「まあ、仕方ないだろう」で、全力承認です!
私の脳内で、今日この瞬間以降の展開が閃いた。
結婚、出産、仲睦まじい老後――それぞれが、走馬灯のように次々閃いていく。
最終的に、私達は一つの墓の中に一緒に埋まった。そこまで想像が及んだところで、私は声を上げた。
「良かろう。但し――」
私は来寿様の我儘を許した。しかし、無条件ではない。相手の我が儘を許したのだから、こちらも我が儘も許して貰う。等価交換である。
私は続け様に、裁断を許す為の条件を告げた。
「私の分も作って貰おう」
私も、アシハラの衣装を試してみたい。何より、来寿様とのペアルック。夫婦(仮)なのだから、同じ衣装の方が自然であろう。当然の要求である。これに対して、来寿様は――
「お安い御用だ」
即応で受け入れた。どうやら、来寿様も私とのペアルックをご所望らしい。これはもう、結婚しましたな(フライング)。
かくして、来寿様の手によって、白銀の布は百枚の「反物」に変わった。その製作に要した時間は、何と一分半。
妖刀村正を得た来寿様の剣技、恐るべし。
因みに、反物とは「アシハラの衣装一個分の布」である。
幅は、凡そ五十センチ。長さは、凡そ十三メートルほど。その長さは、アシハラでは「一反」と呼ぶそうな。一反分の布なので、反物である。
私達は百反の反物を手に入れた。アシハラの服を百着分作れるだろう。しかし、それを身に着ける人間は、私達二人だけ。
殆どの反物は紡績工房の奥、そこに新設した倉庫に仕舞われた。
手元に残した反物は、全部で六反。それを使って、来寿様は二人分の衣装を三着ずつ作成した。その手際、天晴である。しかし、それだけではなかった。
何と、来寿様は余った布で「アシハラの下着」を作成していた。
「『褌』という。お前さん達には馴染みのないものだろうけど」
来寿様は、出来上がった褌を私に手渡した。その際、来寿様の顔には恥ずかしげなハニカミの笑みが浮かんでいた。その笑顔、素敵過ぎる。それにトキメかない魔王など、いる訳がない。
トゥンク。
私の胸は高鳴った。しかし、魔王であるが故に、軽々に本心を明かすことはできない。
「ふん」
私はソッポを向きながら、「褌」とかいう白銀の至宝を受け取った。
来寿様の手作り下着である。世界で最も価値のある下着であることは否みようもない。国一個? いや、世界一つ分は下るまい。そのような高価なものをプレゼントされたのだ。実質的な結納である。私は心中で秘かに歓喜した。
やったああああああああああっ、来寿様の褌を頂いたあああああああああああっ。嬉しいいいいいいいいいいい、褌ひゃっほおおおおおおおおおおおっ!!!
私の心は、飛んだり、跳ねたり、気が狂ったかのように暴れ回っていた。しかし、私は魔王ウィルミア・デストランドである。昇天し掛けるほどの激情も、一ミクロンも漏らさず抑え切った。
「まあ、身に着けてやろう。光栄に思うが良い」
私は褌をぞんざいに扱った。
道端で拾った百カラットの宝石の如く、適当に懐に突っ込んだ。その上で、道端で拾った愛くるしい子猫を扱うように、黒革の衣装の上から優しく撫で回した。実にぞんざいな扱いである。上手く本心を誤魔化し切っている。そう思った。
ところが、来寿様は存外に慧眼であった。
「気に入って貰えたようだな」
「!?」
来寿様は、私の本心を見抜いた。その上、私を見ながら苦笑した。その反応は、ソッポを向いていても何となく直感できた。
臣下に本心を悟られるとは不覚である。私は即応で否定した。
「飽くまで仕方なく、だ」
私はきつく念を押した。すると、来寿様は――
「ああ、はいはい」
適当な返事をした。その態度、無礼が過ぎる。私の眉尻が吊り上がった。口も「へ」の字に歪んだ。
しかし、この期に及んで、私の右手は魔王の意に逆らっていた。
私の右手は、今も執拗に褌を撫で回し続けている。掌に柔らかな感触を覚える度、私の「へ」の字に曲がった口の端が吊り上がっていく。
私の変調は、来寿様の視界にバッチリ映っていたようだ。
「そんなに気に入って貰えて――良かったよ」
来寿様は声を上げて笑った。その快活な響きが耳に入る度、私の顔が勝手に火照っていく。その反応が恨めしい。ちくせう。




